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(6.5)星降る夜に

僕の名は、イヴァン・クラウディア。

名門貴族・クラウディウス公爵家の分家にあたるクラウディア公爵家の嫡男であり、この国の第二王子ユーステス・ヴェルエステの婚約者であるカメリア・クラウディウスとは従兄弟の間柄だ。


いきなりこんな発言をしてなんだが、僕は従姉妹であるカメリア・クラウディウスに親族以上の感情を持っている。


一言で説明すると、彼女を『一人の女性』として愛している。


元々、僕は従姉妹の事が世界で一番大嫌いだった。

それも、彼女との婚約を持ちかけられて即お断りするほど。

その後従姉妹はあろう事か自身の父に無茶な要求をし、この国の第二王子とのお茶会を取り付けさせたと聞くと、僕の中での彼女の印象は「嫌いな人間」を通り越して「他人」にまで成り下がっていた。


だがそこまで悪くなった僕と従姉妹の関係が大きく変化するきっかけは、ひょんな事から彼女が王子との婚約が決まり、あろう事か彼女が婚約破棄を目論むようになった事に起因する。


婚約破棄の理由も、従姉妹に「想い人がいる」という理由だった。それまではお互いの事を知ろうとしていなかったので、わからないのは仕方ない事でもあるが、嫌々だがずっと近くにいた彼女に想い人がいるのは晴天の霹靂だった。


それに、従姉妹は直系の血筋という理由から元々クラウディウス家の当主を約束されていた。

そのため、彼女に甘い父親だけでなく親族一同、従姉妹に悪い虫がつかないよう、実は四六時中こっそりと監視していた。


きっと、従姉妹は自分が監視下に置かれて生活しているとは知らないだろう。

僕を婚約者にしようとしたのも、身内の方がより監視しやすいという親族の打算的な考えからだったし。


今となってはだが。

従姉妹に「想い人」がいたという事実。

恐らくそれが、彼女への気持ちに変化が生じた瞬間だろうとぼんやり理解している。

ちゃんと好きであると自覚したのは、王子の魔力の制御に彼女の魔力が関係したとある失踪事件だった。

実を言うと、従姉妹と離れたのはこの失踪事件が初めてだった。


傲慢で我儘で何度も手を煩わせ、婚約破棄の相談を持ち掛けられた後でもどちらかというとまだ嫌いだった事に変わりはなかったが、まさか消えてしまうとはこの時まで思ってもみなかった。

最初はトイレに行ってからどこかほっつき歩いているな、と軽く考えていたがユーステス王子もほぼ同時期にいなくなっているという事実を知ると、急に血の気が引いた感覚は今でも忘れられない。


大嫌いな従姉妹といち早く離れて生活したいとずっと思っていた僕だったが。

それが現実になった時、現実の僕は喜ぶどころかこの世の終わりを迎えるような深い不安に襲われた。


彼女の姿を思い出しては、それが底なしの穴に吸い込まれて消えてしまう映像が頭の中でちらついた。

自分自身でもどうしてこんなに不安なのかと混乱するくらい、我を忘れて彼女を探した。

本来ならユーステス王子を真っ先に探すべきなのに、必死に叫んでいたのは彼女の名前だった。


やがて、従姉妹の魔力の気配を感じ取り、それを必死に辿って一つの扉の前にたどり着いた。

扉の向こうから聞こえる彼女の声に、僕と同じ黄緑の瞳。それを見た時、男としては恥ずかしいが感極まって泣きそうになった。


それくらい再会できた事に安心したし、彼女の身を心配している自分がいた。

ちなみに、彼女は僕が来る前に誰かと話をしたらしいが、当時の僕はそれに対して疑問を抱かなかったくらい切羽詰まっていたな、と振り返っている。


そして。

残酷な現実もこの時に理解したと思う。

今でも記憶の片隅に残って離れる事のない、従姉妹と王子の抱擁。

目覚めた王子が急に彼女に抱き着いて、「なにしてんだこの野郎!」と言いそうになって喉元でぐっと堪えた時、僕は気が付くのが遅すぎた恋心を自覚した。


そして、すでに彼女は王子の婚約者だったことも、自分は自ら従姉妹との婚約を拒否した経歴もあり、身動きが取れない・想いを伝える事もできない身の上になってしまっていた事も同時に理解した。

