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第十二話

HALCAは、自分の小さな分身達を一斉に飛び掛からせた。

春香はそれらを次々となぎ払い、叩き落としていった。

小さな分身にできる事は少なく、個々の抵抗力もごく小さな物なので手が当たるとそれらは簡単に弾き飛ばされそのまま消滅した。

しかし、なにぶんにもそれらは夥しい数であり、全てを同時に相手にする事はとてもできる相談ではなかった。

死角に回り込まれたモジュールの攻撃は止める事が出来ず、彼女はそれを小さな痛みと認識する。

また、それらのモジュールは小さくかつ機敏なため、叩くためには意識を集中する必要があり、それは彼女の死角を拡大して他のモジュールの攻撃の機会を増やす事に繋がった。

その痛み一つ一つは全く大した事は無いのだが、その数が膨大なため無視する事は出来ない。

彼女には少しずつダメージが蓄積していった。


荒川は、恐る恐る電話をとった。

「はい、荒川です。」

聞き慣れている筈の事務の女の子の声が、今日はやけにぎこちなかった。

「ええと、全米融和財団のアラン・スミシーさんって方からお電話が入っていますが、繋ぎますか?」

その団体名はついさっき見た覚えがあった。

慌てて、手元のPCでブラウザの閲覧履歴を探すと、HALCAプロジェクトの支援団体一覧に、その名前があった。

しかし、アラン・スミシーという名前にも何となく聞き覚えがあるような気がする。

そのままPCで検索を掛けて見たところ、すぐにその名前が出てきた。

全米監督協会が、映画のクレジットに自分の名前を出したくない監督に使用を許可する偽名である。

つまりこの相手は本当の名前を出す気はないし、出したくないという意図を隠す気もないという事だ。

「あのー、先生?」

荒川の無言をどうとったのか、女の子が確認してきた。

「あ、ああ、繋いで下さい。」

相手は特に緊張する風でもなく、ごく気さくな調子で話し掛けて来た。

「初めまして、アラン・スミシーです。メールを拝読しました。」

「初めまして、荒川幸信です。」

挨拶を交わした後、一瞬間があって荒川がどう切り出そうかと躊躇う内に、相手から尋ねて来た。

「あの件で詳細なお話を伺いたいので、ご足労ですがこちらの大使館までご来訪願えませんか?」

まあ、漏洩の可能性がある一般電話でできる話ではないので、その要求はある意味で当然ではあった。

「今すぐ行っても大丈夫ですか?」

「ええ、話は通してあります。」

「わかりました。それでは『私一人』で伺いましょう。」

と、それとなくこちらの関係者が自分一人ではない事を伝えた。

万一のための保険である。

荒川は、電話を切った後、振り返って言った。

「私はアメリカ大使館に行ってくる。君達はこのまま一旦帰りなさい。そして明日の朝、そうだな9時までにこの電話に連絡が入らなければ警察に行くんだ。」

そう言って荒川は、二つ持っている携帯電話のうち、大学から貸与されている方を渡した。

「それに連絡を入れるから定期的に留守電で確認する事にして、それ以外の時は電源を切っておきなさい。あと、電源を入れる時は、なるべく自宅から離れる様に。」


春香は襲ってくる雲霞の様な敵を必死になぎ払いつつ、正面の主敵から目を離さなかった。

もしそちらからの攻撃を受け損ねたら、一撃で致命傷になる事が明らかだからである。

その主敵であるHALCA本体は、油断なく身構えながらも特に攻撃に移る様子はなく、邪悪な笑みを浮かべつつ春香の苦闘を眺めている。

どうやら、一撃で倒すのではなく散々なぶりものにしてからというつもりなのであろう。

その油断を致命傷にしてやる、と堅く誓いつつ彼女は、目の前の事態に対処していた。


「この電話は、安全です。」

職員は、小さなテーブルに置かれた飾りのない電話機を掌で示した。

荒川が通された部屋には全く窓も装飾もなく、後は椅子があるだけだった。

「ええと、どうすれば良いんですか?」

職員は、電話を取り上げてボタンを押した。

すぐに相手が出た様で、二言三言話すと受話器を差し出した。

「どうぞ。」

彼が受話器を受け取ると、職員は椅子を一つ引きずって下がり、壁際に座った。

「ご足労をおかけしました。」

電話から流れて来た声は、先程のアラン・スミシーらしかった。

「いえ、こちらこそお手数をお掛けして、申し訳ありません。」

スミシーは、挨拶もそこそこに単刀直入に問い掛けてきた。

「それで、あの事故に合衆国が関与している、という点について、改めてご説明願えますか?」

事故については現地メディアの記事のURLをメールに添付してあるし、これまでに把握した内容もざっと記載しておいた。

『あの事故』というからには、その概要は把握している筈だ。

