第五話 守ってくれ、未来永劫。
気が向きました。第五話です。
「守ってくれ、未来永劫。」
その言葉を、私の頭はよく理解しなかった。
今までの、私と彼女の関係は他人の上に騎士と一般人という相容れない存在同士だ。
だが、無視することはできない。
「あ、あの、それは一体どういうーー」
「すまない。忘れてくれ。今の言葉は。」
彼女は私の返答を遮るように、笑顔で言う。何か、楽しんでいるように口角を上げている。
その様子は私が思うに、気になるだけ気にさせておいて、直前で自分だけの秘密にするような、意地悪で子供っぽい行動に思えた。
しかし、彼女の場合だとそれが彼女の魅力の一つだと思ってしまうのが何とも不思議だ。
「話題を変えよう。と言っても、まだこれといった会話は始まっていなかったがね。少し事務的な質問になってしまうが、答えてくれ。」
先程の品定めするように見つめられた時間と、私の質問に対するやりとりは何だったのかと思ってしまうぐらいに、暫く騎士と捕縛者の対話が始まった。
そんなに突飛な質問は出されず、基本的な名前などの情報を聞き出された。
今の私には、それ以上の事を聞かれても答えられないとしか言えないのだが。
「ふむ。キミはミネというのか。性別は女。年齢17歳。生まれ、職業その他もろもろ、記憶障害で思い出せない、か。」
「返答出来ないものが多く、申し訳ありません。」
私のそれが主な理由ではなさそうだが、彼女は質問をする間、慣れてなさげな雰囲気を出していた。少なくとも私はそう思った。
「...キミは、随分と丁寧だね。私が、キミの立場なら、そんな風な態度はとらないさ。」
彼女は、私を珍しそうに見てそう言った。首の傷が、一度だけ大きく疼く。
確かに、彼女の言うとおり、私はこんな状況でありながら変に落ち着いている。それは、先程から彼女といる間、安心を感じているからなのだろうか。
少し今まで自分を振り返り、それが一つ理由のようなものであると思った。。
「それは、私は今、安心しているからです。大勢の騎士の中にいる間は不安があり、今も、不安がないことはありません。ですが、あなたの振る舞いや行動が、何か私を安心させていると思っています。現に私は今、縛られてもいませんし、あなたがこうやって、話を聞いてくれています。それが、何だか、敬意を払うべきものと思ったのです。」
静かに私の言葉を聞く彼女を見ながら、私は告げた。もちろん、彼女が今からどんなことを私にするかは分からない。だが、彼女の前で安心している自分がいるなら、私はそれに感謝したかった。
記憶のない私に、そうしたいと願う気持ちがあるのに今気付いた。
「フフッ、そうか。そうなんだね。...やはり、私が感じたとおりだ。」
彼女はそう呟くと、椅子から立ち上がる。
「キミをここに連れてきた目的はもう達成された。すまないね、長い間拘束してしまって。今から部下にキミを元の場所に連れて返すように伝えるよ。」
この部屋に唯一の窓のカーテンを彼女は開け、明るい日差しが部屋に差し込まれた。丁度太陽が見える。
「昼になってしまったか。先程よりも早く送らせるから、そんなに時間はかからないはずだ。」
彼女は窓辺から離れ、私の横を通り過ぎようとする。ここにきて初めて、彼女の柔らかで暖かい香りを感じる。抱えられていた時は、呆然としていて気づかなかったのだろうか。
私は、どうしても聞きたかったことを聞くことにした。
「あ、あの、あなたの、名前は。名前を、聞かせてください。」
彼女が、面食らったように扉へ向かう身体を私へ向け直した。ほんの少しして、彼女は笑いだした。
笑顔でいないときは、彼女は雪のように冷たくも美しい雰囲気を放つが、今の彼女は、窓から差し込む光を受けて眩しく輝いている。
「そうだったな。私としたことが、まだ名乗っていなかった。」
彼女は笑った顔を、スッと真面目な顔に戻す。そして、この国での敬礼のようなポーズなのだろうか、胸の前で左の拳を、右の手のひらで包みこんで、私の前に立つ。
