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(1)カメリアと前世の記憶


頼むから、カンナを想わせたまま静かに過ごさせてくれ!!


私の願いはただ一つ。先に述べた事だけなのだが…。

世の中、そんなに甘くはないらしい。




*****



大学受験を一年前に控えたその日、私の失恋が確定した。

お相手は中学三年の時からずっと片思いをしていた親友のカンナ。

東京から沖縄の小さな離島に越してきた彼女に一目惚れをして以来、長年の積極的なアプローチと犯罪一歩手前のストーキング力でやっと親友というポジションを獲得。

次は最終ステージである恋人のポジションへ向けて、ようやくスタート地点に立とうとした矢先の事だった。


「親友だからどうしても伝えておきたくて…」


と夕日が綺麗に見えるデートスポットとして地元でも有名な岬で待ち合わせをし、凛とした顔に真剣な表情を浮かべて話した内容はイギリスの大学に進学するという寝耳に水の展開。

カンナは元から成績優秀だったので、「大学は前に住んでいた東京かな~でもこっちが会いに行けばいいか~」と軽く考えていたが。

まさかの海外進学である。


しかもその理由が『好きな人を幸せにするために向こうに行って勉強したい』と言われる始末。海外へ行ってしまう事と、告白する前に振られる事が決定というダブルパンチをくらってしまい。

カンナと話を終えて別れた後も、私は放心状態に近かった。

それ故なのか、放心状態から解放された私の身体は、気が付けば水の中にいた。

しかも、私は筋金入りのカナヅチ。必死に身体を動かして陸へ陸へと急いだが、呼吸が苦しくなり、意識もぼやけて…そして…。


要約すると、私は溺れてしまったのだ。




王宮の庭園の池のほとり。何やら慌ただしい人の動き。

やけに身体が寒く気持ち悪いと感じていたがどうやらその感覚は正しいようで、私はどうやら溺れて救出されたようだ。

「お嬢様!!お身体は大丈夫ですか!?」

すぐ傍にいた専属のメイドであるローラの慌てふためく声意識が戻った私だが、正直言って精神的に大丈夫じゃなかった。

完全にキャパオーバーだ。

メイドのローラは私の身体が冷えないように、丁寧に介抱してくれている。

こんなに優しい専属のメイドさんがいてくれた事に感謝の限りである。

優しいメイドさんに介抱されながら、私は先ほどの思い出した記憶について思案する事にした。


先ほど思い出した記憶は…。

……。

………うん。よくわからないがきっと前世の記憶ってことにしよう。

生活感というか、世界観が違い過ぎるし……。

当たり前のようにあった携帯や、よく食べていたもの、冷蔵庫や洗濯機などの生活用品は今の暮らしでは一度も使った事がない。

むしろ、今の暮らしは前世の頃よりは退化しているというか、中世ヨーロッパの暮らしぶりに近いイメージだ。


一番考えられるとするなら、きっとあれは前世の記憶、という類であろう。

強引にでも何か理由を考えないとまた意識を失いそうなので、とりあえずそういう事にしておこう。

すると、介抱していたローラ以外の誰かに、私は手首を触れられた。

恐らく、脈を測っているのだろう。

でも、触れているだけなのに不思議と熱く感じた。

体温にしては流れがあって、でも水のような感覚ではなく風に当たるような感覚に近い。

一体、これは何だろう?


ちらりと視線だけを手首に沿って上に向けると、そこには褐色の肌に銀髪碧眼の少年がいた。

慌てる大人達しかいない状況なだけに、珍しい、と思い目を凝らしてよく見てみれば。

なんとまあ、美少年ではないか。

褐色の肌にくすみのない、綺麗な銀髪。

瞳は普通の青というよりはアイスブルーという表現が正しい気がする。

しかも正統派寄りの顔立ち。


前世の記憶を思い出したお姉さん的に、好感度大である。

もちろんストライクゾーンがショタコンだからとかそういうのではない。断じてない。


美少年は手首からそっと手を離すと、王宮の使用人であろう男性に指示を出し始めた。

整った正統派のお顔は心配そうな表情を浮かべつつも、冷静さを保っているようにも見える。小学生くらいの年下の子に心配されるなんて十八年生きてきた者としては結構恥ずかしいな…。

思わず、自分から呆れ笑いがこぼれる。

もう一度少年を見る。

だが、次に感じたのは先ほどの感覚とは違う、既視感に近いものだった。


あれ?私、この美少年、どこかで見た事あるような……。

いや、今世の記憶だけじゃなくて、さっき思い出した前世の記憶にもあったような……。

誰だったっけな…?


