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ダイラと小さなお嬢様8

 カルロスは気づいていないのか無頓着なのか、連れてきた側付きの女性にダイラの着付けを手伝うように指示をした。

 別室に移動をしてダイラはほぼ強制的に着替えされられ、ついでに化粧もされて髪の毛もいじられた。人形になった気分だった。

 お金持ちのお嬢様はこんな面倒なことを毎日しているのかと思うと少しばかり尊敬する気持ちが芽生えてきた。

 ようやくすべてが終わって、アベルとカルロスの待つ部屋へと連れて来られた。

「へえ……。ダイラちゃん美人さんだから似合うね」

「……ま、まあ。おまえも着飾れば割と……その……。まともに見られるな」

 それぞれの人柄を現したような感想を貰ったダイラだった。

「それはどうも」

 ダイラの紫色の瞳に合わせて、濃いぶどう色のドレスに淡い薄紫色の水晶の首飾り、そして白い薔薇を刺した髪の毛はゆるく結わえられており、どこからどうみても良いところの令嬢然とした格好だった。

 ダイラはカルロスの乗ってきた馬車に乗せられて、そのまま彼が滞在しているという別荘へと連れて来られた。

 カルロスはそこまで正装をしているわけでもなく、普段通りの上着とタイを付けているだけである。

 馬車を走らせること三十分ほどで件の別荘へとたどり着いた。大きな湖を囲むように別荘地が点在しているのだ。この別荘はガジェゴ子爵家と親交のある、とある伯爵家所有のものらしく、現在はその伯爵家の息子と彼の友人(クレメンテとカルロスを含む数人)らが滞在しているとのことだった。全員が同じ日に到着で一緒に帰るというわけではなく、入れ替わり立ち替わり夏の間で訪問しているとのことだった。

「いやあ、でも間に合ってよかったよ。実は俺も明日から実家の領地に顔を出さないといけない用事があったからさ」

 カルロスは人好きのする笑みを浮かべた。玄関先からはダイラ一人で進むことになっているのだ。

 クレメンテとの直接対決である。

「色々とありがとうございました」

 ダイラはひとまずお礼を言った。

「いや、まだでしょ。健闘を祈っているよ」

 カルロスは片目を瞑ってみせた。




 客人の訪問との知らせを受けて階下へとやってきたクレメンテは現れた客人を見て内心驚嘆した。仕立ての良いドレスを着こんだダイラは生来の顔立ちの良さも相まって、どこからどうみてもいっぱしの令嬢だった。

「ふうん。おまえか。それにしても驚いたな。そうしてみると労働者には見えないな」

 クレメンテは笑み一つ浮かべずにその場に佇んでいる少女に顔を近づけた。紫色の瞳を覗きこむと、そこで彼女は初めてわずかに眉を動かした。

「ぬいぐるみを返しに来てもらいました」

「ぬいぐるみ?」

「あなたがわたしのお仕えするフェリシタス様から取り上げたうさぎのぬいぐるみです」

 もちろんクレメンテは覚えている。

 商人家の幼い娘が抱えていた小汚いぬいぐるみだ。取り上げようとして掴んだら、ちびのくせになかなか手を離さずに一緒に宙に浮き上がったほどである。最終的にはクレメンテが勝ち、子どもは後ろに尻もちをつくはめになった。

「あああれね。立ち話もなんだ。ほら、入れよ」

 クレメンテは口の端を持ち上げて屋敷の中へ招き入れようとした。

 今日くらいは令嬢としての扱いをしてやってもいいと思う。そのくらいダイラは美しかった。

 クレメンテが促してもダイラはなかなかその場から動こうとはしなかった。

「なんだ、警戒しているのか?」

「あなたの手紙を読めば誰だって警戒すると思いますが?」

「あれね。とにかく中へ入れよ。玄関ホールに女を立たせたままっていうのもね。おまえ俺の評判を落としたいのか?」

 そうやって凄めばしぶしぶといった体でダイラはクレメンテの後に続いた。

「分かりました。しかし、あなたの私室へ行くことは拒否します」

「おまえ自分の立場わかってんのか」

「あなたこそ。紳士がおいそれと私室へ女性を連れ込むなんて真似しませんよね」

 ああいえばこういうダイラにクレメンテは早くも苛立ちを募らせていた。

 すぐにでもその腕を取って寝室へでも連れ込んでしまいたかったが、しかし一応ここは子爵家と縁のある伯爵家の所有する館だと思い直した。父の耳にでも入ればやっかいなことになるし、昼間から女を連れ込んで何やっているんだと悪友らに揶揄されるのも得策ではない。