「私の名は、リターニア・アブソリュート。この国を守る騎士の長だ。」
リターニア。そう名乗る彼女の声は、私の心の中で小さな鈴を鳴らすように、美しく響き渡った。
私は、もう一度、彼女に会いたいと思った。そして、その時にその名で、彼女に話しかけたいと思った。
「フフッ、キミは名前を言っただけなのに、そんなに嬉しそうな顔をするんだね。...そうだな、私も、キミと別れる前に、告げておきたいことがある。」
彼女はポーズを崩し、微笑みながらそう言った。そして、私へと近づいてくる。また、彼女の香りが漂ってくる。
首の傷が大きく疼きだした。彼女が近づくほどに、大きくなっていく。彼女の顔が、あの時のように近づいてくる。今は、あの時と違って、自分の鼓動と首の疼きを痛いほどに感じる。
彼女の手が私の首を優しく撫でた。椅子に座っている私に合わせるように彼女はしゃがみ、その顔を私の顔のすぐ横へと近づける。彼女の吐息を感じてしまって、半分無意識に呼吸を止めてしまう。
彼女の髪が近くに見える。まるで、絹糸のよいに綺麗な髪だ。そこからうっすら伺える首すじは、私の傷がある場所と同じだ。彼女も今、私の首すじを見ているのか、などと考えた自分がとても恥ずかしかった。
彼女の手が、私の髪を撫でた。
「今朝会ったときから、思っていた。この煌めくような白髪。私の深く続くような黒色と、対をなすようなものだと。初めて見た瞬間、とても、とても、キミを美しいと思ってしまった。」
そんな彼女の言葉は少し、独り言のようにも聞こえる。私は答えるべきかどうかと考える。
しかし、彼女は返事を待たずに続けた。
「もし、もしキミが私の事を明日まで気にかけていたならば、明日の晩、大森林という場所がある。そこの小屋で、キミを待っている。出来るなら、一人で来てほしい。」
そこまで言うと、彼女は身体を離した。そのまま扉の方まで歩いていくと、軽く私に手を振り、微笑んで、出ていってしまった。
一人残された私は、ひどく熱くなった顔に触れたまま、動けなかった。
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少したった後で扉がノックされ、任を受けた兵士がくると、私は町へと送られた。
町に戻ると、ラベンデが心配そうに出迎えてくれた。色々と聞かれたが、特に何もされていないことを伝えると、安心してくれた。
そのあとは、日が暮れるまでラベンデと一緒に町を歩いた。買い物をしたり、あまり見た経験のない鍛冶屋などを拝見したりして、あっという間に日は暮れてしまった。
町の人々は今朝の事からか、私を見ると怪訝そうな目をしていた。側にラベンデがいるのを見ると和らいでいるようだった。中には、今朝のことは気にせず、気さくに話してくれる人もいた。
そんな充実した1日を過ごした後は、私が目覚めた小屋、もといラベンデの家に帰った。ラベンデが作ってくれた夕飯を食べると、疲労からかすぐに眠たくなった。
片付けを済ませたあと、私もラベンデも床についた。ラベンデは、昨日は出掛けていたらしいが、いつもここで眠っているらしい。そして、ラベンデは屋根裏で寝るのが好きらしい。
私は、眠りにつくまでの少しの間、今日の出来事について振り返った。
しかし、どうしてもあの彼女のことが思い出されてしまう。町のことよりも、城のことよりも、彼女のことが。
「明日になったら、忘れるようなものなのかな。」
私は、瞼が重くなってくる頃まで彼女のことを考えて、そしてその少し後に、明日の晩のことを考えて、瞼を閉じた。
彼女の言葉が頭の中で繰り返されていた。
「守ってくれ。未来永劫。」
「とても、とても、キミを美しいと思ってしまった。」
疲れているはずなのに、眠りまでの時間は、変に長かった。
頭の中のアニメーションを、伝わるように文章にする。これ、もっとうまくなりたひ。