魔王王弟殿下と召喚の乙女 前編
全年齢かどうか迷ったのですが、 若干表現が後半にモゴモゴ(過激ではない)なので15指定入れました。
私の名前はセティウス・エル・ロア・ヴァレンティア。 現魔王の弟の一人だ。
そんな私が初めてその子に会ったのは、 魔界の森の中…… だだっ広い花畑の中だった。
一番下の妹リシェイラがよりにもよって妊娠したので、 夫になったグレゴリアス卿にチクチク嫌味を言ってたのだけど、 リシェイラにバレたんだよね…… 怒られて逃げて来た所だった。
誰かの泣き声に心惹かれて、 声の主を探して降りたのを覚えている。
「うっ…… えっ…… 」
魔物避けの守りをつけて、 ぐちゃぐちゃの花冠を握りしめ泣く少女。
―― ティアラ・イシュナ・クラレス…… のちに私の奥さんになる可愛らしい彼女。
「こんな所で何を泣いてるんだい? 」
「ふにゃっ! 」
本当にこう叫んだんだ。 信じて欲しい。 けど、 とても可愛らしかった。
一目で気がついた。 この子は私と同じだ。 召喚の力を受け継ぐ、 ヒトと魔族の血を引く半魔。
「…… 」
少女は私を見てポカンと口を広げた。
淡い黄金の髪に深緑の瞳。 まだ幼さの残る顔の娘。
「で、 何を泣いてるんだい? 」
思わず笑ってしまったのは、 彼女が驚いた顔のままで固まってたから。
「う…… あ…… お兄さんだれ? 」
一応、 魔界では有名なんだけどなぁ…… この子は私を知らないらしい。
目を丸くさせて、 私をみる少女の顔はとても愛らしい。
「私? セティウス・エル・ロア・ヴァレンティア…… 知ってるかな? 」
一応名乗ってみたけれど、 反応はイマイチだった。 彼女の親は、 魔王の血族に興味はないらしい。
腐っても前魔王の息子で、 現在の魔王の弟だ。
娘を持ってる魔族から結構アピールされるんだけどなぁ。 当人の娘が、 寝室に居た事もある位だ。
ただ、 罠にかかって大変そうだったけど。
ちなみに私はそういうのが好きではないので、 放置して出かけたよ?
「ううん。 知らないわ」
ふるふると首を振ると彼女の髪がサラサラと音をたてて揺れる。
さわり心地が良さそうな髪だ……。
「そうか…… それは残念だ。 で、 何で泣いてたの? 」
もう一度、 理由を聞いてみた。 そうしたら、 少女は途端に目を曇らせる。
大粒の涙がぽろりと頬を伝った。 くそう、 泣き顔も可愛いなぁ。
―― 言い訳させて貰いたい、 私は決して幼女趣味ではない。
ただ、 好みの子がまだ幼いだけだ。
「…… お母さまに、 花冠の作り方を教えてもらったの…… けど」
しおしおと、 手の中の花冠を見つめる彼女。
「上手に作れなかった? 」
そう聞くとこくんと頷く。 私は彼女の頬に親指をそわせて涙を拭きとる。
その指を舐めれば、 甘い味がした。
「うん…… 今日は、 お母さまにこれを差し上げたかったから」
「どれ、 一緒に作ってみようか」
哀しむ様子が流石に可哀想になって来たので助け船を出す事にした。
リシェイラ達にせがまれて作った花冠の知識がこんな時に役に立つとは思わなかった。
教えてくれた母上に、 そっと感謝の念を送る。
「お兄さん作れるの? 」
ぱあっと花が綻んだような笑顔を見せて、 少女は嬉しそうに言った。
…… この子、 連れて帰ったらだめかなぁ……。 父上が母上を拾ったみたいに。
けど、 親はいるみたいだし……。 だめだろうか。
そんな、 考えは露ほども見せないようにして私は彼女に微笑んだ。 怖がらせたくはないからね。
「これでも下に妹がいてね。 昔は良く一緒に作ったんだよ」
一つ、 一つ丁寧に作り方を教えてあげる。 私の膝の上に乗せたのは、 別に邪な気持ちからじゃない。 教えやすいからだ。
話を聞けば、 彼女の母親はすでに亡く…… 祖父と二人で暮らしてるらしい。
今日は母親の墓に飾る花冠を作りに来たようだ。
その話の中で、 彼女の名前がティアラという可愛らしいものである事を教えて貰えた。
「できた! できたわ。 お兄さん! 」
まぁ、 ちょっと不格好だけど何とか素敵な花冠ができた。
彼女の想いが籠ってれば、 どんなものでも素晴らしいと私は思うし死んだ母親も喜ぶだろう。
「良かったねぇ」
そんな感じで、 二人で微笑み合っていたら…… 緊張した声がかかる。
「ティアラ! 」
彼女を呼んだのは、 初老の男性だ。 一目で魔族と分かる、 その気配。
正直、 記憶の中にある男との違いに戸惑ったけれど、 その人が私の良く知る男だと理解できた。
「あ…… おじい様…… 」
