銅貨2枚の屋台
トーリー商店の裏方の方へ進んでいくと、話し声が聞こえてくる。
「そうか、盗賊に…災難でしたな。命があっただけでも良かったじゃないですか。かく言う私もこの前襲われたが運よく助けられた身でしてね。あの人が居なかったら今頃私は田舎町まで歩いて居るか途中魔物に襲われてお陀仏かのどちらかだったですな…」
「まぁそういうわけでい…今日の月青祭は参加出来なくなっちまった」
「仕方ないですよ、空いた穴は他に出せる人がいないか当たってみます」
「すまねえ…それじゃ俺は次の仕入れを手配しにゃいかんのでこれで失礼するよ」
商人と思われる人が扉から出て来て、会釈をしながらすれ違う。
取り込み中かと思い中へ入れず、図らずも盗み聞きみたくなってしまった。
「今から出店してくれる 金 ランクなんて見つからないよなぁ…はぁ…」
「おはようございます、トーリーさん。」「おはようございます!」「お邪魔します」
自分があいさつをすると結衣とシエラも続く。
「おお、これはこれは。よくおいでになられました。何かお困りごとでもありましたか?」
「いえ、特に困り事という訳ではないんですけど、ギルドも作ったし折角の祭り…月青祭なので自分達も参加出来ないかなと思ったんですが、可能なんですかね?」
「おお、ギルド設立おめでとうございます。…しかし屋台枠はもう埋まってしまい…あ…いやしかし…」
「無理そう…ですかね?」
「出せないこともないんです。先ほど丁度キャンセルが出ましてね、出ましたが…そこは 金 ランクが並ぶ一帯なんですよ。」
月青祭1日目の屋台の位置は特に決まってる訳ではない。ただ金の隣に銅が並んでも銅は金の引き立て役にしかならない。所詮銅は金には勝てないのだ。料理の香りから味まで、そもそも使う食材の質が違う。その分値段も高くなるわけだから安い物を提供する銅に需要がないわけではない。しかし子供は素直だ。親子で来て「あっちのほうがいいー」なんて言われたらやはり来るものがある。そういったこともあり暗黙の了解で 銅 ・ 銀・ 金 で纏まって出店しているのだそうだ。
高級料理店が並ぶ所にポツンとファミレスが間にあるみたいなものか。いや、ファミレスを馬鹿にしてるわけではないよ、最近のファミレスは馬鹿に出来ない。
「なるほど…金の中に1か所だけ銅…目立ちますね。流石にちょっと――」
厳しそうかも。とは後ろの2人が言わせてくれなかった。
「ソウタなら大丈夫ね!金へ流れるはずの客全て奪っちゃうか心配なくらいだわ!」
「うん、お兄ちゃんなら金なんかに引けを取らないよ!こっちは近い将来 白金 ランクだもんね!」
「はっはっは!流石蒼汰様ですな。それじゃ最後のこの場所は蒼汰様にお譲りいたしましょう。」
二人にそう言われると悪い気はしないけど…しないけど!
「は、ははは…まぁ気楽にやってみますよ…」
「はい。ただ…開催まで後1時間を切りましたが…大丈夫ですか?」
「え…?」
ま、まじか。
―
――
―――
「ここが俺らの場所か。見事に回りは 金 ランクだらけだなぁ」
左隣にあるのは 金 ランク『鶏肉の王商』
右隣にあるのは 金 ランク『命宿る麺』
正面にあるのは 金 ランク『砂糖菓子流星群』
食べ物専門だぜ!っていう名前が3軒
そこに挟まるは 銅 ランク『三羽の野兎』
・・・視られている。なんで銅がそこに居るのっていう視線が痛い!
挨拶として正面と両隣とで出店する物を交換するのが伝統らしいのでこちらも用意しなくてはならないんだが、開催まで残り時間40分。
周りとあまり被らない方がいいよな…んー悩んでる暇もない。最近祭りには行かなくなったが、昔親に連れてってもらった時気に入ったものがあった。それは…
開催まで後20分と言った所で出来上がる。
専用の台を創造して生地を作成。中身に入れるカスタードやら餡子は時間がないので創造してしまう。
「なにこれ、あまりパッとしないわね?」
「これは大判焼きだ。」
「あれ、お兄ちゃん私それ食べたことないかも」
「そう、だな。祭りによく売ってるんだけど…家では作った事なかったな」
家で作ろうとは思わなかったというか機械もないしな…結衣を置いて祭りに行こうなんてことも思わなかった。連れて行こうにも人が多すぎて危ないしなぁ。
「よし、ギルドの印を捺して完成だ。」
「やったね!…所でその大判焼きには苺味が――」
「ないな。」
「ガーン!!!」
ヨヨヨ…と崩れ落ちる。だからそれどこで覚えたんだ?
