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(8.5)それぞれの視点より

読んでくださる皆さま、本当にいつもありがとうございます。

後2話くらいでちびっこ編は終わるので、それまで暖かい目で見ていただければ幸いです。


三人の元を立ち去って走ったのはよいものの、思ったよりも早く息切れてしまった。

仕方なく、私は見渡した中で一番大きな大木の木陰で休息を取る事にした。

ドレスが汚れてしまうかもしれないが、正直そんな事はどうでもいい気がしていた。


大木の木の根が分かれている間に腰掛けると、思ったよりも身体にしっくりとくる座り心地だった。

顔をあげてみれば木漏れ日が優しく零れ、その温かさに思わずほっとする。


先ほどは「今すぐにでもこの屋敷を出てしまいたい」という気持ちで一杯だったが、よくよく考えれば突発的に立ち去ってしまったため、帰るための具体的な方法は考えていなかった。それに、何となくこの空間は落ち着くし休息する事を選んでよかったとも思う。


自分がこれほど身勝手な人間だったとは…。

冷静になれた途端に、何となく苦い気持ちになる。

でも、休息を取った事で先ほどよりは冷静になる事ができた。

とりあえずそれだけでもよかったと思う事にしよう。


「…ははっ、帰り…どうしましょう…」


膝を曲げて両腕を覆い、そこにできた空間に顔をうずめる。

大半の視界は自分で作った暗闇が占めていたが、それでも昼間のためか完全な暗闇になる事はなかった。木漏れ日は、相変わらず優しく降り注いている。

それが嫌で、私はきゅっと両目を閉じた。

視界が真っ暗になると、今度はよかったと自分を納得させた気持ちが、自分の行動に対する自嘲へと変化し心の中に広がっていく。

自分の行動がどれだけ無鉄砲だったかを客観視してしまい、どうしようもない自分の行動を批評し始めていた。


一方的に立ち去ってしまった自分の態度。

理由も言わず立ち去ったのだから、三人とも驚いたに違いないし、理由も言わずに立ち去ってしまったのだから礼儀を知らないのかと馬鹿にされているかもしれない。


初めて訪れた敷地内を、走り回ってしまった事。

貴族の娘が緊急事態でもないのに走るような真似をするなんて、品がなってないと言われるだろう。クラウディウス邸の使用人にはまだ出くわしてないが、もしかしたら遠目で見た人間はいるかもしれない。


