(5)カメリアとやや平和な半年後
私が前世の記憶を思い出して、もう半年が過ぎていた。
記憶を思い出した頃は春がまだ始まったばかりという事もありとても穏やかな時期だったが、今では秋になり紅葉も見え始めている。
最初の頃は記憶を思い出したり、ゲームの世界で死亡エンドしかない令嬢になってしまったのを嘆いたり、うっかりユーステス樣と婚約してしまったり、なんか変な事件に巻き込まれたり…と色々あって大変だったが、それらが全て解決すると思ったよりも平和な日常が戻ってきた。
そのためか、カンナの事や前世での生活を恋しく想い泣く事も多かったが、最近は少しだけ落ち着いたし泣く事もかなり少なくなった。
十二歳もあと半分で終わりを迎える。
その間の私はというと…とりあえず前世でプレイしていたゲームのエピソードを必死に思い出してはノートに書き残し、イヴァンと仲良くなるように努力をしつつ、婚約破棄の方法をひたすら考えていた。
そのおかげか、ゲームとは少し違う関係を築きあげている。
まず、一番変化したのはイヴァンとの関係だろう。
ゲームの本来の設定では、カメリアとイヴァンの関係は婚約を断られた時期以降、口も聞く事がないほど最悪の関係になる。
イヴァンが私の婚約によってクラウディウス家を継ぐ事となり、より一層お家主義な思考になったのはゲームの設定どおりだが、私達の関係はそれなりに良好である。最近では優しい笑顔も見せてくれるようになった。
その笑顔があんまりにも可愛すぎて性別が男の子だという事をうっかり忘れてしまいそうである。
美形ってすごい。
まあお家主義の思考があだとなり、なぜか私にマナー講習を毎日三時間やる小姑にも変貌してしまったのは誤算だったが。
それでも自分の死ぬルートを回避できるであればこんな苦行はまだ耐える事はできるし、イヴァンに婚約者とまではいかなくても好きな子ができれば私のマナー講習はきっと終わりを迎えるだろうと信じている。
主人公と結ばれたら私は死んでしまうので、できるなら他の女の子と結ばれてもらいたい。
イヴァンは将来有望な上確実に美形になるし、引く手は数多だろう。
いや、本気でマナー講習が終わるだろうと信じたい。マナー講習の時のイヴァンって、私が退屈になってサボろうとすると般若みたいに怒って怖いし…。
それに、イヴァンはクラウディウス家の当主となるため、今まで以上に多くの事を学び始めたとお父様から聞いている。前から勉強していた内容も継続しつつ、新しい事を学ばないといけないから私に会う時間は減ると思っていたが、なぜかマナー講習をイヴァンが務める事になったせいで私達の会う時間は前よりも増えている。
というか、本来マナー講習はメイドのローラが兼任するはずだったが、なぜイヴァンが立候補したらしい。
向こうがマナー講習の先生になるのは別に構わないが、それでも毎日やるのはどうかと思っている。
飽きもせず毎日毎日やってくるので、一時期イヴァンって実は暇なのでは…?と思っていたが、どうやら彼は人並み以上に容量が良かったらしく、最近では自分の魔力を磨くために家庭教師を付けてより一層励んでいるそうだ。
私が懸念する要素なんて何一つもなかったので、なんだか悲しい。
ちなみに、イヴァンは私の婚約破棄について理解してくれるだけでなく、協力してくれるようになった。
すでに、私が調べるよりも数倍早い速度で婚約破棄についての法や過去の事例を何件か洗い出してくれており、正直私よりも熱心になって探してくれている。
それでもやはり王族との婚姻を解消する方法は中々見つからないらしく、器用な彼でも苦戦中らしい。
正直私よりも熱心なイヴァンを不思議に思い「どうしてそこまでしてくれるか?」と前に聞いた事があるがその時の返事はなぜか濁され、今も真実はわからないままだ。
また、私の想い人であるカンナの事について深く尋ねる事はない。