突然だが、ここからは記憶を思い出す前の私についてお話ししよう。

名前は、カメリア・クラウディウス。

過去には皇帝の妃を輩出するほどの名門貴族の生まれで、もちろん爵位は王族に次ぐ権力を有している公爵。

御年は十二歳と一週間。

母は物心つく前に病気で他界しているため、忘れ形見である私は父であり、クラウディウス公爵家の当主であるフェリシアーノに溺愛されて育てられた。それだけが原因ではないが、結果として、私は傲慢で我儘なダメ令嬢に成長したのである。

とりあえず、今世における私の紹介としてはこんなものだろう。



今日の予定は、私の我儘からほぼゴリ押しで決まったお茶会。

ちょうど一週間。私が十二歳の誕生日を迎えたその日。

お父様の勧めでお父様の弟の息子、つまり私からすると従兄弟にあたる人と婚約を結ぶはずであったが、この性格のダメさを理由に従兄弟本人にキッパリと断られて私は激怒した。

怒りで煮えくり返る私をどうにか宥めようと、「何でもお願いを叶えてやろう」と言った父をダシに、私はこの国の王子の誰かを婚約者にさせろとこれまた無理な要求をした。

ちなみに従兄弟とその父親であるヴェイン叔父様はドン引き(今の私でさえ自分の傲慢・我儘ぶりを振り返ってドン引きしているので、二人の反応は当然であるが)。


娘に激甘な父親は非常に困り果てたようだが、家柄が良い事はさながら、優秀で人柄も良く、また現国王に気に入られていた事もあり。

一週間後の今日、お見合いはもちろん無理だったが、私と同い年でこの国の第二王子・ユーステス・ヴェルエステと一緒にお茶会をする約束を取り付けてくれたのである。

父がどれだけ危ない橋を渡ってくれたか…と思うと胃が痛い。

記憶を思い出す前の私はというと、父の努力も露知らず。

乗っていた馬車越しに、初めて遠くから垣間見たユーステス王子の美しさに大興奮。まだ完全に止まってもいない馬車から無理やり降りては脇目もふらずに猛ダッシュ。

ただでさえ傲慢で我儘な娘だという自覚も全くないダメさなのに、私は一度も会話した事のないユーステス樣の妃になっている残念な妄想をしていた。

正直いってあれが自分だとは認めたくない。ああ、今度は頭も痛くなってきた……。

ぶら下がったニンジンを見て走る馬のようになった私は、周りの使用人の注意も聞かず。

王宮へ向かうための橋が壊れかけているため、今日から使用できないから回り道をして向かう事もすっかり忘れて渡って橋板と一緒に落ちて溺れて……。

そして前世の記憶を思い出し、現在に至るのである。




あの自業自得な迷惑行為による騒ぎでお茶会は急遽取りやめ。

池のほとりで応急処置を施された直後、騒ぎを聞きつけたお父様に身柄を引き渡され、結局は王子様と一言も喋る事なく私は王宮を退出した。まあ、王宮といっても庭園の橋で終了だけど。


お父様に身柄を引き渡されてそのまま屋敷に帰宅したものの、娘への溺愛が激しいお父様は「娘が峠を越えるまでは安心できない」と一週間、絶対安静という名の軟禁を決定した。