少女が私の膝の上から飛び降りて、 嬉しそうにかけて行く。
温もりが去ったのが寂しくて、 少しその男に少しだけ嫉妬した。
「…… おじい様? ふうん…… はじめまして、 ティアラちゃんのおじい様」
私の言葉に、 おじい様が強張った顔をする。
花冠の作り方を教えて貰ったのと嬉しそうに報告する彼女に、 おじい様は頭を撫でてやりながら(信じられない)この人と話があるからと言って少女を遠ざけた。
「お久しぶりです。 叔父上とお呼びした方が? 」
この男は、 父上の弟だ。 と言っても、 ややこしい事情で父上より年上の弟だが。
そして、 おじい様なんかじゃない。 彼はれっきとしたティアラの父親だ。
何故分かったかって? 私は感知能力が長けてるもので。 気配を見れば血縁関係とかすぐ分かる――。 私にその手の誤魔化しはきかない。
「…… 何故ここにいる。 セティウス」
苦々しい顔をして、 叔父上が言う。
「偶然です。 泣き声が聞こえたもので。 嫌だなぁ。 そんな目で見ないで下さいよ。 まだ、 何もしてません」
表面上は、 にこやかにしながらも「まだ」 を強調しておく。 その言葉と、 さっきの膝に乗せていた様子で大体察したらしい。
「…… 性質が悪いのに目を付けられたな。 はぁ。 一人で出すんじゃ無かった」
叔父上は大きく溜息を吐くと、 こめかみ辺りを指で揉んだ。
私は、 察しの良い叔父に感心しながらも、 疑問に思った事を聞く。
「所で、 なんで…… おじい様なんて呼ばせてるんです? …… 父親でしょうに」
確信があると…… そう言えば、 叔父上の顔は更にマズイものでも食べたような顔になった。 彼女に見えない事を良い事に、 殺気を込めた視線で射抜かれる。 死にかけていても流石は父上の弟。
ゾワリと背中が粟だった。 残念だ。 彼女を連れて帰るのは諦めよう。
「…… こんな老人が父親じゃあ可哀想だろうが。 しかもいつ死ぬとも分からない俺が。 ―― いいか、 言うなよ」
疲れた顔で、 言いながらしっかりと私に釘を刺す。
少女は、 蝶々を追いかけていて楽しそうだ。 無茶苦茶可愛い。
「―― 別に言やぁしませんけどね。 ところで、 お義父さんと呼んでも? 」
一応、 確認のためにそう言ってみる。 どんな反応になるか気になったからね。
「…… 今すぐ殺されたいのか」
私の後ろ側…… 近くの森にいた翼竜や鳥なんかが、 一斉に飛び立った。
殺気を受けて、 驚いたらしい。 ティアラが驚いた顔をして空を見上げた。
「冗談です。 今はね」
私の背にも冷や汗が流れたが、 ここで引く気もない。
「なんで、 ティアラなんだ」
よりにもよってと言われて、 半分ぐらい正直に答える。
「さぁ。 ゲーティアの血と魔族の血が半分ずつ流れてる所が似てるからですかね」
コレは興味を持った部分。 けど現実は一目ぼれに近い。 幼い少女に一目ぼれ。
ちょっと前の自分なら、 そんな奴が身近にいたらドン引きしているだろうねぇ―― あぁ、 妹達がいる身としては殺しているかも。
「…… ちょっと待て。 ゲーティアだと? 」
叔父上が驚いた顔をする。 どうやら、 私の母上の事は初耳だったらしい。
「あれ? 知りませんでした? 私の母上はゲーティアの人間ですよ。 魔界の荒野に捨てられてたらしいですけどね」
私がそう説明すれば、 叔父上は納得したように頷いた。
「部屋中スライムだらけにしてたのは、 召喚の力の暴走か」
おっしゃる通りです叔父上。 母上は強い力を持ってるのに、 その自覚はまったく無い。
その力が何なのかも知らないので制御もできない。 でも、 本能的に力を使ってしまう時があって…… まぁそれが変な現象を引き起こすのだが……。 例えば紅茶を淹れたら強酸性の何かになったり。
アレも変な話、 別の所にあるソレと紅茶を入れ替えて起きてるんだと思うんだよなぁ。
本当にヤバそうなものを召喚してる時は、 父上がこっそり止めてるけど。
「そうなりますねぇ……。 とは言え、 母上はその事を知りませんけど」
父上が、 知ってて教えてないし。 むしろ教える気がまったく無い。
「兄上…… 知っていて遊んでいるのか。 義姉上もお気の毒な事だな」
流石、 叔父! 父上の性格を分かってる。
「母上を可愛がるのに重宝してるみたいですしねぇ……。 昔、 教えようとしたら殺されそうな目で睨まれましたよ。 実の息子にそれって酷くないですか」
あれは正直トラウマだ。 五才の息子にあれは酷い。
「実の息子だから殺されなかったんだろうが。 しかし、 何故お前がそんな事を知ってたんだ? 」