「分かった分かった、おやつにイチゴ味の作ってあげるから。」
「お兄ちゃん…!」
さて、それじゃまず『鶏肉の王商』さんの所へお邪魔する。
店に並んでいるのは…焼き鳥だ。えー1本…銀貨1枚!?1万円!?どんだけやばい肉使ってるんだ…屋台で1万って日本だったら誰も買わないんじゃ…やっぱり異世界なんだな。
「おい 銅 商人。とっとと交換すんぞ。…1つ銅貨2枚?やっすい素材使ってんなぁうちのG5ランクの肉と全く釣り合いやしない。交換目当てで横に出したんかお前ら」
で、ですよね!いやもう申し訳ない。うちのだけ上げるからそちらの要らないですとか言ったらそれはそれで怒られそうだしな…
そう思っていると奥さんらしき人が出て来た。
「ちょっとあなた!失礼でしょう。今はお隣さんなんだから仲良くやりましょうよ。ほら見たことない食べ物でちょっと興味あるわ。」
「ありがとうございます。味は3種類用ありますので1種類2つずつ入れておきました。」
「はい、ありがとう。こちらもお嬢ちゃん達の分合わせて3本ね。」
「あ、ありがとうございます。」
3万円…これを後2回もやらなくてはならないなんて最初から申し訳なさで精神的ダメージがでかい!
「チッ俺はそんなもん食わないぞ」
「まったくあんたは…んんっ!美味しい!初めて食べる味だわ。なんなのかしらこの黄色いクリームは…滑らかで、え、これが銅貨2枚?嘘…」
「ったく大袈裟なやつだ。うちのお袋も俺が食べない料理をうまいうまい言って興味を引こうとしてたっけな」
「…別にいいわよ、あたしゃ一人で食べるからね。」
「勝手にしろい」
俺の食べ物で夫婦の仲が…あちらからもらったお肉も高級な肉だけあって物凄い柔らかかった。
「おー柔らかいです!おー…」
「そうね、とても柔らかいわね!すごい…うん」
「でもこのお肉を使ってお兄ちゃんg「はいじゃ次行こう!」」
妹が喋り終わる前に割り込み次へ向かう。
ありがとう妹よ、でも言ってはいけないこともあるんだ。
こちらは『命宿る麺』か。
焼きそばでは無く焼うどんに近そうかな。値段は大銅貨3枚みたいだ。さっきよりはいいけどそれでも15倍の値段差がある。
「こんにちはー『三羽の野兎』の者です。今日は宜しくお願いします。」
「・・・(がさっ)」
3人分無言で焼うどんっぽい物を差し出された。
「ありがとうございます…こちら大判焼きです。」
ひょいっパク。
た、食べてくれたけどどうだろう…
「・・・(ぐっ)」
おお!立った…親指が立った!
無言の焼うどん職人さんにもらった物はかなり美味しかった。もっちもちの麺に甘辛いソースが丁度良く絡んでいて、味が濃すぎるかな?って思ったけど一緒に入っている野菜(名称不明)を食べると中和され口の中がリセットされる。そうしたらまた麺を食べてと飽きずに最後まで食べられた。
っと時間もないので次の屋台に行く。
残りは正面の『砂糖菓子流星群』こちらの屋台から正面の屋台まで30メートルぐらい離れてるけどこれはもうお隣さんレベル超えてるよな…まぁいいんだけど。
売られている物は…ベビーカステラ?定番だよね。やっぱり異世界でも食べ歩きしやすいものーと考えると似たような物になるのかな
「こんにちは、『三羽の野兎』です。こちら大判焼きという物です。」
「どうもどうも!よろしくねー!うちはジュエルカステラよ!甘いのよー中央に甘さの塊があってねぇ!そこをシャリッとやった時が一番幸せの時なのよー!」
「は、はぁ。ありがとうございます。」
1つぶ大銅貨1枚だってさ。砂糖ってだけで高いんだろうな…食べてみると周りは卵の味が強いスポンジで中央に砂糖を溶かして固めたような塊が入っていて甘味が口に広がる。丸ごと1口で食べると丁度いい味だ。
「むむ…?むむむ…?この黒くて甘いのは…なんなのだ…?むむ…」
「あ、それは――」
とここで月青祭開催の合図の鐘の音が鳴る。
周りが皆拍手し始めたので自分達も持ち場に戻り準備する。
なるべく出来立てがいいかなと思いまだお客用のは作っていないので作り始めた。
「大判焼きを包む厚紙よし、材料もよし、御釣り用の小銭もよし。」
シエラは俺が作るのに集中できるように厚紙の補充、材料の補充と会計を担ってくれている。何気にいつもとツインテールの位置が違く、顔のすぐ横に垂れるようにしているのは耳を隠す為かな?