しかもユーステス王子の態度から本気で従姉妹を好きだという事を理解した時、どうしてこんな事になったんだと頭を抱えたくらいだ。


だが、幸いなことに。

彼女はユーステス王子よりも自身の想い人を好いており、そのために婚約破棄をした後はずっと独身でいようと決意したらしい。

その事を本人から聞いた時、僕は悪い奴だと思うがそれを尊重して婚約破棄に協力しつつ、ゆくゆくは彼女とずっと一緒にいられるようになりたいと必死に考えて始めていた。

今までは家のために何ができるのかずっと考えていたが、今では彼女とずっといるためにどうやって家を利用していこうかと考えてしまっている。


父であるヴェインに、この想いはずっと言えないままだ。

まさか自分の息子が好きな人のために家の権力を利用しようとしているなんて、思ってもいないだろう。

だが、クラウディア家の嫡男としての責務はきっちり果たすつもりではいる。


理由は単純に、それさえもこなせないときっと彼女を守る事も出来ないのは火を見るよりも明らかだし、彼女を当主にしてその右腕になるなら、尚更できる事は増やしておかないといけないとわかったからだ。


そのため、現在僕は彼女を当主にするべくまずはマナー講習から徹底的に施そうと決めた。

マナー講習からスタートさせたのは、いざ理由を聞かれた時に「将来妃になるかもしれないため、より徹底的な教育を」といかにも正当な返事ができるためだ。


実際に、僕自身すでに教養に関しては親族からお墨付きをいただいているので、あっさり認めてもらえた。

まあ、予想以上に彼女はサボり魔なためなかなか道のりは険しいが。


ひとまず、僕の現段階の理想としては。

一番目の理想は、婚約破棄をした後に「形式上の結婚」を持ち掛け、法律上の夫婦になってから従姉妹にアプローチを続ける事。

二番目の理想は、彼女に振られて結婚できなくても、親族を説得し彼女をどうにかしてクラウディウス家の当主に立てて、僕は彼女の右腕としてずっと近くに居続ける事。


本当は一番目の通りに事が運べば幸いだが、実際に成功するとしたら二番目の方が確実性は高い気がする。

ここで従姉妹の想い人に対して述べるとするなら、彼女に独身を決意させてくれて有り難いと感謝する一方で、どうして毎日会っている僕よりも彼女に愛されているのだろうかと悔しく思う気持ちが織り交ざっている。


だが、従姉妹曰く。

その想い人には二度と会えないらしい。

身分違いの人なのか、それともすでに婚約者がいる人なのか一度聞いてみようと試みたが、その際に今にも泣きだしそうなくらい悲しい顔をした。

それを見て以来、僕は彼女にこれ以上聞くのは酷だと思い、今はあえて聞かないようにしている。


どちらにしても。

まずはユーステス王子との婚約をなんとかしないといけない。

最近では「魔力の制御」と言い訳を作り、彼女にかなり過激なアプローチをしているそうだ。

一応「魔力の制御」も本当の事らしいが、五分隣にいるだけで終了なのにひどい時は昼から夜までいる有様を従姉妹と使用人から聞くと、絶対に彼女と会うのが本命の目的なのは明らかだった。


しかも、僕が今現在はクラウディウス家の当主になるべく勉強している事をフェリシアーノ叔父様から聞いたらしく、わざわざ僕と入れ違いになるように時間を設定して彼女に会っているそうだ。

正直言って、ムカつく。

だが、僕も指を咥えて黙っているほど馬鹿ではない。


最近、僕の親友であるアステルの妹・ローズ・ド・モンテスキュー伯爵令嬢がユーステス王子に会う事ができず悲しんでいるという情報を貴族子息の親睦会で入手した。

元々、ローズ令嬢はユーステス王子の婚約者としては最有力候補だったし、国で一番のサロンを持つ社交界の花形・モンテスキュー伯爵夫人も過去に現国王の婚約者候補だった事もあり、本人も周囲もいずれはそうなると考えていたそうだ。


そんな期待を裏切るようにユーステス王子は従姉妹を婚約者に迎えてしまい、本人も周囲も驚きすぎて言葉を失っていた。

加えてクラウディウス家は過去に妃を輩出した家柄でもあったので反論する者は誰もいなかった。

正確には、できなかったが正しいけれど。


ローズ令嬢はユーステス樣に心底惚れていたらしいし、一般論から言って彼女の方が僕の従姉妹よりも王子により相応しい容姿をしている。

もちろん、僕の従姉妹も美人だが、あれはちょっと桁外れなのだ。

実際に兄のアステルの方も従姉妹より美人だし。


ちょっと話が脱線してしまった。

僕はどうするかというと、ユーステス王子が僕に対してやった事と似た事をやろうと思いついた。

内容は単純で、ローズ令嬢と会えるように僕が毎回手引きする作戦だ。

ローズ令嬢は従姉妹がユーステス王子と知り合う前から仲が良い。なので、ユーステス樣も仲の良いローズ令嬢を無下に扱う事は絶対にできないはずだ。


このまま上手くいけば、周囲にもユーステス王子とローズ令嬢の婚約がより良いと印象付ける事ができる。従姉妹は婚約破棄を一刻も早くしたいと考えているから好都合だし、ついでにアステルも妹の件で心を痛めていたから、ユーステス王子を除けば皆に有益だ。