その代わりユーステス樣に対しては根掘り葉掘り聞くようになった。「王子は何か言ってこなかったか?」とか「今日は二人で何をした?」とかあまりにもしつこく聞いてくるので、もしかしてイヴァンって、「実はユーステス樣をラブな意味で好きなのだろうか…それで婚約を解消したいのか…まあイケメン同士だし許されるかな…」と思っていたが、どうやら私の思っていた事は顔に出ていたらしく「今思っている事は絶対ありえないから」と恐ろしい形相で言われてしまった。
そんなに私って思った事を顔に出してしまうタイプなのだろうか…。
まあ、色々な問題はあるがイヴァンとの関係はとりあえず良好である。
ゲームとは少し違う関係を築きあげているのは、実はイヴァンだけではない。
意外な事にユーステス樣も、ゲームとは少し違う関係になってきている。
正確に言うと、違う関係になったというよりはどうして主人公と出会うまでユーステス樣がカメリアの婚約者として生活し続けたのか、その謎が解明できたのである。
失踪事件?から一週間経ったのち、驚いたことにユーステス樣がまたクラウディウス邸にやってきた。しかも、前回は連れていなかった王宮のお抱え医師と引き連れて私の前に現れると「魔力の制御のために協力してほしい」と突然頼まれた。
最初の頃は「魔力の制御ってどういうこと?」と私は困惑したし、王子の訪問に慌ててやってきたお父様とイヴァンの二人も私と同じように、王子の言葉をすぐに把握できなかったようだ。
王子の言葉に困惑していた私達三人に付き添いでやってきた医師は詳しく説明をしてくれた。結構長かったので色々割愛するが、どうやら私の魔力とユーステス樣は相性がかなりいいらしい。
そこで、ぜひ魔力の制御ために私と定期的に会わせるように機会を設けたいと。
魔力の相性なんて聞いたことなかったがイヴァンによると、どうやら魔力の属性とは別に「波長」というものがあるらしい。
「波長」とイヴァン的には優しく噛み砕いてくれたようだが、余計ややこしくなっただけで私にはさっぱりだった。波長だと説明され直してもイマイチわからない私にイヴァンは呆れ顔を見せたが、娘に甘いお父様が優しくフォローをいれてくれた。
「波長」とはこちらの世界でいうと「魔力の流れ」を意味しているらしい。波長が短いほど魔力が強いが安定性は低くなり、逆に波長は長いほど魔力は弱いが安定性は高くなるそうだ。
ユーステス樣は幼い頃から「魔力が強い=波長が短い」ため、魔力の制御に苦心していたらしい。そして、「波長」というものは似ていれば似ているほど、つまり自分のより近い波長をもつ人が傍にいれば、魔力が強いままでも安定性を保ちやすくする事が可能になんだとか。
それが「魔力の相性」と言われるものらしい。
まあ、波長というものは成長するにつれて変化する人もいるらしく大人になって安定性が増す人もいるらしいが、今のユーステス樣一人の力ではまだまだ不安定なんだとか。
どうやら、私とユーステス樣の波長が似ているため、魔力の相性がかなりいいらしい。
それで、魔力の制御に関して言えば必要な人財なのだそうで。
なるほど。
それで、私を手元に置くために婚約者として仕立てあげたのか。
ハイペースな婚約だと思っていたが魔力の制御で私が必要ならば納得がいく。
婚約は私の魔力に関係あるという予測は的中したのでちょっと嬉しい。
という事は、私の魔力も波長が短いという事なので魔力自体は強い事も証明された事になる。
私に魔力の気配がするのに魔力が発動しないのは、発動すれば身体に負荷がかかるため私自身の身体が無意識にセーブしているのではないか、と医師が説明してくれた。
この意見に、お父様とイヴァンは納得したらしい。私自身も「どうして魔力使えないのかな?」と疑問に思っていたのだが、その説が正しいのなら納得がいく。
私の身体が己を守るためにしてくれているのか。
