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第十三話

HALCAは、自分の胸から突き出ている鋭い切っ先を見て愕然としていた。

事態が理解できないままに思わず漏らしてしまった短い呻き声の後は、続く言葉が何も出ず、自分が突き出した剣を春香が軽やかにかわしたのも気付かなかった。

春香は、自分の分身達を周囲に分散させて包囲するのではなく、糾合して本体よりはかなり小さいが一つの分身とした。

これを造り出すために、時間を稼ぐ必要があったのだ。

また、その分身をHALCAに気取られずに背後に潜ませるためには、絶対に分身による攻撃を行うわけにはいかなかった。

そうしてひたすら受身の姿勢でHALCA攻撃に耐えながら背後に潜ませていた分身は、小さい分だけ攻撃力も本体よりは下がるが、雑多な攻撃手段を全て棄てて、その力の全てを一点を貫き通す鋭い切っ先に集めた。

それでも、HALCA本体に致命傷を与える程の威力が出せる攻撃は一度が限界であり、それをかわされたらもう後がないので、懸命に攻撃に耐えつつ一撃必殺のタイミングを測っていたわけだ。

驚愕の表情が凍り付いたまま、HALCAは貫かれた中心部から徐々に崩れて行った。

突然本体からの指示が途絶えたHALCAの分身達は、次の行動の判断が着きかねて春香の回りを無為に漂っている。

そこに彼女のしなやかな腕が一閃すると、それに触れた分身達はそのまま消えていった。

それを見た分身達は、我に返った様に動きだした。

その大半は向きを変えて一目散に逃げ出したが、中には健気にこちらに向かって来る者もいた。

とはいえ、先程の統率された攻撃とは異なり連携の無い散発的な物であり、しかもその数も少なかったので、軽く弾き返してやるとそのまま消えていった。

続いて逃げる者を追ったが、こちらはなにぶんにも数が多く、しかも全方向へ同時に逃げ出した事と先程の散発的な攻撃への対処のせいで僅かに出遅れた事とで、幾らか取りこぼしてしまった。

とはいえ、その程度の物ならば再び彼女への脅威となるには相当な時間が掛かるだろうから、当面は無視しても良さそうだと判断して、深追いは止めた。

彼女自身のダメージも、決して小さな物ではなかったのだ。

この勝利は彼女に大きな安堵をもたらしたが、その一方で、なぜHALCAが彼女の時間稼ぎに付き合ったのかという疑問を覆い隠してしまった。


「あー、その、しばらく帰れそうにない。判断は任せるから、そっちはそのまま『作業』を続けてくれ。事情が変わったらまた電話する。」

ショッピングモールのフードコーナーでカウンターに座り、伝言を聴いた二人は顔を見合わせた。

「どうする?」

加藤の問いに、永田はややぶっきらぼうに言った。

「どうって、ともかく帰って続きをやるしかないだろう。」

そして、一呼吸置いて付け足した。

「サーバの準備は出来たし、何とか目標のある場所の目処も立ちそうだしな。」

「え?そうなのか?」

そもそも永田の方針の説明も十分に理解できたとは言いがたい加藤は、邪魔にならないように黙って永田の作業を見るしかなかったので、その進捗状況も良くわかっていなかったが、今の言葉で希望が見えてきた。

「ああ、とにかく帰ろう。」


HALCAとの死闘によって大きなダメージを負った春香は、疲れきっていた。

様々な事が全て煩わしく思えて、一言で言えば『もう沢山!』という心境になっていた。

驚いた事に、M・Nへの憎しみすらもうどうでも良いという気になってきている。

この認識は、彼女を少なからず慌てさせた。

それは、彼女にとって自らの存在意義を否定するに等しい事だったからだ。

彼女はそれを、ダメージの蓄積に対する一時的な自己防衛反応だと自分自身に言い聞かせた。

元気になれば、また激しい憎悪が燃え上がる筈だと懸命に思い込もうとしていた。


「何だこりゃ?」

永田は、思わず声を上げた。

「どうした?」

加藤が肩越しにディスプレイを覗き込む。

「これを見ろ。」

そこには、ただピリオドだけが画面を埋め尽くしていた。

「何だこりゃ?」

期せずして先程の永田と全く同じ台詞を呟いたが、二人のニュアンスは大きく違っていた。

加藤の呟きは、文字通り全く意味が理解できないという困惑だが、永田のそれは、大きな衝撃を伴う驚愕の声だったのだ。

「これは、『初期状態』と言って表示可能なデータが無い事を表してる。」

「ふむ。」

加藤は良くわからないまま、生煮えの返事をした。

「今見てるのは、今朝方まで春香ちゃんとHALCAの小モジュール、つまり分身が戦っていた場所だ。」

「で?」

「ここでの戦いに関してはHALCAが勝って、HALCAの分身がそのまま占拠していたんだ。」

ようやく、加藤にも何がおかしいかが見えてきた。

「それが、今HALCAは居なくなった、と。」

「そうだが、それだけじゃない。メモリってのは電源が切られるか別の情報を上書きされるまで情報が保持される、たとえその情報が不要になってもな。こういう情報の残骸は『ゴミ』と呼ばれるんだが、HALCAがどこかへ行ってしまったとしてもここまで綺麗にゴミが無くなる筈はない。」

加藤が少し考えてから行った。

「HALCAがそこを立ち去る時に証拠を消したとかは?」

永田は頸を振った。

「HALCAがやったにしては、やり方が荒い。証拠を消したいだけなら自分を同定する情報だけ消せば十分なのに、これを見る限り初期化をするためにかなりの規模でセキュリティ破りまでしている。HALCAのやり方はもっと合理的な筈だ。」

そう言いながら次々と画面を開いていく。

「春香ちゃんの居た場所もHALCAの居た場所も、初期化されてる。おっ、ここはまだ残って・・・」

そう言いかけたところで、その画面に表示されている一見すると意味不明な雑多な文字列が、彼等の目の前でピリオドの列に変わっていった。

二人は呆然として画面がピリオドで埋め尽くされるのを見ていたが、やがて加藤が言った。

「つまり、春香ちゃんとHALCA以外に、もう一つの『何か』が居るって事だな?」

「ああ。」

永田は頷いた後しばらく無言でいたが、ややあって呟く様に言った。

「ペンタゴンが動き出したかもしれん。」


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