そして今はちょうど五日目である。

いや、そもそも娘は元気に起きてご飯食べてだらだらしているし、そもそも『峠を越える』の意味を履き違えていると思うが。


だが、今となってはあんな失態をしたので、お父様の顔に泥を塗ってしまっただろう。

あと、橋も壊してしまったが、やはり請求書はお父様に届くのだろうか…

…橋って直すのにいくらかかるのだろうか…。

……まずはお父様に土下座しよう。

そして、もしお父様が私にお願い事をする時が来たら、どんなことであろうと従おう。

今できる贖罪はそれくらいしか思いつかないし。

私が返せる額じゃ絶対ない気もするし。


前世では敷布団だったためほとんど体験する事がなかったベッドに寝そべりながら、ふと窓の外に目をやる。

外は快晴だ。

曇り一つない青空が広がっている。

軟禁されていなければ、今頃は外で遊んでいただろう。

あのお茶会事件以降、王宮からの連絡はまったくこない。

きっとあの美しい王子様とも二度と会う事はないだろう。まあ前世が庶民の私にとっては、一生の内にあんな美少年を拝めた機会があっただけでも御の字だ。

それに私が王子様の立場に立っていたとしても、その後の相手の様子を気にする事が万が一にあったとても絶対に連絡はよこさないと思う。

予期せぬ事態ならともかく、あれは自業自得だし。もう一ついうなら橋も壊して迷惑行為だし。


仮に橋が壊れていなくてもあんな猛ダッシュで迫る馬ヅラを合わせようものなら、もれなくグーをお見舞いしてお茶会をプロレスのタイトルマッチに変更してしまいそうな気がする。

いや、実際に前世の記憶で少しだけ似た経験をして殴ったことがあったな。

うん、意外と性根は変わらないみたいだ。

それにしても、まさか貴族の令嬢に転生するとは。

前世の私には到底考えつかない事だ。

目を閉じて、前世の記憶を思い出してみた。


沖縄の離島で生まれて育ち、近所の友達と海で遊んでいた。

勉強はほんの少しながら、のびのびと育ったと思う。

時々は両親が営んでいた商店の店番をしつつ、アイスやら駄菓子やらこっそり食べてはお母さんにバレては雷を落とされていた。

今となっては、懐かしい思い出だ。

中学に上がり携帯を買い与えてもらっては、「勉強アプリとかを入れて成績上がるように頑張りなさい」という親の意向をガン無視してゲームアプリや漫画アプリばかりをいれていた。

離島は物資が少ない故、ネットという文明の利器を手に入れた私はすっかりそっち系の世界の虜となり。

気がつけばなぜか自他ともに認めるオタクに成り果てていた。

勉強面はまったく変わらなかったが。

そういえば、まだやってなかったゲームや読んでない漫画も沢山あったな。


目を開き、私は溜息をつく。

漫画もためずに読んでおけばよかった人生の最後らへんは乙女ゲーム漬けの生活だったし。

まあ、自分がこんなにも早く死ぬとも思っていなかったし。


確か、いつもはゲームをしないカンナが珍しくハマっていて、私もカンナの力になれればと夜な夜な必死に攻略していた。

カンナが一番てこずっていた攻略対象は隠しキャラで、多種多様なゲームを網羅した私でも攻略するのには苦労した。

まずその攻略対象との恋のイベントが発生する条件がなかなかハードでやりづらかった。

イベントが発生しても何度バッドエンドにぶち当たって悔しかった事か。

やっとクリアした時だって、カンナと最後に話した日の前日の深夜だった。

でも、あの攻略対象を落とせた時の達成感は今でも覚えている。

思わずガッツポーズして「っしゃー‼」と叫んだものだ。

セーブするたびに舌打ちをよくしていた。

しかし、まさかライバルキャラとして登場していた令嬢が実は隠しキャラで、しかも女の子が女の子を攻略するいわゆる『百合ゲー』要素も兼ね備えていたとは驚きだった。

片思いしている子が女の子であった私なので、隠しキャラへの苛立ちを除けば、ゲームを通してたんと勉強させていただいたものである。


その隠しキャラとは、通常の攻略対象とのルートではネチネチと阻むライバル令嬢だった。攻略するにあたり、相当イライラさせられたものだ。

そのライバル令嬢を隠しキャラとして攻略する事実が判明すると、今までのイライラを思い出しつつ攻略していたので、ストレスが半端なかったのをよく覚えている。

枕に穴をあけちゃうくらいストレス発散も大変だったものだ。


特に個人的に推しメンだった銀髪碧眼のイケメンキャラを攻略するにあたり、どれだけ邪魔された事か。

そう、あの推しメンキャラを私は「ユース」って愛称で呼んでいてそれはそれは慎重に選択肢を選んでストーリーをにやにやしながら楽しんで……。

ん?