なんか、身体の負荷のために脳みその機能が全体の数%しか使われていないって説と似ている気がする。身体ってすごいな。
「私の魔力発動しない説」に納得はしているが、それでもイヴァンはまだ異論があるらしく「どうして魔力の相性がいいとわかるんだ」とやや食い気味に質問する。
だが、ユーステス樣が私の手を急に握って褐色の肌が薄まると、イヴァンは信じられないものを見るような顔をしたが、渋々相性の良さを認めたのかその点に関して異論は出さなかった。
だが、それを理由に「王宮に連れ帰って共に生活をする」というユーステス樣の提案によって穏やかだった雰囲気は荒れに荒れた。
驚く事にイヴァンだけでなくお父様も異論を唱え始めたのだ。
いくら私が婚約者で連れて行く目的が魔力の制御ためとはいえ、結婚もしていない他人の男女が一緒に生活をするなんて不健全であるというのがこの国の常識だそうだ。
というのも、貴族によっては自分の娘が王族の一員になれるチャンスができるならば、例え自分の娘に婚約者がいたとしても、無理やり破棄させて王族に嫁がせるケースがたまにあるらしい。
王族になるのを拒む人によっては婚約者との間に子どもを作りそれを理由に王族との結婚を逃れようとした人も居たらしいが、結局は強引に別れさせ、王族に嫁がせるという大問題もあったそうだ。
そのため三代前の王が暗黙のルールとして、「結婚するまで、親族以外の関係の男女は同居させない」という事を決めた。それ以降、人々の意識の中にその暗黙のルールは生き続けている。
「法律で禁止させてないから一応可能ではある」とユーステス樣は説得を試みている。
が、いくら相手が王族とはいえ、大切な箱入り娘を結婚する前から家の外に出すのは大問題であるとお父様は珍しく厳しい声をあげた。
恐らく世間体もあるだろうが、お父様的には「家族以外の男はいつ狼になっても可笑しくない、結婚する前に同居なんて論外だ」という意見から反対しているのだろう。
まあ、十二歳でお父様の想像する展開にいくのは飛躍し過ぎだと思うけど。
でも私自身も、ユーステス樣と一緒に暮らすのは正直きつい。
ただでさえうっかり婚約者になってしまい死亡エンドを避けるために婚約破棄の策を練っているのに、王宮に連れていかれたらそれこそ婚約破棄なんて不可能になるだろう。
というか、ゲームをしている時は推しメンだし熱を上げていたためわからなかったが、よく考えればこの王子はカメリアを魔力の制御のための道具として婚約者にしていたが、主人公の方が自身の力になるとわかるとすぐに捨てたという事になる。
まあ、主人公を本当に愛したから婚約破棄をするのは百歩譲っていいとして、だからと言って最終的に殺すのはちょっとお角違いなんじゃないだろうか。
主人公と出会うまでは、一応役割は果たしていた事になるし。
ゲームでカメリアは婚約者となった事でより熱を上げ、彼の気持ちはお構いなしに四六時中ベタベタしていた。本当は鬱陶しいと思っていてもカメリアに何も言ったりしなかったのが、この理由だったとしたら筋が通る。
なんか、ショックというか。
この王子って腹黒どころかとんだ性悪じゃないか。
カメリアって人間以前に道具扱いだったなんて…。
自分の理想がガラガラと崩れる音がして思わず頭を抱える。
推しメンだと思っていたが、だんだんと地雷になってしまいそうだ。
頭を抱える私が見えていないらしく、三人はますます白熱したバトルを繰り広げている。絵面としては十二歳の小学生二人と三十二歳の成人男性一人の喧嘩となっており、中々シュールな展開になっている。
お付きの医師はというと、三人の空気に押されてだんだん壁の方に寄って今すぐにでも部屋を飛び出していきそうだ。
よく見ると瞳が潤んでいて今にも泣きそうな表情を浮かべている。
五十代くらいの大人を涙目にさせる喧嘩ってなかなか無いよ?
