(閑話)王子との会話で、心に決めた僕は。
更新が遅れてすみません。
(閑話)以外は、手直しのために一旦消去するので、もし評価やブックマークをされている方がいらっしゃいましたら、明日の夜までに外していただくと幸いです。
我儘をゆるしてください・・・!
突然だが、僕、イヴァン・クラウディアには同い年の従姉妹がいる。
彼女の名前はカメリア・クラウディウス。
元・僕が世界一大嫌いな人間であり、幼い頃は傲慢で我儘なダメ令嬢として有名だった。
しかし、ひょんな事から彼女はこの国の第二王子・ユーステスと婚約したのだが、あろう事か彼女は婚約が決まったその日から全力で婚約破棄を目論むようになった。
普通の令嬢なら、絶対に婚約破棄なんて自ら望んだりしない。
きっと僕が女の身であったなら、むしろ婚約を継続させるように努力するだろう。
だが、彼女の婚約破棄にはきちんとした理由があった。
「私、ずっとずっと前から好きな人がいるの。その人とはもう二度と会えないけど…。それでも、あの人の事が好きで、この気持ちを持ったままで生きたいの」
従姉妹にはなんと、想い人がいた。
今までそんな気配は一度だってなかったのに。
どういう経緯で、想い人ができたのだろうか。
それが、僕の彼女に対する印象が変化する大きなきっかけとなり、彼女に対する「嫌い」という感情にも変化が訪れた瞬間だった。
*****
「イヴァン・クラウディア。君は一体、何をしているのですか?」
ニコリと笑っているが、言葉の節々にトゲが感じられる。年々褐色の肌がだんだんと薄くなっているが、その分、彼から漏れる黒い何かは年々濃くなっている気がする。
前は温厚なお人だと尊敬していたが。
「これはユーステス王子。今、カメリアと一緒に魔術に関する勉強をしておりまして」
肩から彼女の頭がずり落ちそうなのを直しながらそう答えると、
「それくらいはわかっていますよ。僕が聞きたいのは、なぜ君が眠っている彼女とわざわざ密着しているのかと聞いてるのですが」
と言いながら、ユーステス王子はカメリアの隣へと座り、自分の肩に彼女の頭をのせた。
僕は思わず「自分はいつも密着してるだろこのムッツリ」と言いたくなったが、幸せそうに笑った彼女を見て、そんな気もすぐに失せてしまう。
ユーステス王子も僕との言い争いを続けようとしていたが、笑った彼女を見るとそれに夢中になってしまったらしく、彼女がよだれをたらしそうになっているのに気が付くと、そっと自分のハンカチで拭いて、ムカつくぐらいデレデレしている。
綺麗な王子様のこんな表情を見たら、国中の女性はきっと騒ぐだろうな。
まあ、僕は男なので騒ぐことはしないが。もちろん女になったとしても絶対ないが。
本来ならその役目は僕のものだ、と手を伸ばしかけて、止める。
カメリアの事は好きなのに、僕はいつもこうして躊躇ってしまうのだ。
原因はわかっている。
カメリアを好きになる前にやってしまった自分の失敗を思い出し、思わず身を引くようになるのが癖になってしまっているのだ。
その失敗は自業自得なのだが、僕は今でも後悔している。
今でも後悔している失敗。
それは、彼女との婚約を即決で断ってしまった事だ。
彼女の十二歳の誕生日に、本家のクラウディウス家と分家のクラウディア家を統合するという目的でフェリシアーノ叔父様から婚約を持ち掛けられ、当時彼女の事が大嫌いだった僕はそれをすぐに断った経緯がある。
もし過去に戻れるとしたら、僕はすぐにでもカメリアとの婚約を取り付けるため必死になるだろう。
そうすればきっとユーステス王子と出会う事も、婚約する事もなかったはずだ。
もし、何かのきっかけでユーステス王子がカメリアを好きになったとしても。
僕が正当な婚約者であると主張できただろうし、絶対手出しもさせないのに。
そう思うと、思わず本を持つ手に力が入る。
後悔と悔しい気持ちに、自分の事が嫌になってくる。
