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二章 不機嫌な殿下にご用心3

 それからというもの前よりも熱心にベルナルドに話しかけるようになったレカルディーナだった。にこやかな表情で、どんなにベルナルドから冷たくあしらわれてもめげない彼女の行動に最初こそはらはらとしていた近衛騎士団も今では微笑ましいものをみるような目付きでレカルディーナを見守っていた。

 もちろん歓迎していない人物もいる。

 ベルナルド本人である。彼は最近不機嫌だった。それというのもなぜだか突然やる気を出した侍従がやたらと構ってくるからだった。聞こえがよしに舌打ちをしてみても、最初の頃のようにおどおどとすることは無くなった。シーロのように女性話を垂れ流すような輩だったらこちらも別に気にしないのだが、ルディオの場合はベルナルド本人と会話をしたがるのだ。心底面倒くさかったし、これまでにやってきた引きこもり王子をどうにか社会復帰させようという野望に満ち溢れた侍従らと同じくらい気に食わない。

 そういうやつらがベルナルドは心底嫌いだった。

 そしてベルナルドがルディオのことを苦手にしていることがもう一つあった。それは彼の目だった。大きな瞳でまっすぐに覗きこまれると、まるで彼の心の中、奥底にまで入ってこられそうで嫌だった。おそらく他意はないのだろう。純粋にベルナルドに心を開いてほしいと思っているのだ。だから余計に関わりになってほしくなかったし、こちらからも心を許そうなどとは思わなかった。

 むしろ腫れものを扱うように周囲から距離を取られていたほうがありがたい。

 ベルナルドは薄暗い部屋の中で苛立っていた。

 どうにかしてルディオから距離を置きたかった。だったら相手が逃げ出したくなるようなことをすればよいだけである。いささか子供っぽいことは承知の上だが、これまでも同じようにおせっかい焼きの侍従を追い出してきたベルナルドである。年下の従妹が知ろうものなら呆れてしまうことは百も承知だ。しかし、その彼女ももういないのだ。

 ベルナルドは感傷的になりかけた心をぐっとこらえて部屋の外へと出た。夜も遅い時間だがアドルフィートはまだ起きている時間だろう。べつに呼び付ける用事でもないのでベルナルドは自らがアドルフィートの元へと赴いた。

 彼とも短くない付き合いであり、元々は従妹のアンセイラ付きの近衛騎士になる予定の男だった。そのせいもありベルナルドも十代前半のころから彼とは顔見知りだった。年上の彼が今どんな心境で自分に仕えているのか、それを考えると罪悪感が身をもたげることもある。

 うるさくならない程度に扉を叩くと、中から声がした。

 アドルフィートは現れた人物を見て一瞬だけ呆気にとられた顔つきをしたが、すぐにまじめな堅物騎士の仮面で顔を覆った。

「殿下自らお越しになられるとは。いかがなさいましたか」

「明日湖へ行く。シーロとルディオを連れていく」

 ベルナルドは言いたいことだけ言い放ってそのまま踵を返した。




 夏特有の強い日差しが水面に反射をし、きらきらと輝いていた。波のないおだやかな水面を眺めていると昨年の夏の休暇を思い出す。祖父母に連れられて避暑に連れて行ってもらったのだ。なぜだか後輩のエルメンヒルデも付いてきて湖でボートに乗ったっけ、とレカルディーナは遠い日の記憶に想いを馳せた。あのときもこんな風に爽やかな日でとってもよく晴れていた。

 ああでも、あのときは可愛い後輩と頼りになる従兄が一緒だった。純粋にボート遊びが楽しかったあのころに帰りたい。ボート遊びってこんなにも苦痛を伴うものだっただろうか。そもそもこれは遊びじゃなくて、立派な任務なわけで。

