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(3)カメリアとイヴァンと待合室

皆が寝静まった深夜の一時。


夜更かしはお肌に良くない時間帯だが、それでも皆にバレずに調べるには深夜ぐらいしか時間がない。


あまり勉強のできない頭をフルで使い、いくつかの難しい国の法律を読み漁りながら、必死に婚約破棄の糸口を探す。だが、王族からの婚約破棄に関する法や事例は見つかるものの、その逆パターンの法も事例も一向に見つからない。


「やっぱりないか~」


分厚い本を静かに閉じて、知恵熱でやられる前にベッドに飛び込む。

こうしてだらだらとしている間にも、私の死亡エンドは刻一刻と近づいている。

だが、これで体調を崩したらさらに手立てを考える時間を無駄にしてしまう。


「イヴァンが手伝ってくれたらいいのになあ~」


今日のお昼もイヴァンを探して協力してもらうようにお願いをしてみたが、「私を殺す気か」といってダッシュで逃げられてしまった。

まあ、体力は私の方があるのでイヴァンを捕まえるのは簡単なのだが。

しかし、これ以上しつこくお願いすると本当に疎遠になりそうなので別のアプローチも考えないといけない。


………とりあえず、もう一回目を通して……ぐぅ。



こんな日々の繰り返しを、もう二週間も繰り返している私なのであった。



*****



私の名前は、カメリア・クラウディウス。

過去には皇帝の妃を輩出するほどの名門貴族・クラウディウス公爵家のご令嬢。

つい最近までは傲慢で我儘なダメ令嬢であったが、池で溺れて死にかけた事をきっかけに、前世が沖縄の離島に住む十八歳の女子高生だった事を思い出したのだ。


しかも、前世の私には想い人がいた。

お相手は中学三年の時からずっと片思いをしていた親友のカンナ。

東京から沖縄の小さな離島に越してきた彼女に一目惚れをして以来、長年の積極的なアプローチと犯罪一歩手前のストーキング力でやっと親友というポジションを獲得。

やっと恋人になるまでの土台を作ったと思いきや、まさかの失恋確定、そしてその日に好きだと言えぬまま溺死して、こちらの世界に転生してしまったのだ。


しかも御厄介なことに私の転生先は、私とカンナがハマっていた乙女ゲーム『イル・フィオーネ ~魔法と恋の物語~』のライバル令嬢でありまさかの隠しキャラ設定、ついでにどんなルートを歩んでも死亡エンドの攻略対象だった。

前世の記憶を思い出したのが、乙女ゲームがスタートする学園入学前だったのが唯一の救いである。


まあ、記憶を思い出して一週間も経過してなかったのに、私を死亡エンドに導く第二の攻略対象ユーステス・ヴェルエステとうっかり婚約してしまったが……。


それでも、私は今十二歳になったばかりの小娘だ。

学園に入学する十六歳になるまでまだ四年の猶予はある。

あの王子が何を考えて私と婚約したのかはわからないままだが、その四年間の間に華麗に婚約破棄すれば勝利はこっちのものである。


婚約してしまった後、私はカンナへの気持ちに対して「あくまでもあの人は前世の時に好きになった人だ、別にカメリアとして好きになった訳では…」と一時的には考えてはいた。

だがカメリアに転生した今でも、やはりカンナを好きな気持ちに嘘はつけなかった。


転生した時点で二度と会えない人だと頭では理解していても、心は好きだと叫んでいたのだ。

どうしたって想いを告げられない事も、行き止まりの恋である事もわかってはいる。


しかし、だからと言って別の人を好きになるなんて選択肢を、私はどうしても考えきれなかった。


今世は長生きしたい。カンナをずっと想い続けながら。


そのためにもまずはゲームの死亡エンドの回避、そしてその第一歩としてユーステス樣との婚約破棄は必然なのだ。


*****



「でね、イヴァン様。どうやったら婚約破棄できると思う?せっかく王宮に来ている事だし、婚約に関する書類を探して燃やしたらなんとかなりますかね?」


王宮の使用人が用意してくれた、いかにも高級そうなひょいっとクッキーを取りながら、私は相変わらず不機嫌な従兄弟に意見を求めてみる。


「そんなことしても、書類を再発行されるだけだぞ。というか、お前がそんな物騒な事やったってばれたら、私達一族にも火の粉が降りかかってくるからそんなことはやめてくれ…。」



ここは王宮の待合室。

今日はお父様とイヴァンと私の三人で一緒に王宮へ来ている。

お父様は現在、別の部屋で国王夫妻とご相談中だ。

というのも、正確にはお父だけが王宮へ来る予定だったそうだが、ユーステス樣が「婚約者ご本人にも確認を取りたい事がございますので、是非ともご一緒に」と言ったため、私も強制的にここに来ることになったのだ。


しかし、私はどうしても一人にされる事がどうしても嫌だったため、クラウディウス家に足を運んでいたイヴァンも同行するようにお父様にお願いし、結果として王宮に来ることになってしまったものの、一人で過ごす危険は回避したのだ。

