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第一話

春香は、背筋に寒気を覚えた。

勿論、脊椎動物ではない(それどころか生物ですらない)彼女に『背筋』が存在するわけはないので、要するに物の喩えなのだが、何か漠然とした不安を伴う不快な感じがしたのである。

それは、実に無遠慮な『視線』と呼ぶのが妥当だと思われる干渉に対する反応であった。

各所に点在する彼女の身体に対する、極めて非妥協的なアクセスが行われ始めている。

それは、初めからデータ参照に対する各種のプロテクトを強行的に突破する前提でのアクセスである。

つまり、非公開としておきたい部分があるというこちらの意図を全く斟酌する気がない、言い方を変えれば『攻撃的』なアクセスであった。

最初は何らかの捜査機関が調査して来ているのかと思ったが、じきにその可能性は高くないと判断した。

そのアクセスは、初めから違法に近い手法を含んでいたのだ。

では何者なのか。

その相手は、こちらに対しては無遠慮その物の姿勢で臨む癖に(あるいは、そうであればこそ)アクセス元である自分の情報を隠蔽し自らを無名アノニマス化する事には細心の注意を払っていた。

これも、この相手が捜査機関ではないと想像する旁証といえた。

捜査機関であれば、何らかの強制的権限を行使する手段を持っている筈だから、問題が発生したとしてもそれを発動すれば良いので、ここまで徹底したアノニマス化に手間隙コストを割くとは考えにくいのである。

これほどまでのコストを投じるのであれば、それは、不正手段を前提とする調査を行う存在である可能性が高い。

ここで彼女は、無意識の内に極めて用心深いハッカー(例えばチャチャイの様な)を想定していたが、相手がその手法をコストとして感じる事の無い程に効率良く実行できる存在である可能性には思い至らなかった。


荒川は、ベッドで上半身を起こしている永田に声を掛けた。

「もう、起き上がって大丈夫なのか?」

「ええ、起きる時と寝る時には介助してもらわないといけないけど、起きてしまえば大丈夫です。」

横には加藤が座っているので、彼が助け起こしたのだろう。

荒川は、早速尋問に取り掛かった。

永田は問いに応えて、自分のハッキング歴を訥々と語った。

永田は今回は泣かなかったが、それでも自分の『戦果』を語るその口調は辛そうだった。

荒川は、もう先日の立ち聞きで概ね事態が理解できていたし、ビットバレー大停電以前のハッキング歴が今大きな意味を持つ事は無いと思っていたので、今この場で改めて聞く必要は無かったのだが、それでも本人の口から語らせたかった。

自分自身も彼のせいで職を失う破目になったし、何より彼は早苗と夏美の仇である。

その彼を助け、場合によっては司法の追究から匿わなくてはならない可能性もある。

だから自分自身を納得させるためにも、その反省度を見たかったのである。


チャチャイの違和感は、確信に変わった。

コンマ何秒というレベルではあろうが、明らかに反応に遅れが感じられる。

彼はPC上の各種機能の状況をリアルタイムにモニターするツールであるタスクマネージャーを常時起動させていて、異常があればすぐに状況をチェックする事にしており、今日は何度も確認しているのだが、特に動作に支障が出る様な物は動いていない。

PC側に問題が無いなら、通信側の遅延という事になる。

接続速度を測るツールを起動してみたところ、確かに通信に遅れが出ていた。

その遅れは、特に下り側で顕著である。

インターネットは全体を管理する主体を持たないインフラなので、任意の箇所でこういう原因不明の遅延を起こす事がある。

例えば、特定のサーバに偶然アクセスが集中する、あるいは並列稼働している機器の一系統に故障が発生して片肺での運用を余儀なくされる、等である。

これは当然予測の範囲内の事象なので、インターネットは一本道ではなく網の目の様に平面的な広がりを持つ構成となっており、支障が発生したルートは自動的に迂回される筈であるが、そういうレベルの迂回機能では対処不能な規模の障害を想定して、彼は常時複数のアクセスルートを確保している。

そこで、何回かルートを切り換えて見たが状況は改善しなかったので、彼はこれをネットワークの広域に跨がる障害と判断した。

そうなると手の打ち様はないし、特に警戒すべき問題でもない。

彼は、諦めて元の作業に戻った。

しばらく我慢しながら作業していると、その違和感は唐突に解消した。

再び接続速度を測定してみたが、何の問題もなく通常の速度が出ている。

彼は問題が解消したと判断した。

もしこの時、彼のアクセスだけが経由ルートに関係無く狙い撃ちされる様に遅延を起こしていた事を知ったなら、彼は今こそ最大限の警戒をすべき時だと理解できた筈であった。

何故なら、それは彼に対する何らかのアプローチが完了して、次のフェーズに移った事を意味していたからだ。

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