ワンルームの部屋に響くはアマオト
雨が降っていた。
乾燥したこの季節には珍しく、シトシトと、雨が降っていた。
何もない部屋にはその静かな音すら明確に聞こえ、吐く息の白さと雨音だけがこの世界の生き物だ。
いつまでここにいるのだろうか
そんなことを考えるときだけ、僕の脳が働く。もはや手足の感覚はない。
どうしてここにいるのだろうか
僕だけが免れたのか、それとも逃げたのか、選ばれたのか、見落とされたのか。
偶然
こんな言葉は幸運な出来事に使うものだ。
こんな偶然。誰が頼んだのか。
吐く、息は白い、何も無い。雨の音が響く。やかましく、気怠い。目を閉じれば聞こえなくなるだろうに、いや、そもそも何故目を閉じないのか。
「バーカ」
突如、雨音が変わる。鼓膜の揺れが懐かしい。
「何やってんのさ」
何も。声は出ない。でも、通じた。
「バカ…」
悲しそうに彼女は言った。
僕を見て怒るなら良い、でも、悲しむのは悲しい。
「ねぇ」
顔を伏せた彼女の表情は見えない。
少し短くした方が良いと言ったのに、頑なに伸ばし続けた黒髪が彼女を隠す。さらりとしたその髪が、僕は好きだった。
「なんか、食べる?」
懐かしい音がした。
よく聴いた音だ。何度も、何度も。
イラナイ
そう唇を動かしたら、彼女は怒った
「駄目だよ。そうやって、いっつも倒れるんだから。ご飯、食べなきゃ」
いつものやり取りだ、何ヶ月ぶりだろう。
小さい躰をピョンピョンと跳ねさせて、彼女は僕の隣に座る。
「何が見える?」
キミ
「そっか」
何が見える?
「アンタ」
ソウ
「駄目だよ。ホントに」
でも、捨てたモノじゃないよ
「どこがーー」
キミに会えたから
静かな雨が響く。吐く息は白い。
何も無い部屋、そこに彼女がいた。
目を閉じようと思った。
走るのをやめようと思った。
もう少しだけ、ここにいようと思った。
そこに彼女がいたから。
僕の手が伸びて、雨の音より騒々しい、暖房器具の音が響き始めた。




