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ダイラと小さなお嬢様7

「もしかして泣いてるのって……。ああ、君だったか」

 その時、男の声が割って入った。

 急いで駆け付けたようで、少しだけ息を切らしている。その手には飲み物の入ったカップを持っていた。

 ダイラは予期せぬ闖入者の方を見上げた。

 金髪の青年だった。端正な顔立ちをした年のころは二十代前半と思わしき男だった。

「あなた……」

「また会ったね」

 青年はにこやかに話しかけてきた。

「はじめまして」

「覚えていない? この間一度会ったよね。ああ、名前は名乗ってなかったね。俺はカルロス」

 金髪の青年、カルロスはダイラの正面に身をかがめて、目線を合わせてきた。

「彼はリバルス伯爵家の者だ」

 すぐにアベルが小さな声で教えてくれた。

 カウロスとカルロス、似ているので紛らわしい、というのがダイラの感想だった。アルンレイヒではよくある名前なのだ。

「そのリバルス家のご子息がどうしてフェリシタスの元へと?」

 泣くフェリシタスをアベルがどうにか宥めて引き取ってくれたのでダイラは立ち上がった。カルロスも同じく立ち上がる。背の高い男性だった。

「見たところ保護者もいないようだったから声をかけてね。それにしてもまいったな。クレメンテが飲み物でも買ってやれっていうから、ジュース買って来たのに。どうやら彼がなにか仕出かしたようだね」

 困ったような笑みを作ったカルロスの言葉にダイラとアベルは息を飲んだ。




 泣きやんだフェリシタスからどうにかこうにか聞きだした言葉を要約すれば、クレメンテはフェリシタスが大事に大事に可愛がっていたお友達、すなわちうさぎのぬいぐるみをとりあげて立ち去ってしまったらしい。フェリシタスは一番のお友達と強制的に離れ離れになったおかげで別荘に帰宅後もご機嫌斜めで、現在も泣いている。

 ダイラは短く嘆息した。

 別荘には早速クレメンテから手紙が届いていたのだ。

 曰く、公園で拾いものをしたから取りに来いという趣旨のものだった。

 自分で取り上げておいて、よくもまあ拾いものなどと言えたものだ。ダイラへの嫌がらせの為に関係のないフェリシタスを泣かせているのだから、ダイラの心もきりきりと痛んだ。

「ああそれにしてもクレメンテも随分とひどいことをするものだね」

 何故だかレガルド家の別荘についてきたカルロスがいたわるような声を出した。

「それについては別に驚いていません。彼は昔から性格がひねていましたから」

 ダイラは淡々と返した。

 彼の嫌がらせは今に始まったことではない。自分の方が立場が上だということを誇示する為にことさら下の者へ風当たりを強めるのだ。

「それはそうと、どうしてあなたまでついてこられたんですか」

 アベルが遠慮して口に出さなかった言葉をあっさりと口にするダイラであった。

「ええ~、だって気になるからさ。あいつってば俺に飲み物を買いに行かせた隙をついてこんなことしてさ。いっとくけど俺だって一応は怒っているんだよ?」

 カルロスはずいっとダイラの方へ身を乗り出してきた。

 レガルド家別荘のアベルの私室である。私室といっても彼専用の応接間だ。現在アベル、ダイラ、カルロスの三人は椅子に身を預け話し合いをしているのだ。

 議題はもちろんフェリシタスのうさぎをどうやって取り返すかである。

「そうですか。でしたらリバルス卿からあの人にぬいぐるみを返すよう口添えしてください。それが一番手っ取り早いです」

「おい、ダイラ。おまえリバルス卿になんて口聞いているんだ」

 アベルが窘めるような口調で割り込んできた。

「いいよ、別に。俺から言って聞くんならそれでいいんだけどさ。あいつ基本的に俺の言うことなんて聞きやしないから」

「ではどうしてお二人は一緒に行動しているんですか」

 ダイラはなんとなく気になったので尋ねた。

 クレメンテとは違って今のところ彼からは性格のゆがみは感じられない。ダイラとしては不思議だったのだ。目の前の彼はもう少し付き合う相手を選んだほうがいいと思った。

「ま、色々とね。俺伯爵家っていっても次男だし。あいつそういうところすごく気にするだろ」

「ええまあ……」

 子爵家の跡継ぎであるクレメンテはダイラが知っている頃から貴族階級出身者でも跡継ぎとそうでない次男以下では態度を変えて接していた。いちばん身近な例をあげると、パニアグア侯爵家長男ディオニオに対する接し方と次男エリセオへのそれである。

「俺がクレメンテと一緒に行動している理由は簡単だよ。彼と一緒にいると俺の好青年っぷりが強調されるだろう」

 カルロスはダイラ相手ににっこり笑って見せた。

 金髪碧眼の男は昔から女性たちの間でもとりわけ好印象だ。ダイラは特に何も感じないけれど、フェリシタスの持っている絵本に登場する王子様ももれなくその例からはずれていない。

