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王宮女官と近衛騎士の休日 後編

「えぇぇぇ! 軍人さんなんですか!」

「すごいっ! ダイラったらこんな恋人を捕まえるだなんて」

「軍人さんってもっといかつい人ばかりだと思っていましたけど、カルロスさんて全然そんな風にみえなぁい」

 集まった女性陣それぞれの感想にカルロスはまんざらでもなさそうに笑って見せた。

「みんな軍隊に先入観持ちすぎだよ。確かに大柄な男も多いけれど、俺みたいに細い男だって沢山いるよ」

「そうなんですかぁ。カルロスさんも剣とか振り回すんですか? 想像つかなぁい」

 金髪のアンヘラが高い声を出した。

 普段からは想像もつかない高さの声である。

「そうかな。これでも俺、脱いだらすごいよ」

 カルロスの言葉にダイラ以外の女性陣が一斉に「きゃぁぁぁぁぁ」と声をあげた。

 少し伏し目がちに顔を傾けてからの「すごいよ」発言にダイラ以外の女性陣が顔を真っ赤にした。

 この人は馬鹿なんじゃないだろうか。

 率直なダイラの心の言葉が伝わったのだろう、カルロスはあわてて「冗談冗談」と繕った。

「ダイラったらもうすこし反応してあげないと。まあでもこの子昔から自分に好意のある人とか全然気づかないのよね」

 赤毛のベルタが言い添えた。

「そうかしら? 好意なんて寄せられた記憶がまるでないけれど」

 覚えのないダイラは首をかしげた。男性から愛しているなんて告げられたことなんて一度もない。

「へえ、ダイラちゃんやっぱり昔からもてたんだ」

 カルロスが興味を示したことに気を良くしたベルタは得意げに尚も言葉を紡いだ。

「そりゃあダイラは美人さんだもの。賃仕事先の同僚とか先輩とか、この界隈の男連中とかから熱い視線を無駄に集めていたのに」

「本人まるで興味なしなんだもん」

 ベルタの言葉をアンヘラが引き継いだ。

「勉強ばかりしていて。下宿先も女性専用だったからてっきり女の子に興味があるのかと思っていたくらいなのよ」

 うふふ、とあでやかな笑みを浮かべるアンヘラは昨年結婚をして、変な貫禄を身につけていた。

 全員ダイラよりも年上のため、なんだかんだといつも口では負けてしまう。

「女の子にも興味はありません。勉強をするために下宿していたのだから、勉強と仕事に集中するのは当たり前でしょう」

「乾きすぎよ! 女の子なんだからもっと他にも楽しいこと見つけなくちゃ」

 黒髪のビオレタがダイラの両肩をつかんで揺さぶった。

「俺もいま絶賛ダイラを口説き中なんだけど、全然相手にされなくてね」

 カルロスが少しだけ哀愁を漂わせば、またまた女性陣は頬を赤くして「きゃあぁぁ」と言い合った。

 だから嫌だったのだ。

 こういう展開になるのが予想できたから。

「ダイラ! あんたなんて罪なことを」

「そうよ、さっさとくっついちゃいなさい」

「玉の輿じゃない。なにが不満なのよ」

 三者三様の言葉で押されてダイラは押し黙った。

「それにこんなにもかっこいい、まるで王子様みたいな人なのに」

「あんたがいらないならわたしがもらっちゃうわよ」

 と、これは赤毛のベルタの言葉。

 昔から恋に恋するベルタが言うと現実感が増す。

「ベルタの言葉はうれしいけど、ごめんね。俺の心はもうダイラのものなんだ」

「もう、冗談ですって」

 カルロスの甘い囁きにベルタはあわててかわいらしく弁解した。

「けど正直ダイラを落とすのは至難の業ですよ、カルロス様。彼女ほんっとうに恋愛方面うといですから」

「へえ、じゃあどうすればいいのかな」

 ビオレタの言葉にカルロスが楽しげに返した。

「ちょっと、ビオレタ。何を言い出すのよ」

 変なことを言われたらたまらないとばかりにダイラは口をはさんだ。

 大体女性だけの近況報告会だったのに、カルロスのせいですっかり目的が変わってしまった。ダイラの予定にわざわざ合わせもらったというのに、どうしてこいつに邪魔をされないといけない。

 と思っているのはダイラだけで、他の参加者はカルロスが開口一番に言った「呼ばれてもないのに俺が乱入しちゃってごめんね。お詫びにケーキをごちそうするよ」という台詞のおかげもあって、全員カルロスを歓迎していた。