一方、カメリアの正当な婚約者として堂々としている彼は、彼女を嬉しそうに眺めている。
しかもさりげなく、彼女の頭を優しく撫でている。
ずるい、僕だってまだできていないのに。
モヤモヤしたこの気持ちのせいだろうか。
「カメリアには、想い人がいますよ」
思わず、心にもない嫌味を言ってしまっていた。
言った直後思わずハッと焦り、さっきまで力を入れて持っていた本も落としかける。
ユーステス王子は僕の言葉に意外と驚いた顔をしている。それがなんとなく辛くて、思わず目をそらした。
いつもなら絶対に言わず、心にとどめておくのに。
だが、ユーステス王子は意外と冷静な声で、
「知っていますよ。それくらい」
と、ニコリと笑いつつまるで天気でも答えるかのようにあっさりと答えた。
思っていた反応と違い過ぎていて、逆に僕が面食らってしまう。
ユーステス王子は、そんな僕の様子に苦笑しつつも淡々と喋り始める。
「君もきっと同じ言葉を言われたのでしょうが…。少し前、カメリアに面と向かって「好きな人がいるので婚約を破棄してください」と言われましたよ。それで、「その人はどんな人ですか?」とカメリアに聞いたら、「二度と会う事はないけど、ずっと想い続けたい人です」とはっきり言われました」
相変わらずニコリと笑って答えるが、彼はほんの少しだけ残念そうな表情も浮かべていた。
思わず顔にでてしまうくらい、ダメージはあったようだ。
「それで…ユーステス王子はなんと…?」
「ん?ああ、「そうですか、でも婚約破棄はしませんからね」って言って無理やり終わらせて、彼女が異議を唱える前にお菓子を渡して帰りましたよ」
王子はそういうと、またカメリアの頭を優しく撫でる。カメリアの方はというと、一向に起きる気配はない。
まあ、昨日も夜更かしをしていたようだし、熟睡中なのだろう。それにしても、起きているのかと思うくらいずっと笑顔で寝ているな。
夢の中で、例の「想い人」の夢でも見ているのだろうか。
僕の表情を見て、何か考えたのだろうか。
珍しく、彼が小言以外でこちらに話しかけた。
「ライバルである君に言うのは何ですが、別に自分の気持ちに蓋をしなくてもいいと思いますよ」
「え…?」
言葉の意味を理解できず、先の言葉が続かない。
ユーステス王子は一瞬言葉を飲み込めない僕と目を合わせると、真剣な表情で再び口を開いた。
「君は一応、彼女の従兄弟ですしね。それに、君がずっと辛い思いをしているとなると、カメリアもきっと悲しむでしょうから」
あまりにも真っすぐなアイスブルーの瞳とその言葉に、僕は一瞬固まった。
僕が嫉妬で嫌味を言ったのに、彼はどうしてそんな事が言えるのだろうか。
思ったよりも、心が広い方なのだろうか。
「まあ、僕とカメリアの結婚は誰であろうと、止めるのは無理でしょうしね」
と、思った直後に彼女の腰にさりげなく手を添えやがったこのムッツリ。
…前言撤回だ。
こいつ、僕の事を完全に下に見ていやがる。
「いやいや、ご安心ください。いつか絶対に婚約は潰して差し上げますので」
と言いながら、僕はカメリアに添えられた手をペッと払い落し、彼女の身体を自分側に手繰り寄せる。
ニコリと笑いながら、僕の言葉と行動を宣戦布告と捉えたのだろう。ユーステス王子の周りにまた黒い何かが溢れ出す。
「ほぉ、急に言うようになりましたね…?」
彼も負けじと、僕から無理やりカメリアを奪い取ろうとぬっ、と手を伸ばしてきた。
条件反射的に身体はビックリするものの、不思議と前より怖いという感情は薄れていた。
その直後、カメリアが起きてしまったために、結局僕たちは一戦も交えぬまま一時休戦となった。
この出来事をきっかけに、僕は本気で婚約潰しの策をひたすら多く練り、やがてその手腕を生かして一部の貴族から「婚約潰しの貴公子」という称号を得るようになるのはもう少し先のお話である。