結衣も何か手伝えないか思案してたが思いついたようで屋台の前で少し緊張した様子で立っている。
ちらちらとお客が見え始めた。
やはりというべきか身なりがいい人しか来なくて 銅 ランクの屋台は見向きもされない。お客が通り始めた事に気づいた結衣が、「いらっしゃいませー!」「美味しいですよー!」「甘いものいかですかー!」「今までにない味ですよー!」と客の呼び込みをしてくれている。しかしそれも報われずうちは閑古鳥が鳴いていた。
そんな状態が1時間程続くと 銅 や 銀ランクの店を一通り見回り終わったであろうお客が 金 ランクの屋台を冷やかし回り始めた。どんな物が売っているのか見るだけ…という感じだろうか。俺も良く電気屋で新しい家電を見るだけ―と冷やかしたりする。店員に声掛けられるとちょっと気まずいよね。
「ねえお母さん!あそこ!あそこ茶色だよ!あそこならいーい?」
「あら、そうねえ。それじゃ1個だけだからね?」
「うん!」
おお!お客さん第一号だ!茶色って 銅 ランクのエンブレムの色を指して言ってるんだろうな。
「こんにちはー、味3つあるんだけど、どれが食べたいですか?」
お、接客モードのシエラだ!頼んだぞ。
「うーん、甘いのがいい!」
「これはね、全部甘いのよ。大人な甘さ(餡子)か、子供の甘さ(チョコ)か、幸せな甘さ(カスタード)があるんだけど…どうする?」
シエラに味の説明聞かれたらどうしようって言われたから俺がちょっと適当めに答えたんだけどそのまま使われた…ま、まぁ大体あっているだろう。シエラに食べてもらえばよかったな。
「うーんとねえ…わたしはねぇまだ子供なの。だから子供の甘さがいいかなー?」
「では私は大人な甘さをいただこうかしら?」
「あ、はい!では2つで銅貨4枚になります。――ありがとうございました!」「『三羽の野兎』をよろしくです!」
おー売れた。ちゃっかり結衣がギルドの宣伝してて笑ってしまった。
・・・売れた物を今まさに食べようとしている人をシエラと俺はガン見してしまう。しょ、しょうがないだろ!人生で初めて自分が作った物にお金を払って食べてくれるんだ。気になって仕方ない。
あ、子供が食べた…!おお…喜んでる。唇チョコだらけにして喜んでる。良かった…ふぅ…シエラと目が合い笑い合う。
「良かった、喜んでるみたいだ。」
「あたしは全然心配してなかったわよ!ソウタが作るなら美味しいに決まっているじゃない。」
「もうあの子はお兄ちゃん無しじゃ生きられない体に…」
「いやそこまでいかないだろ…」
そんな話しをして喜んで居るとさっきのお客が速足で戻ってくる。
「あれ、なんか戻ってくるぞ…」
「え!?な、なんだろうお釣り間違えてないわよね…な、なにが…」
「あのーすみません!ここに売っている3種類もう5つずつもらえますか?」
「え…?た、ただいま足りない分御作り致しますので少々お待ちを!」
「え、ええと1つ銅貨2枚で15個だから…大銅貨3枚になります――はい。丁度頂きます。少々お待ち下さい」
・・・・・・
「「――ありがとうございました!」」
「あ、『三羽の野兎』をよろしくです!………やっぱりお兄ちゃんなしじゃ生きられなくなってしまったのかも!」
お客さん第一号を捌いた後、それを見ていた人がまた買い、離れて食べた後戻ってくる。その光景を見た者が気になって買い…少しするとうちの屋台の前に大行列ができてしまう。
急いで、しかし丁寧に大判焼きを作るが、大体の人が大口で注文する為なかなか列が消えない。
隣の『鶏肉の王商』から声が聞こえてくる
「どうなってんだこりゃ…そんなにうまいのかアレは…おい、おまえ!」
「なんだい?いらないんじゃなかったのかい?もう冷めちまったよ。後で温めて食べようととっておいたのにねえ…」
「後で買えばいいだろう!どれ……ぐっ…確かにうまい。餡子味…聞いた事もない。オリジナルか?甘いんだが甘すぎない。上品な甘さだ…これが銅貨2枚?冗談じゃないぞ…」
すごい隣に褒められてるけど俺が考えた物じゃないんだ…ありがとう餡子開発者。
「あ、ここですよアンサムさん!銅貨2枚の屋台!あーさっきはこんなに列なかったのに…並ぶには結構時間かかりそっすね…」
「ふむふむ…ここがミーアちゃんにウケた物が売ってる場所か…ん?…おいおい……おいおいおいおい……まさか…おまえが…?」
こ、こいつ…ギルドに居た筋肉マッチョメン…こいつも屋台なんてみて回るのか。
「お前まさか…狙ってるのか?だからミーアちゃんが好きな甘い物を安価で作って売ってるのか?ミーアちゃんの気を引くために?」
「はい…?いや、そんなことは…」
「ふ、ふざけるんじゃねえええええええええええ!!ミーアちゃんはオレが先に目を付けたんだぞ!!……決闘だ。今ここでどちらがミーアちゃんに相応しいか決闘だ!!」
勘違いして勝手に暴走って…並んでくれてたお客さんも皆離れてしまった。並んでは無いけど野次馬と化しているが…勘弁してほしい……