(2.5)カメリアと知らない回避の結果
それから二日後。
ようやく軟禁生活から解放され、私は外の庭園で優雅に紅茶を啜っていた。
イヴァンが部屋にやってくるとユーステス樣はぱっと手を離した。
それから
「そういえばあの子はどちら様ですか?」
とお尋ねになったので、
「イヴァンは私の従兄弟です」
と素直に答えた。しかし一瞬微妙な顔をしたと思えば急に怖い笑顔になり「彼にはきちんと敬称で呼びましょうね」となぜか注意された。
ユーステス樣って実は友達を独占しちゃうタイプなのだろうか。
その後、ユーステス樣が王宮にお帰りになられるという事で、私とイヴァンの二人でそのままお見送りする事となったが、
「イヴァン君だけで結構ですよ、君はきちんと休んでくださいね」
と急に私だけお見送りを拒否された。
ユーステス樣の友情の線引きが、よくわからなくなりそうだ。
まあ、今も軟禁生活の身だからきっと気遣ってくれたのだろう、とポジティブに捉える事にした。
今は身体も心も元気で幸せいっぱいだ。
これからの人生はきっと長生きできるだろうし、そもそも婚約者を回避できたのだから、これから主人公が出てきて誰か恋をしたとしても、ユーステスルートは無くなったし、イヴァンルートに関しても彼に注意していれば問題はない。
これで学園に入って一年日陰で過ごせばめでたしめでた…
「おい‼どういうことだ!?一体、あの日何をした!?」
優雅なティータイムを過ごしていた私にお構いなしに、庭園に焦り足で入ってきたのはまたまた従兄弟のイヴァンだった。
彼は私の事を嫌っている割にはよくやってくるな。
何やら顔が真っ青だし、手には書類を持っている。
あ、もしかしてユーステス樣が言っていた橋の請求書の事だろうか。
てっきりお父様からもらうと思っていた私だが、そういえばお父様は昨日から王宮に行ったきりまだ戻ってきてなかった。何やら重要な用事で呼ばれたとメイドのローラから聞いているが、詳しい事まではわからなかった。
だが、ゲームの設定では確かイヴァンはカメリアの父であるフェリシアーノを慕っていたはずだ。主人公との話の中で、フェリシアーノをイヴァンの父であるヴェインと同じくらい尊敬していると言っていたし。
きっと、お父様の頼みを断れなかったイヴァンが代わりに持ってきてくれたのだろう。
「わざわざ橋の請求書をもってきてくれたのね。ありがとうイヴァン…さま」
ついついイヴァンと呼び捨ててしまいそうになる。
ユーステス樣に怒られたばっかりなのだから、次に会うときまでにイヴァン樣と呼ぶのを当たり前にしとかないとね。
だが、眉をひそめるイヴァン。
「橋の請求書?」
手にしていた書類を見直し、「僕はこれだけ渡すように言われたが…」とぶつぶつ言い始めた。
あ、「僕」になっている。素が出てますよー。
彼の様子からすると、どうやら橋の請求書ではないらしい。
もしかして橋の請求書ではなく、ダメにしたお茶会の費用に関する請求書なのだろうか?
そういえば、何の書類かまではきちんと聞いてなかったな。
「とりあえず、私宛の書類ですよね?もらっても構いませんか?」
紅茶をテーブルに置き、私は手を出すがイヴァンはハッと思い出したように不機嫌顔に戻り、こちらに詰め寄るように口を開いてきた。
「あの日、お前何をしたんだ?」
「何って?」
きょとんとする私にさらに苛立ったのか、「はあー」と大きな溜息をつかれた。
「だから、ユーステス王子に一体何をやったんだ?王子相手に恐喝でも?」
「きょうかつ!?」
なんですって!?
言われようのない言葉に、さすがの私も我慢ならない。
友達になっただけだし、それに向こうからお願いされたのに!!
どこまで私に対して嫌な印象を持っているんだ?この従兄弟。
「私はユーステスと友達になったのよ‼それなのに恐喝ってあんまりよ‼」
私は思わずイヴァンが持っていた書類を奪い取り、少し膨れた顔で言い切る。
「は⁉『ユーステス』⁉どこまで傲慢なんだよ⁉……ってお前まさか……。」
今度はイヴァンの方が押され気味の立場となった。
ふん、もういっちょ言ってやろう。優位に立った私は誇った顔ではっきりと、
「そうよ‼私はユーステスに「これからはユーステスって呼んでください」って言われて友達になったのよ‼それなのに傲慢だなんてほんとに失礼だわ‼」
結構なダメージを喰らったのか、彼は思わずよろけて紅茶を置いていたテーブルに手をのせてバランスを保った。どうやらこちらが完全に勝利したようだ。
だが、イヴァンはまだ何か言う気力はあったようで、震えつつも口を開いた。
「…と、友達?…お前意味わかって言ってるのか?