そういえば、「ユース」のちゃんとした名前は「ユーステス」だった。

あの王子様と同じ名前だ。

いつも愛称で呼んでいたから、すぐには気がつかなかった。

転生してもそんな偶然ってあるものなんだな。

しかも「ユーステス」って名前もなかなか聞かないのに、容姿が銀髪碧眼っていうのも、これまたぴったり揃っているなんてぐうぜ………偶然?


一瞬、自分の中に生まれた可能性に冷や汗が噴き出す。

え?そんな偶然ってある?

いや、アリ…?いや、ないないない‼

いくら何でも二次元と三次元の区別がつかないほどオタク度は悪化はしてないし…。

でもまさか――


その時、ガチャリと扉の方から音が。

まだ軟禁生活は五日目で継続中のはずだし、昼食もすでに済ませている。

極力安静にするために、お父様は必要以上に私の部屋に入る事は禁止してしまったので、メイドのローラがくる可能性は考えにくい。


もしかして、お父様があまりの外の快晴さに出してくれる気にでもなったのだろうか?

そうだ、よく考えたらこの五日間ずっと引きこもってばっかりだ。

そのせいで頭が少しやられているのだろう。

少し外でお日様を浴びれば普通に戻るだろう。うん。絶対そうだ。

そんなことで、元気アピールの一環として少し明るめの声色を意識しつつ「お父様?」と声を出した私だが、扉を開けた先の不機嫌な人物を見て、絶句せずにはいられなかった。


その人は、イヴァン・クラウディア。

窓から注ぐ太陽の光に照らされたサラサラの金髪。

そこら辺の女子よりも別次元で可愛い凛とした顔に(今はものすごく不機嫌顔だが)、私と同じ黄緑の瞳(ガンを飛ばされているが)。

髪が肩まで長いため、性別さえ知らなければ完璧に美少女だろう。

まるで私が見ていたスポーツアニメのキャラにそっくりだ。

少年姿は初めて見たが、これが大きくなり髪が短くなったらと想像すると、さぞかしあの攻略対象のように美形になるだろう。

彼は、一応私との婚約を即お断りした張本人であり、「なんでこんなところに?」「女の自分よりも可愛いって‥」と色々言いたい事は山ほどあるが。

今そんなことはどうでもいい。


私は思わず頭を抱える。

ズキズキと痛むが、それは精神的なものだろう。

ああ…。

さっき王子様に感じた既視感はこれだったのかも…。

気が付きたくなかった。

「ウソだ……。」

ついでに、私が本当に彼の従兄弟だとしたら、自分の、この世界の立ち位置もわかってしまった。




もう二度と会う事はない美しきこの国の第二王子、ユーステス・ヴェルエステ。

婚約を即決でお断りした父方の美形従兄弟、イヴァン・クラウディア。

この二人は、私とカンナがハマっていた乙女ゲーム『イル・フィオーネ ~魔法と恋の物語~』の攻略対象だった事を(なぜか攻略していた時より幼いが)。


そして私、カメリア・クラウディウスは、このゲームのライバル令嬢であり、そして隠しキャラ設定の攻略対象であったという事を…。

なぜ、よりによって、主人公とかモブとかじゃなくてあのライバル令嬢なんだ…。

ただでさえ前世では失恋確定からの溺死で享年十八歳だぞ…。

今世においても早死にするんか…!?

どうして、こんな目に…!?

……転生してもこんな事になる運命だったのなら、玉砕でもいいから、カンナに自分の気持ちを伝えておけばよかったな……。


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