(閑話)想い人のために婚約破棄するらしいが、僕は。
本題を進める前の前菜程度に読んでくれれば…
僕の名は、イヴァン・クラウディア。
名門貴族・クラウディウス公爵家の分家にあたるクラウディア公爵家の嫡男であり、この国の第二王子ユーステス・ヴェルエステの婚約者であるカメリア・クラウディウスとは従兄弟の間柄だ。
そして今日は、クラウディウス公爵家が主催するお茶会の日。
僕とカメリアが十五歳になり、来年には国直轄の魔法学校の名門『イル・フィオーネ』に入学するという事もあり、いわば人脈作りを兼ねた少し特別な催しとなっている。
今回のお茶会は人脈作りを兼ねたいつもよりは特別なお茶会であるため、人の規模も大きいが参加している権力者のレベルもそれなりに高い。
このお茶会をきっかけに婚約者を探そうとしている貴族や令嬢達も多く参加しているようだ。
学園に入学するものは皆魔力を持っているため、次の世代のためにもより良い婚姻に魔力の有無は最低条件である。
僕はまだ婚約者を得ようとは考えていないのだが、一方で僕の従姉妹は国の中でもトップクラスの優良物件、つまり王族の一人となぜか婚約している。
一応、僕たちの家系は数少ない公爵家達の中でも過去に妃を輩出した歴史があるため、王族との婚約があるのが珍しいわけではない。
が、僕の従姉妹は他のご令嬢と比べるとあまりにも色々違い過ぎており、正直よく王族の彼はこんなご令嬢と婚約したもんだ、というのが親族と使えている使用人達の総意である。
「ユーステス樣!お越しいただきありがとうございます。今日こそはどうぞ、私との婚約を破棄してください!」
最初の挨拶をきちんとしてくれた従姉妹。
だが、その直後の言葉が物騒過ぎて僕の心臓が凍り付く。
幸い人がいない休憩室での出来事だったからよかったものの、大勢の前でそんな発言を聞かれたらどんな大混乱が起きるか、たまったもんじゃない。
冷や冷やしていて若干顔が強張る。
しかし、彼女は悲しいほどに僕の変化には気が付いていないようだ。
そんな彼女も彼女だが、婚約破棄を迫られた王子はというと相変わらずニコリと笑って、
「おや、カメリア。今日は一段と綺麗ですね。それに「ユーステス」でいいですよ。後、婚約破棄はしないのでいい加減諦めてれませんか?」
と、まるで天気でも聞くようにのらりくらりとかわす。
しかもあわよくばと言わんばかりに腰に手を当てて従姉妹を自分の身体に引き寄せそうとするもんだから、なんだか見ているこっちが恥ずかしくなってしまう。
彼女は最初キョトンとした顔だったが、腰に触れる感覚を得てようやく慌てたようだ。
腰に手を当てられた彼女は、ぴしりとその腕を払い落とす。
かなり前だったか、「己の貞操は己で守ります!」と言っていたが、腰に手を当てらている時点でかなり無防備な気もする。
が、それを今言うと火の粉が降りかかりそうなので、後で言うことにしよう。
「相変わらず心のガードは固いですね。もういい加減僕に落ちてもいいじゃないですか?」
「いいえ!私には想い人がいると何年も前からおっしゃっているじゃないですか!」
いつの間にか、人がいないはずの休憩室の周りで令嬢達が集まり顔を赤くしている。
持っていた扇で顔の火照りを鎮めようとしている令嬢も、ちらほら見受けられる。
だが、ご令嬢達を骨抜きにする銀髪碧眼の美しい王子の微笑みが、残念ながら従姉妹にはまったく効いてない。むしろ彼女は嫌がるまでではないがその微笑みに警戒しているようだ。
僕的にはこの状況は厄介だし、一刻も早く王子には会場へ行ってほしいが。
それでも王子は相変わらずニコリと笑っており、引く様子はまったくない。
むしろ今度は両手を伸ばし始めているので、もっと密着しようとする下心が見え見えである。
まあ意中の相手を落とすなら時には強引さも必要だ、と父上も言っていたので気持ちがわからないわけでもないが、そろそろ僕の存在を無視するのは癪に障る。
という事で、