 あっけらかんとしたカルロスの言葉にアベルはかける言葉が出て来ないらしい。口を中途半端に開いたままにしていた。

「そういうわけで、一緒にうさぎを取り戻せるように頑張るからね」

 カルロスはどさくさにまぎれてダイラの両手を包み込むようにそっと握りしめてきた。

 アベルは自分よりも年上で、しかも家格も上の人物へどう突っ込みを入れるべきか分からないらしく、先ほどから一人で青くなっている。

「それは心強いですけど、手を握る必要はないのでは?」

 ダイラのほうが幾分冷静だった。

 真面目な顔をしたままカルロスを見据えて両手を引き抜いた。

「いやあ、いつも男ばかりの職場だからつい。ダイラちゃんの手柔らかいね」

「ええと、リバルス卿は休暇なのですか? ガジェゴ卿とは同じところにお泊りで?」

 大きな声でアベルが会話に入ってきた。

「ああ。普段は軍に所属しているんだ。男ばかりで萎えるよ。上司も同僚もみんな男ばかりでね。休暇をもらっていまは友人の別荘に滞在しているんだ。クレメンテも一緒だよ。ここだけの話あいつの家も色々と内情が苦しいから、子爵家の別荘はとっくに売り払っているし」

「それは存じ上げています。昔から耳にしていました」

 ダイラは淡々と告げた。

「やっぱり侯爵家に勤めていると耳に入っちゃうよね」

 カルロスが得心顔で頷いた。

 ダイラは無言を貫いた。今も昔も使用人が話題にすることといえば仕える主人の周辺の人物に関する噂話が多いのだ。主人を直接噂して、うっかり家令に聞き咎められると解雇処分になる恐れがあるので、大体はその家に客人として出入りをしている人物の憂さ和話になるのだ。

「しかし、ダイラがぬいぐるみを返してくださいと言っても素直に差し出すとは思えないのですが。彼は、その……以前にも」

 脱線しがちな話を軌道修正するようにアベルが言葉を紡いだが、最後は言いにくそうにごにょごにょと濁した。

「ぬいぐるみと引き換えに、わたしに彼の相手をしろと言うでしょうね」

 なぜか顔を赤らめるアベルに代わってダイラが言葉を引き継いだ。

「だから、なんでおまえはそういうことを淡々と言うんだよ!」

「べつに」

 ダイラとしてはどうしてアベルが頬を朱に染めるのかが分からない。

 おまえは深窓の令嬢か、と思わず突っ込みたくなるくらいだ。

「くっ、はははっ……ダイラちゃんいいね。俺そういう、はっきりとした女の子好きだよ。もっと笑ってくれるとさらにいいんだけどなあ」

 カルロスが明るく笑ってダイラに視線を寄こしてきた。

 瞳をまっすぐ見つめてきた後に胸のあたりに視線を移動するあたり、彼の言動に行く分もの誠実さが感じられない。

「そうですか」

 ダイラはおざなりに返事をした。

 なんだか疲れてきた。

「でも、こんないい子にクレメンテの相手をさせるのは勿体ないよね。ちょっと彼にもお仕置きが必要かな」

 そう結論付けたカルロスは少しばかり人の悪い笑みを口元に浮かべていた。

「……そうだな、君たちにも手伝ってもらおう」

 そう言ってカルロスはアベルにとある指示を出して、自身の計画を打ちあけた。

 フェリシタスの機嫌もあるので決行は早い方がいい。

 ダイラは自分の役割に難色を示したものの、最後には結局折れることになった。




 二日後。

 お気に入りのぬいぐるみを取り上げられたフェリシタスの落ち込みようは深く、勉強にも身が入らない。アベルとも示し合わせて、他の家族にはうさぎのぬいぐるみを公園に落としてしまい現在捜索願を出していると説明をしている。

 原因が分かっているだけにダイラもフェリシタスの態度を注意することができずにいる。注意そぞろな妹がダイラの叱りも受けないことがアデーリタには面白くないようで、彼女の勉強も遅れがちだった。

 教師としてはこれ以上教え子たちの勉強が遅れるのは避けたいところである。

 アベルの方の首尾も何となかったようで、昨日は夜遅くにレガルド家別荘へと帰宅をした。

 ダイラとしてはあまり気が乗らないけれど仕方ない。

 元気のないフェリシタスと若干不満そうに頬を膨らませたアデーリタと昼食を取り、庭で遊ばせて、夕方からは用事があるということで二人の面倒をミラン夫人とイアに代わってもらった。

 夕方になり、別荘へやってきたカルロスは側仕えの女性を一人伴ってきた。

 大きな荷物の中には余所行きのドレスと華美ではないが、それなりに値段の張る装飾品や化粧道具が入っていた。

「どうしたんですか、これ」

 流行には疎いダイラだが、それでも差し出されたドレスの質感などから、これが一級品であることが窺い知れた。

「え? ちょっと人に借りたの。大丈夫だって、そんな高いものじゃないから」

 カルロスはあっけらかんというけれど、ダイラはその言葉で彼と自分との間に隔たる大きな溝を痛感する。主に身分と環境面の溝である。


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