「わかったよ。そこのサロンでいいだろう」

 クレメンテは地上階にいくつかあるサロンの一つへとダイラを案内した。

 召使いがすかさず茶の用意を持ってきたので、二人の前に茶器が置かれたところで全員下がらせた。大きくもないサロンである。東側に作られているので、今の時間部屋の中は少しだけ薄暗かった。

 ダイラは運ばれたお茶に口を付けずに口を開いた。

「ぬいぐるみを返してください。今日はレガルド家の代理として訪れました」

「おまえが俺の相手をしてくれたらすぐにでも返してやるさ」

 クレメンテは余裕の笑みを口元に浮かべた。

 元々タダで返す気などさらさらないのである。

「幼い令嬢の大切にしているぬいぐるみを取り上げるなんて、礼儀に反していると思いますが」

「令嬢って。勝手に紳士淑女の社交場に潜り込んだ礼儀知らずのガキだろう」

「それでも、レガルド家はきちんとした家です。近年では貿易業でも成果を出し、アルンレイヒの経済に貢献しています」

「あー、はいはい。そういう御託はいいから。要するに成金ってことだろ」

 成り上がりの商人。クレメンテが一番嫌いな人種である。近しいところでは親戚筋のパニアグア侯爵家の後妻、オートリエがそうである。そして目の前のダイラはオートリエ付きの使用人の娘だ。

 たかだか使用人の娘の分際で昔から優遇されてきた身の程知らず。それがクレメンテのダイラへの総評である。

「俺が一番嫌いな人種。貴族でもない癖にいっぱしに気取りやがって」

 クレメンテの言葉にダイラは押し黙ったままだった。

 ダイラとしてはこの手の言葉に反論をしても無駄だと嫌というほど分かっているので、階級意識については口出しをしないのである。

「あいつらなんか、家柄だってたどれない元はといえばその辺の労働者と同じじゃないか。それを俺たちと同じ舞台に上がろうなんて、おこがましいもほどがある」

 クレメンテは吐き捨てた。

 彼の考えは、元をたどれは両親の主張なのだが、幼いころから階級意識をことさら強調するような環境で育ってきたため、自身もすっかり同じ色に染まっているのだ。

 そうしてもうひとつ。今や彼らの方が金回りも良く、貴族と同じ、それ以上の財産を築いているという事実が腹立たしい。

「それでフェリシタス様からぬいぐるみを取り上げたのですか。この件はあなたのご友人のカルロス様も存じ上げていますよ。彼も今回の件では、ぬいぐるみを速やかに返却するべきだという意見ですが」

「あいつのことなんて関係ないね。返してほしかったらダイラ、お前次第なんじゃないのか」

 クレメンテはそう言ってダイラの顎に自身の指を這わせた。

 顎を掴みこちら側に視線を持ってくるように顔を向かせた。

「あなたと寝ろということですか」

「さすがに一般庶民の娘は言うことが直接的だな」

 クレメンテはくっくっと喉を鳴らした。

 見目の整ったあとくされのない女。そしてクレメンテの大嫌いなオートリエのお気に入り。目の前の少女を蹂躙することができればクレメンテの鬱屈も少しは晴れるというものだ。

「お断りします」

 この期に及んでもダイラは顔色一つ変えずにクレメンテを見つめ返してきた。

 クレメンテはあまりの強情さに舌打ちをした。

 昔から可愛くない性格をしていたが、やはり変わっていない。何にも動じることのない自称レカルディーナの話し相手は、過去何度かいじめたことがあったがそれでも泣くことは無かった。腹立たしいことこの上ない。たかだか使用人の分際で。

「ふうん。じゃあぬいぐるみは返ってこなくてもいいのか」

「それは困ります」

「じゃあどうするんだ?」

「女性を脅しつけて押し倒すなんて広まったらクレメンテ様も困るのではないですか?」

 ダイラの言葉にクレメンテは口元を歪めた。

「分かっていないようだな。俺とおまえとでは身分が違う。世間はどちらの意見に耳を貸すかな」

 クレメンテはダイラをソファの上に押し倒した。

 ダイラはわずかに身じろぎをした。その瞳の中に少しだけ怯えの色を感じ取ってクレメンテは優越感に浸った。

「……ですが、オートリエ様とセドニオ様はどうお思いになるでしょうか」

 結局ダイラはこの二人の名前を出すことでしか自分の身を守ることができない。

「オートリエね」

 クレメンテはダイラの口元に手をやった。忌々しい名前を吐き出す口元を抑えつけてやった。

「おまえ本当に昔からむかつく女だよ」

 ダイラは眉根を寄せて苦しそうに首を動かそうとした。

 女の力でどうにかできるほどクレメンテは軟弱ではない。

 クレメンテはそのままダイラの細い首筋に顔を寄せるように体を倒した。人払いをしているため、現在サロン内は二人きりだった。ことに及ばなくても、ここで少し味見をするくらいならば構わないだろう。