「ダイラに効くのは、ずばり直球勝負。これに尽きるわね。回りくどい言葉を言い連ねてもダイラには通じませんから」

「そうよね。言葉尻と雰囲気で察してよ、なんていうあの流れ。あれ絶対にダイラには無理よね」

「ていうか、そもそも雰囲気で察してってあれ。あれなんなのー!!」

 ベルタが突然テーブルの上に突っ伏した。

「あー、はいはい。その話は面倒だからまた今度」

 ビオレタがおざなりにベルタの肩に手を添えた。

 どうやら最近男がらみのことでいろいろとあったらしい。彼女たちは恋に仕事に家庭に、それぞれ忙しいし、確かに仕事以外のことにも人生全力で楽しんでいる。

 その後も主に話題はダイラの仕事や恋愛、カルロスとの恋についてで、ダイラは若干閉口したが久しぶりに旧知の人間との会話は彼女の心を弾ませた。

 隣の席に座った男がいなければもっと楽しかったんだけど、とうらみがましく視線を送ってもカルロスはどこ吹く風だった。




 結局今日はほぼ半日近くもカルロスが隣にいたような気がする。

 気がする、ではなく実際そうだった。

 下町の細い路地を二人で歩けば、カルロスは絶妙な間合いで向かいからやってくる通行人からダイラをかばうのである。

 女性慣れしているんだろうな、と実感するのはこういうときだ。

 そして、同時にからかわれているだけなのでは、とも思う。

「もうすこしどこかに寄って行かない?」

 カルロスは楽しげにダイラの隣を歩いている。

 ダイラも疲れ果てて「隣を歩くな」と突っ込む気も起きない。主に精神面の疲れだった。

「疲れたので早く帰りたいです」

「ああ、一日忙しかったもんね。さすがに予定入れすぎじゃない?」

 別に体力面の話ではない。あんたのせいで心が疲れたと言いたかったがダイラは沈黙した。どうせ言っても通じやしない。

「じゃあ仕方ないか。明日からまた仕事だし。辻馬車拾うから少し待ってて」

 カルロスはあっさり引き下がって、ダイラを近くの噴水ちかくのベンチに残した。

 近くに待機をしていた御者とカルロスが交渉をしているのが視界に入った。

 ダイラはため息をついた。

 なんだかんだといいながらカルロスは本当に強引なことはしない。

 今日は散々振り回されたけれど、ダイラが拒絶するようなことはしないのだ。強引に触れくるような真似はしない。

「おまたせダイラちゃん。行こうか」

 カルロスは自然な動作でダイラに手を出しだした。

 ダイラはその手をとっていいのかわからなくて逡巡してしまう。女の子らしい扱いなんてこれまでの人生で受けたことない。

「自分で立ち上がれます」

 考えるのが面倒になってダイラは可愛くない台詞を口にして立ち上がった。

 案内された馬車に乗り込んだ。当然のことながら車内は二人きりだった。

 ダイラは何とはなしに窓の外をながめた。

 てっきり馬車の中でもうるさく話しかけてくるだろうとダイラは少し身構えていたけれど、カルロスはダイラの「疲れた」発言を尊重してくれているのか黙ったままだった。

 夏は日が長く、夕方だというのに太陽はまだ高い位置に居座っていた。

 久しぶりに出かけたミュシャレンの街は賑やかだった。

 ダイラの両親はアルンレイヒ人ではないけれど、ミュシャレンで生まれ育ったダイラにとってこの街こそが自分にとっての故郷であり、自分はアルンレイヒ人だという思いの方が強い。

「今日は楽しかったよ」

 カルロスが唐突に口を開いた。

 ダイラはついカルロスの顔を見てしまった。

「ダイラちゃん、本当にお母さんとそっくりなんだね。鏡映しみたいだった。それからお友達もみんないい人だね」

「……ありがとうございます。みんな、無愛想なわたしのことを気にかけてくれるいい人たちなんです」

 自分の身内を褒められれば悪い気はしない。

 ダイラは素直な思いを口にした。

「俺もダイラちゃんのことは常に気にかけているよ」

 カルロスは口の端を釣り上げた。

 ダイラは沈黙した。

 せっかく上がりかけた好感度も台無しである。

「隊長もついに結婚式を挙げるし。ていうか本当にきっつい日程だったよね。まあ隊長の結婚式の日程はもっと前から決まっていたから、殿下の結婚式が予定外といえば予定外だし。ああ、俺が言いたいのは隊長のことじゃなくて。俺もそろそろ、かなあなんて思ってみたり」

 そう言いながらカルロスはダイラの手を握ってこようとしたのでダイラは無言で伸びてきた手を払った。

 何度も同じ手を食うものか。

「カルロス様の理屈が理解不能です」

「そうかな。今日はお母様とご挨拶もしたことだし。次はいよいよ、お嬢さんをわたしにくださいってあいさつに行く番かな」

「今日のあれでよくそこまで思考を飛ばすことができますね。そんな番永遠に来ませんから」

 ダイラが少しだけ息を荒げればカルロスは笑みをより深めた。

「うんうん。ダイラちゃんがそうやって感情を出してくれるとうれしいなあ。それだけ俺のこと意識してくれているってことだもんね」

 この言葉にダイラはめずらしく顔を赤くした。

 そして絶句した。

「だからっ! どうしてそうもあなたは次から次へと……」

 ダイラが尚も言い募ろうとしたとき馬車が停車した。

「あ、着いたかな。さすがに王宮まで乗り付けるわけにはいかないから、ちょっと歩くけどここで降りようね」

 カルロスはすでに思考を切り替えたようで平素と変わらない声色だった。

 ダイラだけが感情の行き場を失って、しばらく微動だにできない。

 こいつ……、本当に。

 カルロスは今度こそ見事なまでのエスコート力を発揮してダイラの腰に両腕を添えてふわりと馬車から下ろした。

 エスコート力ではない、絶対にセクハラ力だ。

「……いい加減にしてください」

 ダイラは精いっぱいの無表情を作って抗議した。

 感情を出したら負けな気がするからだ。

「次のお休みは二人きりで出かけようね」

「っ……!」

 結局最後までカルロスのペースにのまれたダイラはげんなりした顔をして女官部屋へと帰り同僚に心配されたのだった。


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