 網と盥を装備したボートには男二人の同乗者。シーロと、なぜだかベルナルドの二人である。これは遊びでは無くてお仕事なのだ。

 レカルディーナは朝も早くからリポト館近くの湖、リントル湖に来ていた。そしてわけのわからないままボートに乗せられベルナルドから恐るべき任務を言い渡された。

「ルディオ、競争だぞ。どっちがより多くの獲物を捕れるか」

 シーロはうきうきと楽しそうにはしゃいでいる。対するベルナルドからは何の表情も読み取れない。いつものように無表情なので、やる気が感じられない。

「僕は競争したくない」

 テンションが異様に高いシーロとは反対にレカルディーナの気分は低かった。何をするかも知れないままボートに乗せられ、網を見たときに若干嫌な予感はしたものの、あまり、いや全力で考えないようにしていたが悪い予感というものは当たるらしい。

「ほー、だったらちょー沢山ゲンゴロウを捕まえて愛しのダイラちゃんに褒めてもらうのは俺だ! 負けないぞルディオ」

 そこは主人であるベルナルドの為というわけでないらしい。それでいいのか、とちらりとベルナルドの方へ視線をやれば、彼はシーロには無関心なようでぼんやりと遠くの方を眺めていた。

「というか、あの殿下。すでにお部屋にはたくさんのお仲間たちがいますよね。部屋に入りきらないのでは」

「あいつらは今朝のうちにリントル湖の反対側へと逃がしてきた」

 しれっとした答えにレカルディーナは目を見開いた。

 逃がしてきたとは、また新しいのを捕まえるとか意味が分からない。

「殿下は少しの間楽しまれて、自然に返してあげるんだ。なかなかいい人だろ。ずっと飼っていたら可哀そうだもんな」

 なんなんだ、その無駄に優しい環境活動は。いや、だったら最初から捕まえて部屋で飼うとかしないで日がな一日水辺で観察会でもしたらいいのに。そっちのほうがよっぽどゲンゴロウと配下の人間に優しいってものだ。

「なにか文句があるのか」

 レカルディーナの心中を見透かしたかのようにベルナルドがにらみつけてきた。レカルディーナは慌てて頭を振った。

「いえいえ」

 虫とか苦手だし、それにしたって今日はあさから食欲も無くてあまり朝食を食べられなかった。あまり炎天下に居たくないので、正直気乗りはしないがここは頑張って獲物を捕らえて早々に御役目ごめんといこう。レカルディーナは決意も新たに虫捕り網を握りしめた。

 湖の中心ではなくどちらかというと岸に近い場所で、芦などが水面からにょきにょきと生えている場所へと一行は向かった。

 水草などの植物に隠れるようにして、やつらは確かにいた。

「よっしゃぁ! ダイラちゃんに褒めてもらうのは俺だ」

 シーロはどこからそんな元気が湧いて出ると突っ込みたくなるほど今日も能天気で元気一杯だった。彼がベルナルドの侍従を務めあげられているのは虫が平気ということと、何も考えていないような能天気さ加減のおかげだろう。

「あのね。ダイラだってゲンゴロウの群れを見せられたら引くからね」

 レカルディーナはぼそりと呟いた。

「えぇぇぇっ! そうなのか」

「普通女の子は虫を見せられたら悲鳴をあげて逃げていくよ」

 というかこれまでの人生で気づきなよ、とレカルディーナは内心突っ込みを入れた。今その事実を知ったかのように大げさに嘆く同僚に冷たい視線を送りつけた。

「殿下! 俺どうしたらいいですか」

「知るか。命令なんだからさっさと捕れ」

 ベルナルドの態度はぶれない。

「俺、今度こそダイラちゃんに褒めてもらえると思ったのに……」

「もっと前に気付こうよ」

 シーロは立ち上がって拳を握りしめた。その顔は苦悩で溢れていた。

「やっぱりダイラちゃんはルディオみたいな男とも思えないような警戒心のないやつのほうがいいのかっ! ちくしょー」

 ゲンゴロウで気を引く作戦が駄目だと気付かされてシーロは錯乱状態にあるようだった。レカルディーナの方へ近づいてきて両肩を掴まれて揺すられた。

「ちょ、男とも思えないって失礼じゃない? ってそんなに揺らすなよ!」


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