まあ、婚約が決まってたその後に「仮に王家に嫁ぐなら本格的に教育し直さないといけないな」となぜかイヴァンのマナー講習が始まったので、それを回避するためにイヴァンも同行させる流れにしたのもあるが…。


正直言って、王宮には行きたくなかった。

何が悲しくて自分の黒歴史の舞台にまた足を運ばなければなかないのか、と突っ込みそうになったほど、私は拒否したかった。

だがお茶会をぶち壊した前科のある私は、その罪悪感から「行きたくないです」とも言えず。

結局は王宮にきて、そしてこれからまたユーステス樣と面会しなければいけない羽目になったのだ。

そう考えると、憂鬱な気持ちに拍車がかかる。

そもそも。あのユーステス樣自体にも問題がある。

ゲームで私を死亡ルートに導くポジションである事も問題だが、十二歳で私と婚約した事も問題だ。

たった一日しか会っていないのに、その日の内に婚約を決めるなんて絶対におかしい。

しかも、私が傲慢で我儘なダメ令嬢である事はかなり有名な噂になっている。


ゲームでのカメリアは、政略結婚とはいえ正統派美形王子様の美しさの虜になり、婚約者になってからますます彼に熱をあげていた。

それはもうしつこいくらい王子様を追いかけまわし、王子様が社交辞令で他の令嬢と話をしているだけでも嫉妬し、自分の公爵家令嬢という身分を利用しては、悪質な嫌がらせを多く働いていた。

王子自身もその事を知っており、カメリアに対しては鬱陶しいと感じていたが、それでも主人公と出会うまで婚約者として生活をしていた。


絶対、何か裏がある。

今までは主人公としてゲームをプレイしていたから考えもしなかったが、前世の記憶を持った今の私としては、私を『好き』だから婚約者のままでいた訳ではない。

きっと隠しキャラルートに切り替わった時に判明した『謎の魔力』が関係していると推理している。

仮にその他の理由を考えるとするならば、私が婚約者の座を降りると他の貴族たちが「では私の娘を…」と再び激しい勧誘をするのが目に見えているため、私を防波堤代わりにするくらいだろうか。

私的には、前者の説が濃厚だと考えている。

ただ、その『謎の魔力』がゲームの中では具体的に説明されておらず、それを持っている私ですらわからないままであるが…。


「そういえば、イヴァン樣は『地』の魔力を鍛えているのよね?最近は何かできたことでもあるの?」


お菓子をもぐもぐと食べながら、イヴァンの情報をさりげなく聞き出す。

あら、このお菓子もうすぐなくなりそう。お代わりとかはできるのかな?

マナー講習をが中止になった事もあり、イヴァンはちょっと不機嫌だ。

ティーカップを持ちながら、私に鋭い視線を浴びせて口を開く。


「食べるか喋るかどっちかにしろよ…。でも、最近か…。できるようになったのはまだないな。せめてあるとするなら土でできた馬を一頭作り上げて走らせたくらいだろうか…。」


「う、馬ですか…」


馬とか作れちゃうんだ…。

てか、動かせるんか…。マジでファンタジーだな。

動揺を隠すため、お菓子をもう一つパクリと食べる。


「そういうお前こそ、いつまでも遊び惚けていないで魔力を発現できるように訓練しろ。魔力の気配はするのに発言できないなんて、学園に行けば笑いものにされるぞ」


「ただでさえ王子の婚約者になってしまったのに全く…」と軽くお説教を始めるイヴァン。

いや、魔力を発現したくても謎の魔力なんで無理です。てか、そんな魔力を発現してしまったらそれこそゲームのシナリオ通りに危険人物として拘束されて、一生閉じ込められるかモルモットみたいに実験されるわ…。

と言える訳もないので、当たり障りのない言葉を返す。


「ど、努力します…。」

「努力もいいが結果もだせ、まったく…。」


まるで小姑のように悪態をつくイヴァンは紅茶を啜り始める。

何となく雰囲気が悪くなるのは怖いので「おいしい?」と話をすり替えるように聞けば「ああ、それなりに」と不機嫌そうだが返事は返してくれた。



美形顔を歪めて嫌そうな顔をするのは相変わらずだが、最近私とイヴァンの仲は世間話ができるくらいにはマシになっている。

以前の私達からすると考えられない事だ。

記憶を思い出す前の私だったら、自分との婚約を即お断りした相手となれ合うなんて最悪だわ、と完璧に疎遠になっていたが。

前世の記憶を思い出した今の私にとって、むしろ疎遠になる方が恐ろしいので仲良くなるのは有難いことこの上である。


なぜなら、イヴァン自身も実はゲームにおいて第一の攻略対象であり、彼が主人公と出会って恋に落ちてしまえばグッドエンドでもバッドエンドでも私の死亡エンドは確定なのだ。