まあ、僕の性格の悪さがどんどん明るみになるが。

それでも。

僕はどんな手を使ってでも、従姉妹とずっと一緒にいたい。

もう二度と傍にいられないような可能性なんて、こちらから潰していくまでだ。


でも、従姉妹とそれからユーステス王子には少しだけ後ろめたいと思った事が一つだけある。

それは、僕が最初に彼女のキスを奪っている事だ。

残念ながら、唇ではなく頬だけど。


それは彼女と一緒に流星群を見た今年の夏の夜。


珍しく僕に会いたいとクラウディア家にやってきた従姉妹は、これから流星群が降るはずだから一緒に見ようと誘ってきた。

夜空は雲一つなくどこまでも澄んだような藍色混ざりの黒が広がっていたが、それでも流星群が降るなんて想像は出来ない。


夏の夜だが冷えて風邪を引かないように、僕は従姉妹を寝室に案内してそのまま流星群を待つように促した。

使用人のジェーンが用意してくれたホットミルクを飲みながら、僕達はたくさんの話をした。従姉妹の想い人との思い出から、僕達の両親の話、そしてなぜか僕がどれくらい美形かと褒める話。


正直最後の話はとても恥ずかしい、どうでもいい話だと早々に切り上げようとしたが、そんな事はないと身体を僕の方へ寄せながら「イヴァンはとっても可愛いよ」とまるで小説で読んだ百戦錬磨の貴公子のように微笑んだ。


僕と同じ黄緑色の瞳が、僕の顔を映している。

彼女の長い黒髪からほんのりといい匂いがしたし、僕の心臓が強く波打つ感覚がどんどん強くなっていくのを感じた。なんだが、身体も火照っているような気がしてならない。

口説かれる女の心理というやつが、この時何となくわかった気がした。


その後、どうなってしまうのかと思ったが。

彼女は僕に身体を預けると、寝てしまった。

正確には眠気に耐え切れずにたまたま僕の胸に着地したようにみえる。

なんか…。

なんかなあ…。

いくら従兄弟だからといって、僕に対して無防備すぎないかこの従姉妹。


やましい事は絶対にしないつもりだが、なんだか釈然としない。

というか、流星群を見たいと誘った本人が寝てどうするだ。

後で見れなかったと不貞腐れても、知らないぞ。

そんな僕の気持ちも知らない彼女は、すうすう、と規則正しい寝息を立てていた。それが僕の服越しに当たって、くすぐったいような恥ずかしいような気持ちになる。


使用人を呼んで従姉妹を自宅に返す手配をしようかと考えていたその時、寝室の床にほのかな光が走った。

ふと窓の外に目をやると、さっきまで澄んでいた夜空に一筋の白い光が早いスピードで横切って消えていく。

星がまるで夜空を切り取る剣先の光のように光っては消え、僕の目には見えない巨人が夜空を舞台にして剣舞を踊っているように見えていた。


僕の知らない世界の一現象が、僕の心を奪って離さない。

そう錯覚してしまうくらい、僕はじっと星降る夜を眺めていた。


やがて手の甲に暖かな雫が一滴零れ、僕は視線と意識を下に向けた。

暖かな雫の源は、彼女の目じりから零れたものだとすぐに分かった。

彼女の頬をつたって、僕の手の甲にまた一滴着地する。

寝ていながら、彼女は静かに泣いていた。

僕の全く知らない、初めて見る彼女の涙だった。


「カンナ…」


星降る夜の静寂に、彼女の小さな声が鼓膜に響いた。

カンナ。

そうか。

彼女の想い人は、「カンナ」って名前なのか。

僕の頬が、思ったよりも頬が緩む。

それと同時に、僕の心に、ズキリと一筋の痛みが走った。

消え入りそうな小声だったはずなのに、やけに頭の中で反響して離れない。


本当に。

本当に、好きなんだな。

彼女の頬に残る涙の後を、ゆっくりとなぞる。

夜空のせいだろうか、彼女の肌の白さがより鮮明に僕の瞳に映る。

すると、彼女の目じりから、新しい雫が生まれた。

頬をつたって少しずつスピードをあげながら手の甲に向かって落ちていく。

でも、その雫が手の甲に着地する事はなく。

その前に、僕は雫をそっと唇で受け止めていた。



星降る夜が終わらないでほしいと、その時僕は初めて祈った。



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