一度悪い方に考えてしまうと、どんどん他の行動も悪い風に捉えてしまう。


一つ目に、ユーステス樣と婚約者が一緒にいるにも関わらず抱き着いてしまった事。

冷静になって、あの優越感させも疎ましく感じる。

ただユーステス樣に拒否されてないというだけで、常識的には悪い行為だというのは他人の目からしても明らかじゃないか。


二つ目に、イヴァン様の提案を冷静でないまま乗った事。

イヴァン樣の提案を断る事ができる機会は、何度もあった。

それに、元はと言えばイヴァン様の提案を警戒していたにも関わらず、結局は自分の気持ちを優先してここに来たのだ。

せめて会うにしても、お茶会やこれから参加する舞踏会など、公式の場で会う機会を辛抱強く待てばよかったのだ。


三つ目、四つ目、五つ目…と自分の悪いところがどんどん出てきてしまう。

こんなに自分を否定する日が来るとは思わなかった。

いや、思う機会がある事すら考えた事がなかった気がする。

見た目が良いだけ。中身は最悪。あの婚約者と、自分は大して変わらない気がする。



ずっと考えているうちに、気が付けば私は大粒の涙を零していた。

自分がどうして泣いてしまっているかわからず、とりあえずごしごしと目をこする。

でも、どれだけこすっても涙はこぼれてくるばかりだ。


「…どうして、涙、止まってほし、いの、に…」


私の気持ちとは裏腹に、私自身は涙を止める事が出来ずにいた。



*****



カメリアがローズを追ってしまい、口論をしていた僕達は置いて行かれる形となった。

そもそも、なぜこうなったのか。

僕は思わず、隣にいる元凶の彼を軽く睨んだ。

額を手で押さえながらこの現状を何とかしようと考えこんでいる様子だが、恐らく僕の視線には気付いているだろう。

若干顔から流れる冷や汗と青くなる表情から、察する事は容易だった。


だが、そんな彼がまさか僕の邪魔をするためにローズを寄越してくるとは思わなかった。

しかもカメリアの目の前で、不本意でも他の令嬢に抱き着かれる場面を見られてしまうなんて。

婚約者の前でとんだ失態だ。

しかも彼女、僕が他の令嬢と密着しているのに怒るどころか可愛すぎる笑顔で眺めていたし。

あんな状況なのにカメリアの笑顔にやられ、照れてしまった僕も僕だが…。


それにしても、やはり彼は侮れない人物だった。


イヴァン・クラウディア。

一度は彼女との婚約を断っている、カメリアの従兄弟。


彼をライバルだと認識したのは、婚約の口約束をした日だっただろう。

そもそも、最初に会った時から彼に対しては思うところが多々あった。


カメリアを毛嫌いする癖に、一番彼女に世話を焼いている事。

婚約を自ら破棄しているはずなのに、それ以降も平然と彼女に会いに来ている事。

そして、自分の気持ちと行動が矛盾している事に、本人は全く気が付いてない事。

それらを考えると、彼は恐ろしいほど自分の気持ちには鈍い人物。

そして、若干天然に近い要素もある気がした。


『婚約も何も話が出た瞬間にお断り致しましたよ。婚約するメリットも情も私にはありませんし』

というセリフを言ったくせに、その後には『また叱らないといけないのか…。淑女としても口を堅くするように毎日言い聞かせないといけないな…』とぶつぶつ言う始末だった。


メリットはともかく、情がないという割に毎日関わろうとしている時点で、好意くらいはもっているだろう。なぜ嫌いと言っているのに世話を焼くんだ。

彼にはいつものように笑顔で対応して別れたが、内心は王宮に着くまで呆れていたのを今でも覚えている。

だが、彼は自分の事を除けば恐ろしいくらい勘が鋭かった。


僕のカメリアに対する気持ちが本気だったと勘づいたのも、驚く事に彼が最初だった。

目が覚めてカメリアを抱きしめた時。

恐らく、彼はあの時にはもう気が付いていたと思う。

その後から急に彼女と過ごせる時間をマナー講習という形で作り始めたそうなので、気が付かれた事を知るのは簡単だった。


まあ、それだけならよかった。

その後もコソコソと何か動きを見せていたが、特に何があるわけでもなく。

僕が毎日カメリアに会っているのに、彼はその対策をする事がないまま僕に好き勝手させていた。

その経験から僕は何かしてもこちらには害はないだろうと判断し、そこまで注意はしてなかった。


だが、まさかカメリアを手に入れるためにローズをここに呼び出してくるなんて予想外だった。

ローズとは最近会っていなかったが、それは婚約者を迎えた者として今まで通り他の令嬢とも仲良く、なんて軽率な事ができなくなったからだ。

それに、やっと魔力の制御に効果があるカメリアを婚約者としてなんとか手中に収める事ができたのだ。

尚更、他の令嬢に会うなんて真似は今後の事を考えても避けたかった。


正直に言うと、カメリアと出会う前の僕はローズが将来的には婚約者になるだろうと考えていた。