 この女を従わせることができれば、昔からクレメンテの中に溜まっていた暗い澱がいくらかは浄化される。貴族でもない人間の血を半分引いた侯爵令嬢レカルディーナに直接手を下すことができない分、彼女の大切な人形を傷つければ溜飲もいくらかは下がる。

 ダイラの瞳にはっきりとした怯えの色が浮かんだ。

 クレメンテは暗い笑みを深めた。

「そうやって怯えてみせて、俺のことを煽っているのか?」

 勝利を確信してクレメンテはそのままダイラの細い首筋に口を寄せた。

 ダイラはなおも抵抗しようと身じろぎをする。

 クレメンテは舌打ちをして、自身のタイを片手で器用に外した。両腕を縛っておけばいくらかは楽にことに及べるからだ。

 ダイラが抵抗を試みようと体をどうにかして動かそうとしたとき、ちょうど扉が開いた。

「クレメンテ様!」

 ここにいるはずのない声が室内に響いた。

 甲高い声だけが耳に残り、そしてクレメンテは目を見開いた。

 そこには着飾った女性と、友人の姿と、もう一人商人の息子が一同に会していた。




 バタンと大きな音がして扉が開かれた。

 その音に反応してダイラの上にのしかかっていた男の腕の力が緩んだ。

 ダイラは短く息を吐いた。

 ようやく仕込みが到着したようだった。それにしても遅すぎる。大体何が心配いらないだ。もうすぐで貞操が奪われるところだった。

 カルロスの言い分として、もう少しダイラが会話で時間を稼いでくれると計算をしていたのだが、ダイラが直球勝負で話をしてしまったのだからしょうがない。

 元よりこういう男女のやり取りとか、間を持たせる会話術とかは苦手なのだ。

 クレメンテは闖入者に見覚えがあるのか、ダイラから離れて立ち上がった。

「アリステル、君が何故ここに」

 クレメンテが少し狼狽した声を出した。

「何故ではありませんわ。風のうわさで聞いたのよ。クレメンテ様が避暑に訪れているモーテルゲイン湖でとある女性に熱心に言い寄っているなんて噂を聞いてはじっとしていることなんて、出来るわけがないでしょう!」

 金色の髪を高く結いあげ、大きな花のついた帽子をそのままかぶった女性は大きな声を出してクレメンテのいる方へ歩み寄った。

 ダイラはそろりとソファから起き上がった。

 カルロスが素早くダイラの側へと寄ってきて手を貸してくれた。おそらくカルロスとアベルの連携なのだろう。詳細までは聞いていなかったためダイラは少し放心した状態で、カルロスの差し出した手をうっかり取ってしまった。

「なっ、そんなことはないさ。何かの間違いだろう」

「ではそこの女はなんなのですか!」

 アリステルと呼ばれた女性はきっ、とダイラを睨みつけて指さした。

「あれは、ただの労働者だよ」

「また見えついた嘘を」

「本当だよ。君が一番に決まっているじゃないか」

 クレメンテは先ほどダイラに見せたような狡猾な肉食獣の顔を捨てて猫なで声をだした。どうやら彼の恋人のようであるが、正直彼を恋人にするのはどうかと思う。今からでも考え直した方がアリステルのためだとダイラは心底思った。

「一番ねぇ……。結婚の話だって一度白紙に戻してもらった方がよろしいかと思いますわ。わたくし、お父様にそう申し上げますわ」

 アリステルは最後にダイラの方を睨みつけて、くるりと反転して部屋から出て行ってしまった。

「おい、待て! アリステル」

 クレメンテの言葉にもアリステルは振り向くことは無かった。

「あーあ、クレメンテ。早く追いかけた方がいいんじゃないのか」

 カルロスがのんびりと口を挟んだ。

「おい。お前らの仕業か?」

 クレメンテはアリステルを追いかけることよりも、この事態を招いた発端を問い詰めることにしたようだった。

「まさか」

「だったらどうしてこうも都合よくアリステルがモーテルゲインにやってくるんだ」

 クレメンテはカルロスとアベルを交互に睨みつけた。まるで蛇のように毒を持っていることを隠しもしないような、獲物を捉える色を湛えていた。


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