『王族が血の繋がらない異性に自分の名前を呼び捨てさせる』って事は『結婚を約束する』って意味だぞ…?」
「だからそこまで傲慢じゃないって………え?けっこん?」
けっこん?
今度は私の顔が真っ青になる。
………今けっこんって言った?『けっこん』って『血痕』の聞き間違い?
でも、今は誰もケガしてないし。そんな単語はこの場にそぐわない。
恐る恐る、イヴァンから奪った書類を見てみる。
そこには、ご立派な字で『婚約届』と書かれていた。
衝撃的な展開に、思わず書類を落としかける。
「死亡エンドは回避したはずなのに…」
小さな声だが、思わず心の声が漏れる。
いや、あれはお友達宣言じゃなかったのか⁉
というか、名前呼び捨てにするだけで婚約って誰だってわからないわ‼
婚約者になったとなると、私って死亡エンド回避どころがまっすぐ向かってしまった⁉
てか、私はカンナが好きだし!
いくら相手が高嶺の花でも、好きじゃない人との結婚なんて考えられない!!
「……なんで、婚約者?」
取り返しのつかない失敗に、放心しそうになる。
「それは僕が聞きたいよ…。だからあんな事おっしゃってたのか…」
イヴァンもまたまた顔を真っ青にしている。
従兄弟揃って通夜みたいな雰囲気だ。
「い、イヴァン!?どうしよ!?どうしたら婚約解消できる!?」
このまま死亡エンドなんてまっぴらごめんだ!
思わずイヴァンにしがみつく。
今一番頼れそうなのはイヴァンしかいない。
「婚約解消!?そんなこと僕にできるわけないだろ!!てか離せ!!しがみつくな!?」
「頼みの綱はイヴァンだけなの!!このままじゃ私死んじゃうよ~!!」
「はあ!!なんで婚約して死ぬことになる…っておい、僕の服に鼻水付けるな!!」
「…私にば、ごごろにぎめだひどがいるのに…」
「は?今何って言った」
「…やっぱり助けてよ―――‼」
「いや、何て言ったって…おい‼鼻水ついたじゃないかお前―――‼」
昼下がりの穏やかな庭園で、私とイヴァンの攻防戦が繰り広げられていたが、周りの使用人達からは「いつの間に仲良くなられて…」と皆微笑ましく見ていたらしく、誰も止めてくれる人はいなかった。
ちなみに、私の命乞いはお父様が帰ってくる夕方まで続く事となった。
*****
「イヴァン。君、カメリアと婚約を破棄したのは本当ですよね?」
お見送りの際にユーステス王子が投げかけた一言に、僕は少しだけ驚く。
僕と彼女の婚約は、一旦分かれてしまった本家と分家を再び統合するために設けられたものだ。
強制力があったわけではなく、別に統合しなくてもどちらとも公爵家の身分のままなので特に問題はないと考えていたので、キッパリとお断りさせていただいた。
身内同士での問題であったためそこまで噂は広がっていないと思っていたが、きっとあの令嬢が腹いせに漏らしたのだろう。
また屋敷に言って叱らないといけないと思うと思わず頭が痛み、額を手で押さえながら王子の言葉に答える。
「婚約も何も話が出た瞬間にお断り致しましたよ。婚約するメリットも情も私にはありませんし」
何より、あんな傲慢で我儘なアホ令嬢はこっちから願い下げだ。
いくらフェリシアーノ叔父様の頼みとしても、あんな娘はご免である。
ただでさえ従兄弟って肩書だけでも苦労しているのに、これに妻も兼ねるとなれば僕の人生はお先真っ暗だ。
すると、ユーステス王子は少し嬉しそうに、しかしやけに意味深な笑みを浮かべて、
「そうですか。それならその言葉、これからも貫いてくださいね」
と言い残すと、彼はそのまま王宮に帰っていった。
「今の言葉はなんだったんだ…?まあ、いいか」
それからあの令嬢を叱るために、僕はまたクラウディウス公爵家へと踵を返す。
それから二日後。僕は彼女と一緒に衝撃的な事実を知る事となり、さらにその五年後に後悔する事となるのはまた別の話である。