さりげなく、私に助けてと目で訴えている医師。さすがにこれ以上は医師の方が可哀そうすぎるし、私自身も疲れ始めていた。
「あの…」
終わらせるために声をかけようとしただけだが、三人とも向ける形相が怖い事怖い事。思わず「ひっ」とビビッて声を出しそうになるが喉元でぐっと堪える。
さっきまで人を殺しそうなほど怖い形相の三人だったが、声をかけたのが私だと理解すると、すぐに「大丈夫だよ、議論中なだけだよ」と必死で笑顔を作り始める。
こちらに配慮してくれるのは有り難いが、できるなら医師の方にそうしてほしい。
「笑顔作るの、もう無意味だよ」と思ったりもしたけど…。
医師の頬にはすでに一筋の涙が流れている。相当追い込まれてしまったようだ。
こうなったら医師のためにもなんとか事態の収集を付けなければと、恐怖と変な使命感を感じながら私は王宮に行くのは遠慮したいとユーステス樣に申し出た。
「なんだと!?」と怒りそうで正直怖かったが、想像に反してユーステス樣は私の答えに対して静かに考え始めた。何となくであるが、連れて行こうとしていた私からお断りした事もありユーステス樣は私を王宮に連れて行く事は無理だと判断してくれたようだ。
「わかりました」と私を王宮に連れて行く事は諦めたものの、私と毎日会うようにする事をユーステス樣は断固として譲らなかった。
結局、ユーステス樣が毎日私に会いにクラウディウス邸を訪問する事を条件に、イヴァンはまだ言いたい事があったようだが、とりあえずこの喧嘩は終幕する事となった。
それからというもの、毎日飽きもせずユーステス樣は私に会いに来るためクラウディウス邸に足を運んでいる。
魔力の制御に一歩前進したのがそんなにも嬉しいのだろうか…。
私としては対面する度に、この王子がやがて腹黒いどころか人を道具みたいに捨てる性悪な人間になっていくのだろうな…と思う一方で、一応まだ主人公には会っていないし友達になったのだから今の時点で疑うのはひどくないか?とも思う複雑な心境だ。
そして、その心境以上に困っている事はユーステス樣のパーソナルスペースが予想以上に狭すぎる点だった。
医師の診断によると、基本的には毎日会うので、隣に五分くらい傍にいれば効果はあると言っていたが…。肝心のユーステス樣はなぜか診断以上に毎回手を握ったり頭をなでたり、物凄くひどい時はハグをしたりとやたらスキンシップを図ってくる。
しかも、五分くらいでいいのに最低でも一時間は屋敷に滞在している。
イヴァンとのマナー講習はいつも午前中に行われるので、訪問するのはお昼からと決まっているが王宮の公務が全くない時のユーステス樣は暇らしく、やばい時だと「こんにちはからおやすみまで」一緒だから婚約破棄の策を練る時間を確保すらできない。
正直言ってとても近すぎるし、会う時間が長すぎる。
一応念押しで言わせてもらうが。
私には想い人がいるんだぞ?
それなのに魔力の制御が名目とはいえ、こんなにも身体が近いとカンナに対する罪悪感で結構しんどい。
いくら相手がみんなの憧れである、銀髪碧眼の正統派王子顔だからといっても想い人がいる私としては色々と無理である。
何度突き飛ばしてしまいそうな衝動を抑えただろうか。
誰か、別の人に変わってもらいたい。
絶対にこの役をこなす事ができる人財が他にいるはずだ。
今すぐチェンジを要求したい。
しかも悲しい事に。
私の罪悪感と反比例するように、ユーステス樣の魔力は安定性を見せ始めていた。
まず、発熱を起こす事がなくなった。今までは三日に一回というペースで身体を動かす事ができないほど体調を悪くしていた時期もあったそうだが、私と過ごしているうちにきれいさっぱりなくなったらしい。そのおかげで自由な生活を送れるようになったそうだ。
また、目で見てわかる変化としては肌の色。
褐色の肌の色がほんの少しずつ薄れ始めている。
出会った最初の頃は黒色よりの褐色だったが今では小麦色に近い褐色となっている。
体調が良くなるのは想定内だったそうだが、医師もまさかここまで好転するとは思っていなかったらしく、むしろ自分の診断を間違いだと思い始めたのかユーステス樣の行為を推奨し始めてしまっている。
しかも、まるで恩を仇で返すかのようにこの状況を国王夫妻に伝えたらしく、本日直筆の感謝状をいただいてしまった。
「これからも仲睦まじい関係を築いてください」という最後のコメントにどれだけゾッとしたものか。
まるで自分の死亡ルートが鎖で繋がれて固定されてしまったようなので生きた心地がしない。
ユーステス樣は「両親に認めてもらえるなんて流石は僕のカメリアですね」なんて嬉しそうに言う始末だし。
というか、彼はこんなにもスキンシップの激しい人間だっただろうか?しかも、私は主人公ではなくて本来なら敬遠されている婚約者・カメリア・クラウディウスのはず。
もしかして、彼がカメリアを敬遠し始めるのは主人公と出会って仲良くなってからなのだろうか?
でもゲームでは主人公と仲良くなるとしてもスキンシップなんてほんの数回、しかもイベントでしか発生しなかったはずだ。
こんなにパーソナルスペースが狭い設定なんて、絶対になかったはずだ。
「どうしよう…」
ゲームとは違う、正確には自分の想定外のユーステス樣の行動に、私は今日も頭を悩ませている。
この後、カメリア以外のご令嬢が登場します。
私自身彼女を出すのは楽しみです。