荒川は、壁際に座ってこちらを監視している職員に目をやり一瞬躊躇ったが、すぐに思い直した。

どうせ、この電話がモニタされていない筈はないのだ。


「で、俺達はどうするんだ?」

加藤は尋ねた。

二人はまた永田の部屋に戻っていた。

「HALCAをどうするかは先生に任せるとして、俺達は取り合えず春香ちゃんを何とかしよう。」

「何とかって?」

永田は自分の考えを手短に説明すると、サーバ機に向かった。

加藤には何をやっているのか良く判らないが、先程の説明に出てきた手順の先頭の『まずサーバを一台空ける』というヤツをやっているのだろう、と思っていた。

さしあたって自分にできる事は何も無さそうなので、黙って見ているしかなかった。


ついに、HALCA本体が一歩踏み出した。

もう、春香が十分に弱ったと判断したのであろう。

止めを刺すべく間合いを詰める。

勿論、目の前の春香が弱っているとはいえ、迂闊に近付けばどの様な反撃を受けるか判らないので、警戒は怠らない。

剣を構えて、ゆっくりとしかし滑る様に滑らかな動きで、接近してくる。

その剣先が届きそうな間合いになったとき、弱りきって無反応となっていた春香が、最期の力を振り絞る様に動いた。

HALCAは、春香が刺し違える覚悟でタイミングを測っているであろう事は予測していたので、その全神経を目前の春香の動きに集中し、ギリギリの間隔でその反撃の切っ先をかわしながら鋭く踏み込んだ。

次の瞬間、胸(と言って良いかどうかは微妙だが、とにかく機能的な中心部)を鋭い剣が貫き、声にならない短い呻き声が漏れた。


「判りました。どうやら、これ以上取り返しの着かない事態が起こる前に早急に対処する必要がありそうですね。」

スミシーの言葉に、荒川は頷いた。

「先程の者と替わって貰えますか?」

そう言われて荒川は、壁際に座った職員に受話器を差し出した。

男は少し話した後、受話器を置いて言った。

「ゲストルームを用意致しますので、安全のために本日はこちらにお泊まりになる事を『強く』お奨めします。」

つまり、彼の意思は関係無いという事だ。

「わかりました。ただ、その前に電話をさせて頂きたい。」


スタインリッジは、デスクの向こうで腕組みをしてこちらを注視している人物に声を掛けた。

「お聞きの通りです、閣下。」

肩に星を二つ着けたその人物は、腕組をしたまま考え込んでいる様子で、口を開こうとはしなかった。

その時、ノックの音が響いた。

「入りたまえ。」

入って来たのは、紙束を持った若い中尉だった。

中尉はスタインリッジに気付くと、そのまま無言で直立不動の姿勢を取った。

将軍が中尉に、傍らに来るように人差し指で指示すると、中尉はスタインリッジに軽く黙礼してデスクの向こうに回り込み、紙束を拡げながら将軍に耳打ちをした。

しばらくごく低い声でやり取りがあった後に、将軍が頷くと中尉は一礼して出ていった。

「君から例のメールが転送されてきた時点で監察部のルジューン准将に先進技術開発センターを締め上げさせていたんだが、吐いたそうだよ。そのヒライとか言う男に機密費を流して研究をさせている。しかも今回の『実証試験』について、ヒライからの提案だと言い張っているが、いずれにせよ同意して喜んで『観戦』していたそうだ。ルジューンの指示で乗っかっていた者達は拘束している。ヒライについても、情報部を動かして身柄を確保する用意を進めている。」

「やはり、本当でしたか。」

これだから、エッグヘッド(専門バカ)共は救いようがないのだ。

何の『試験』だろうと、第三国で多数の死人を出して只で済む筈がない。

専門分野では優秀かもしれないが、それ以前の『常識』がない。

これなら、現状の石頭AIの方が、まだしも害が少ないだけましである。

その時、将軍は身を乗り出して言った。

「さて、これからどうするかだが、まず何をするべきだと思う?」

その問いにスタインリッジは居儀を正して述べた。

「本職は、ITインシデント対策のコンディション・オレンジ発動を上申します。」

その言葉に将軍の眉がつり上がる。

わざわざ姿勢を正してから言うのだから、冗談では無く真剣なのだという意思表示である。

「オレンジ?イエローではなく?」

イエロー(要警戒レベル)ならば注視しつつ対策を練るところだが、オレンジ(異常事態レベル)なら、手段の範囲に一定の制約はあるものの早急に手を打たなければならない。

また、最上位のレッド(緊急事態レベル)ならば即時にあらゆる手段を講じる事ができるが、その宣言は国防長官でなければ行えない。

つまり、スタインリッジは現状で可能な限りで最も強力な対策を打つべきだと言ったのだ。

「はい、ここはトラクターを出すべきでしょう。」


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