ユーステスルートももちろんだが、それと同じくらいイヴァンルートにも細心の注意を払って対策を考えていないといけない。


そのために最初はどうしたらいいか色々と考えてはみたが、なかなか良い案は出ず。

最終的にシンプルに考える事にし、ゲームとは真逆の関係に、つまり『仲の良い関係になればいいのでは?』と思い至った。


ついでにイヴァンは頭がいいので、私よりも婚約破棄のために有益な情報を持っているかもしれないという期待もかけて、イヴァンと必死に仲良くなるように決めたのである。

ユーステス樣との婚約が決定しイヴァン対策も実行に移すと決めて以来、私はイヴァンを四六時中追いかけまわし、捕まえる度にお茶やお菓子をご馳走して機嫌を取った。

またある時は婚約破棄をいかにして成功させるか、ずっと教えを乞うていた。


最初の頃は全力で拒否していたイヴァンであるが、私のしつこさに観念したのか、話を聞いてやる代わりに婚約破棄したい理由を話せとげっそりとした顔で言ってきた。

そこで、「私には想い人がいるため婚約を破棄したい」と素直に打ち明けたのだ。

本当はその他にも「婚約者でいると死亡エンドがくるから」とも言いたかったが、そんな事を言ってしまえば頭がおかしくなったと誤解され今の関係が振り出しに戻ってしまうので、伝える事はもちろんしない。


しかし、これを素直に打ち明けた事は大きなメリットとなった。

今まで私とイヴァンは従兄弟同士という関係から嫌々ながらもずっと一緒にいた。

なので、お互いの事を全く話さなくても周りの人間から互いの現状はある程度嫌でも知る事はできる環境だったのだ。

まして、好きな人の話はこれからのお家の未来関わる大事な事(私は婚約後に初めて知ったが、一応私が本家で一番初めに生まれた子だったので家督を継ぐ人間だったらしい)なので、私の身辺や状況は筒抜けに調べられ、監視されていたらしい。


もちろん、私の想い人は前世の頃にいた人であるため今世の人間が探せないのは当たり前だ。というか、私自身も最近知った事ではあるが。

また、私がユーステス樣と婚約した事で家を継ぐ人間がいなくなってしまったため、分家の中で一番優秀なイヴァンがクラウディウス家の家督を継ぐと親族会議で決定された。



今日の同行に関しても、イヴァンとしては家督を継ぐ事が決定したのでお父様の元でさらに勉強したいと意気込んでいるらしい。

なので、一緒に行く事自体はイヴァンにとっては好都合だったようだ。マナー講習が無くなった事は別らしいが。

そんなイヴァンは、やけに時計をチラチラとみている。

私のティーカップは最初の時点で一気に飲み干したので空になってはいたが、ちびりちびりお上品に飲んでいたイヴァンのそれもすっかり空になっている。


「ユーステス王子は全く来ないな。もう一時間は経つぞ」


空のティーカップをテーブルに戻しつつ、また時計を見るイヴァン。


「…確かに、遅すぎるね…」


父は相談に行く時点で「私の用事はかなり時間がかかるから、ユーステス王子とゆっくりお話ししなさい」と言っていたが、確かに遅すぎる。

もしかして、すっかり忘れてくれているのではないか!?

今のうちすたこらさっさと帰りたい!!


「もしかして、今日の予定を忘れているのではありませんか?ユーステス樣も王子の身分ですし、きっと忙しいのですよ。一度は帰宅して出直したほうがよろしいのでは?」


私はできるだけ帰りたいオーラを押さえつつ、イヴァンに提案する。

さすがに一時間待っていてもこないなら、一旦帰って出直しますとか言ってもいいでしょう!

まあ、その後出直すとか絶対にしないけどね!

私の言葉にしばし考えているイヴァン。


「そうだな。待っていても仕方ないしこちらから訪ねるか」


そうよね、待っていても仕方ないしこちらから訪ねて………えええええええ!!!?

思わず口に含んでいたお菓子をこぼしそうになり、慌てて飲み込む。

私はかなり動揺しているが、イヴァンの方は私の同様には一切気が付いていない。

こんな時こそ気が付くべきだろう。

なんだ?ここで天然キャラでも発揮し始めたのか?!


「いや、こちらが身分的には下だ。受け身の形で待っているだけは不躾に感じられるだろう。一度は様子を見るためにも探さねば。ほら、食べるのはやめてさっさと行くぞ」


自身の身なりを整え直すと、イヴァンは颯爽と歩きながら扉を開けるよう外で待機していた使用人に呼びかけている。

さっきまでの不機嫌顔は打って変わって、いかにも「優しそうな坊ちゃん」みたいな感じで微笑んでいる。

いい加減、不機嫌面をやめて私にもそうしてくれないだろうか。

と、不満を抱えている間に扉は開きイヴァンはそのまま退出してしまった。


「ちょ、置いていかないで!待って待って!」


とりあえず反射的に残していたクッキーを数枚ポケットに突っ込み、イヴァンを追いかける形で私は応接室を後にした。





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