ローズに対しては不満もなかったし、彼女は僕に好意を寄せていたから問題もないと思っていたのだ。

さらに理由があるとするなら、魔力の制御に関しては全く持って使えないだろうが、王位継承に関していえば彼女は有効だったからだ。


身分が伯爵家となれば王族になるには問題ないが、国母になるには身分が低いと判断される。

ローズを婚約者に迎えれば、僕が王位に就くとなってもローズの身分の事で必ず反論があがるだろう。

そうすれば、王位継承争いから少しでも遠くなるだろう。

当時の僕は、そう思案しつつ王宮にやってくるローズに接していた。


今となっては、ローズに対して申し訳ないと思っている。

僕はローズを異性として見ていないのに、婚約者に迎えようと考えていた。

彼女の好意を、目的達成のための道具のように扱おうとしていたのだ。


カメリアに出会い、損得以外で誰かを隣に置きたいと思うようになってから、その考えが間違いだと気づくのに時間はかからなかった。

結果論になるが、自分の目的を達成するとしても、相手の立場も考えるようになったのはカメリアのおかげかもしれない。


カメリアに出会うきっかけとなったのは、よくよく考えると彼が婚約を断ったおかげだった。

一応、その点だけは感謝しないといけない気がする。


「ユーステス王子」


額を手で押さえていた彼だが、ようやく手を離して口を開く。

どうやら、考えがまとまったようだ。


「イヴァン君、何か思いつきましたか?僕はとりあえず動きながら考えた方が得策だと思っていましたが」

「…それは、現時点では何も考えていないって事でよろしいでしょうか?」

「まあ、どう受け取るかは君に任せますよ?」


美少女と説明されても納得してしまう綺麗な顔を歪ませつつも、彼は僕と口論を続行する気はもうないようだ。

溜息を一つ付き、「不本意ですが」と切り出し、僕に提案を申し込む。


「ユーステス王子はカメリアと一緒にローズを探して慰めてください。多分、ローズ令嬢的にも僕に会うよりは二人に会う方がマシではないかと思うので」

「君も追いかけないのですか?」


意外な提案だった。

僕をカメリアから遠ざけたいと思う彼の事だ、不本意だとしても「一緒に行動しよう」と言うと思っていたが。

僕の質問から何を言いたいのか察したようで、彼は「まあ」と力なく言いながら肩を竦める。


「本当はそうしたいのですが…こうなったのは僕のせいですから。僕はとりあえず彼女の兄を説得してここに連れてきます。兄が来てくれたなら安心できるだろうと思いますし。大切な妹を泣かせる原因を作ったので、絶交されるかもしれませんが…」


ローズの兄という事は…アステル・ド・モンテスキューか。

ローズの兄であるため、それなりに話したことは数回ある。

が、僕とアステルは特別仲が良いわけではない。あくまでも知人という間柄だ。


そういえば彼とアステルは最初の懇親会で会った後も会う機会を設けているらしく、大変仲が良いとローズが言っていた気がする。

特に、『絶交』と自分で言い切ったあたりから彼の表情も硬くなっている。

恐らく、カメリアとはまた違う意味でアステルとの関係も彼にとって特別なのだろう。


「…いや、僕も君と一緒に行動しましょう」

「!? いや、別にそんな…」

「今回の件は僕にも非があると思いますし、説得するなら二人でやった方が効率よくできるでしょう」

「でも…」

「カメリアの件ですか?それはローズの事を解決してから、それまでは一時休戦です。それなら異論はないでしょう?」


僕は彼に手を伸ばし、握手を求める。

彼は僕を嫌いだと思っているだろうが、別に僕は彼本人が嫌いという訳ではない。

あくまでも「カメリアを好きでいる輩」であるから牽制しているだけであって、それさえなければ彼とはそれなりに仲良くなれると考えている。

まあ、簡単にカメリアを諦めない奴と手を組むと思うと厄介に感じるのも嘘ではないが。


彼…イヴァンは僕を怪訝そうな目で見ていたが、やがて差し出した手をそっと握り互いに握手を交わした。


「…今だけですから」

「もちろん、そのつもりですよ」

「…でも、ありがとうございます」


イヴァンは握手を少しだけ乱暴にほどき、不貞腐れた表情を見せる。

だが、それでもきちんと礼を言える点は彼の長所だろう。

普段から素直になればいいものの、まったく難儀な性格だと僕は苦笑した。


「お礼は後で。まずは急いでアステルをこちらに呼び寄せましょう。彼女、感情が高ぶると火の魔法の制御ができなくなるので。」


東館の入り口付近を見れば、お茶の準備を整えたカメリア専属のメイドが少し慌ててやってきた。

お茶の用意してくれた彼女に悪いと思いつつも声をかけ、僕とイヴァンはモンテスキュー伯爵家へ向かうための馬車の手配を要請した。





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