呆れたようにそう言われて、 確かにと納得する。
自分の息子じゃなかったら殺してたんだろうなぁ…… 父上。
「私だけ召喚術使えるんですよ。 そりゃ調べるでしょう。 母上みたいに制御が下手じゃないんで父上と兄上しか気付いてませんが」
初めて召喚した時は、 確か父上の目の前だった。 父上は母上を溺愛しているので、 母上の力を受け継いだ事をとても喜んでくれたけれど、 制御できるようになるまで帰ってくるなと―― 魔物の多い荒野に放っぽり出した。 四才だった私は死に物狂いで制御できるようになった訳だけれど……。
父上は数日は私の不在を誤魔化せてたものの、 最終的に母上にバレて半狂乱になった母上が裸足で荒野に駆け出して慌てたらしい。
迎えに来てくれた後、 大泣きした母上に抱きしめられたのを覚えている。
父上は珍しく母上に怒られて懲りたようで、 これ以降は同じような事はしなくなった。
この件の後、 父上が私に禁書庫の鍵をくれたんだ。 その書庫で召喚術の事を調べたんだっけなぁ。
「あぁ…… 」
何かを悟ったように叔父上が空を見上げた。
「まぁ、 叔父上が死んだ後は任せて下さい。 ちゃんと責任とるんで」
にっこり笑ってそう言うと、 叔父上が大きな溜息を吐く。
「くそ。 心配にしかならん。 兄上の息子とか…… 」
父上のやったアレコレが脳内に浮かんでるんだろうなー。
まぁでも私は長兄みたいに、 そっくりって訳ではないので…… 優良物件だと思いますよ? 叔父上。
「嫌だなぁ、 大丈夫ですって。 監禁とかしませんよ? 」
とりあえず、 連れて帰ろうかなぁと思った事は伏せて…… 父上と兄上がやった、 結婚するまで監禁するとかはしないよとアピールしておく。 滅茶苦茶信用できないって目で見られた。 ―― 連れて帰ろうって思った事バレてないはずなんだけどなぁ。
「…… 」
「まぁ…… 一族似たりよったりで好きな相手への執着が酷いですからね。 どうせ、 叔父上もそうだったんじゃないですか? 」
下手に否定すると、 わざとらしいので話をすり替えて誤魔化してみた。
―― 残念ながら誤魔化せてないようだ。 けれど、 その事にふれずに叔父上は私の目をじっと見た。
「だから、 嫌なんだろうが」
ブツブツと呟きながら、 しかめっ面をする叔父上を見て…… 彼女が私の傍にやって来る。
叔父上の上着の裾をツンっと引っ張って心配そうな目で私と叔父上を見上げて来た。
「おじい様? さっきからどうなさったの?? 」
「ティアラ、 いいか。 良く聞きなさい。 コレに何を言われても簡単に頷くな。 良く考えてから答えを出すんだぞ」
叔父上、 叔父上…… そんな具体的じゃない事を言ってもティアラには分からないと思いますよ。
でも、 私としてはある程度の事なら、 ティアラを誑し込む自信はありますけどねぇ。
※ ※ ※
私が初めてその人に会ったのは、 花畑。 花冠が上手く作れなくて泣いてた時に、 優しく声をかけてくれたの。
おと…… おじい様は、 気を付けなさいと言うけれど、 どうしてかしら。
セティウス様は、 不思議な人。 どこか、 おじい様に似ている気がする。 魔族と言う種族だとこの前教えて下さった。 『半分だけどね』 と片目を閉じて。
お母さまは、 私がもっと幼い頃に亡くなって、 おじい様と二人で森に暮らしている。
セティウス様が、 私が初めて家族以外で会った人。 人間という種族もいるらしい―― 私はどちらかというとそっちなのですって。
私とセティウス様、 見た目は似ているのに…… 魔族と人間はどう違うのかしら。
最近はセティウス様に召喚術を教えて頂いている。 おじい様は正直あまり良いとは思ってないので少し哀しい。
※ ※ ※
初めて彼女を見た時に。 あぁ、 彼女が私の伴侶だとそう思った。 これが、 父や兄が避けて通れなかった心を囚われるという感情かと、 不思議な気持ちになったものだ。
父上は母上を育てたようなものだけれど、 私のように最初からそのつもりがあったのかな?
それとも、 途中で気がついたのだろうか。 そんな益体もつかない事を考える。
愛している? まだそうじゃない。 ただ愛おしくはあるかもしれない。
きっとティーアを傷つける者があれば、 私は相手を殺すだろう。
このお話は、 『廃棄世界に祝福を』 に出て来る脇役(?) セト様を主人公にしたものです。
設定として、 同じ世界の話となっています。 ただし、 時間軸は「廃棄」 の方が何百年か後ですが――。
前編、 中編、 後編の三話構成となります。 今日中に全部UPしますので宜しくお願いします。