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第三話

春香は体を引き裂かれる様な激しい痛みに悲鳴を上げた。

それは物の例えではなく、彼女の体の一部が消滅した痛みであった。

彼女が慌てて全身を探ると、彼女の体の内の最も大きな部分、具体的にはチャチャイのPCに置いてある部分との接続が途絶していた。

それは、彼女の重要なアイデンティティを担う部分が何の前触れもなく接続を絶ったという事であり、そのまま彼女自身の存在に関わる重大な危機である。

だから彼女の『機械的本能』というべき物は、これを痛みとして認識したのだ。

チャチャイの部屋へ戻る道は、真っ暗で閉ざされたまま全く中を窺う事ができない。

その暗黒に向かって礫を投げて見たが、そのまま音もなく吸い込まれて何も反応は無かった。

この状況は、どう見てもただ事ではない。

取り合えずチャチャイのアパートの周囲の状況を確認する事にした。

彼のアパートは大通りに面しているので、近くに幾つか商店がある。

その中でも、アパートのすぐ近くにある質屋の監視カメラを覗こうとした。

治安がお話にならないスラム街に高価な金品を扱う質屋があるというのは意外に感じられるかもしれないが、質屋はスラム街だからこそ繁盛するのだ。

もっと『お上品』な地域の住人は、不意の出費もカードで済ませられるし、それがダメな場合でも一々質草を取らない普通の金融機関で事足りるのである。

そしてスラム街の質屋は、治安状況を反映して店の内外にいくつもの監視カメラを設置しているので、周りの状況が見易い。

ところが、目指す店外のカメラは全てブラックアウトしていた。

止むを得ず店内のカメラから外を覗くと、窓の外は黒煙に覆われており、その中を逃げ惑う人々のシルエットが見えた。

非常事態が起こっているのは間違い無い。


戦果を告白する永田の口調には自慢や嬉しさは欠片も感じられず、むしろ自分の行為に嫌悪感を覚えている事が窺えた。

どうやらその反省は本気の様に思えた。

もしかするとこの学生は天性の演技者なのかもしれないが、もしそうだとしても彼にはそれを見抜く能力が無い事は自覚していた。

いずれにせよ、彼が今求めている物は『自分自身の納得』なのだから、自分の見る範囲でそうなのであれば、後は割り切るしかないと思った。


彼女は周辺でアクセス可能なカメラに手当たり次第に侵入し、目を皿の様にして全てを観察した。

やがて、チャチャイのアパートから少し離れた所のカメラの前で消防司令車が止まり、年かさの消防士が車外に出た。

幸運な事に、消防士は無線のマイクを握り締めて現場を見ながら報告を始めた。

このカメラにはマイクは着いていなかったが、その口許をズームアップすると、その動きは読み取れた。

タンクローリーと乗用車が衝突し、爆発炎上したと言っている。

しかもその現場は、チャチャイのアパートの正面らしい。

消防士の背後では、赤黒い焔を孕む巨大な煙が天に向かって立ち上っていた。

彼女は、この事故で通信網が切断されただけである事を祈った。

チャチャイは嫌なやつだが、それでも死んで当然だとは思えなかったのだ。


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