「二人とも、今日はここまでにしてください。人がきたらどうするんですか。ここは公共の場なので物騒な話も下心ある行動もお控え願います」
僕は従姉妹の両肩を掴んでをそっと王子から離す。
王子はニコリとしているがわずかに黒い何かを滲み出している。最初の頃はそれが怖くてびくびくしていた僕だが、今ではそれも日常化したので怖がる事は少なくなったものだ。
従姉妹はというと、「ありがとう」と軽く笑ってお礼を言う。
一方で王子はとても不服そうに僕を睨むと、今度は僕の手を払いのけた。
まったく、自分は先ほど腰に手をまわしていたというのに。
いつもは温厚に見える王子だが、従姉妹が関わるとなると腹黒さを前面に出して牽制しにくるのだ。
それを長年見ていた僕だけではなく周りの人間から見ても、王子が本気で従姉妹を愛しく思っているはヒシヒシと伝わる。
だが、従姉妹には昔から心に決めた想い人がいるらしく、その人には二度と会えなくても生涯その想いを貫くために独身でいる事を決めているようだ。
そのため、一刻も早く王子との婚姻を破棄したいらしい。
一般社会において女性が結婚もしないで一生独身というのは、この国ではマイナスイメージである。
特に歴史あるクラウディウス公爵家であるなら、一族の誰に言っても尚更その考えは理解されないだろう。
だが、僕個人としては。
彼女が誰かを想って独身を貫こうとしているのを、正直に言うと「良し」としている。
その理由は単純で、僕も王子と同じように彼女を好きになってしまっているからである。
*****
僕と従姉妹の関係が大きく変化するきっかけは、彼女が王子と婚姻が決まってしまった事に起因する。
王子との婚約破棄をあまりにも真剣に考えている従姉妹に気力負けし、せめて納得できるだけの理由を言え、といった返答の理由が「想い人」だったのである。
それまではお互いの事を知ろうとしていなかったのでわからないのは仕方のない事であるが、嫌々だがずっと近くにいたあの従姉妹に想い人がいるのは晴天の霹靂だったのである。
恐らくそれが従姉妹への気持ちに変化が生じた瞬間だろう。
ちゃんと好きであると自覚したのは、王子の魔力の制御に彼女の魔力が関係したとある事件だったのだが、その時にはすでに従姉妹は王子の婚約者。
しかも、自分は自ら従姉妹との婚姻を拒否した経歴もあり、僕は身動きが取れない・想いを伝える事もできない身の上になってしまった。
ちなみに、従姉妹は僕の好意など全く気が付く様子はない。
王子の方はというと、僕の気持ちに感づいてはいるが『婚約者』という確固たる立場があるため、僕よりは上だと思っている節がある。
なので、僕は僕の好意を一切告げるつもりはないが、従姉妹にその気がないとしても誰かと結婚するという事には耐えられないのが正直なところである。
なので愚かだとは思うが。
彼女には「公爵家の人間としてきちんとしろ」と表では言いながら。
心の奥底では、カメリアに一生結婚しないでほしいと思っているのだ。
それに、僕たちには血の繋がりという確固たる絆がある。
その絆は、いかに権力のある王子でも望んで手に入れる事は決してできないのだ。
そして僕は、その絆を盾に結婚さえ潰していけば僕たちが一緒にいる事は正当化されるのでは、と密かに期待している。
彼女の心がその想い人に支配されている限り、彼女がクラウディウス家から離れる事はないのだ。
それはすなわち、僕から離れる事もないという事に繋がるのだ。
「イヴァン、どうしたらユーステス樣はわかってくれるのかしらね…」
同じ黄緑の瞳を持つ従姉妹は、困り顔で僕に呟く。
「いや、あの人は絶対わかるつもりはないと思うよ。っていうか物騒な事言うなよ…」
今日も従姉妹は想い人のため、婚約破棄の策を考えている。
従姉妹の婚約者である王子は「君はどうしたら結婚しようと考えてくれますかね」と苦笑する。
そして従姉妹の考えを注意しつつも、僕はこのまま結婚しないでいて欲しいと願い続けるのだ。