表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/64

ダイラと小さなお嬢様6

 ダイラは視線を本へと落とした。古典文学はレガルド家の書庫から借りてきたものだった。年に一度訪れるかどうかも分からない別荘に書庫があり、蔵書もしっかりしている辺りやはりお金持ちの家である。ダイラなんて本を読みたければ貸本屋に行くしかない。

 夏とはいっても木の下にできる影の中に入り込めば案外涼しいもので、時折頬を撫でる風が気持ち良い。ダイラは借りてきた本の項をめくった。時折聞こえてくるカルロスの嬌声がどこか遠くの世界のもののように感じる。

 たっぷり読書をして満足をしたダイラは本を閉じて肩を回した。

 アデーリタとカウロスはボールに飽きたようで違う遊びをしていた。ダイラは陽の位置を確かめた。

 それにしてもフェリシタスはどこまで行ったのだろう。

 ダイラは辺りを見渡した。




 公園も何度も通えば勝手知ったる庭のようなものになってくる。

 フェリシタスはうさぎを連れて鼻歌交じりに公園内を歩いていた。花壇に植わっているお花は抜いちゃだめと大人たちから口を酸っぱくして言われてるのためフェリシタスが摘むことが出来る花は花壇以外のところに生えている野花だけだ。家の庭に咲いている花は庭番に頼めば摘んでくれるのに、公園のおじさんに頼んでも駄目なのだから世の中は不思議なものである。

 それでもフェリシタスの好奇心は尽きることが無い。きれいな花、特に大きな薔薇は大好き。絵本の中のお姫様はドレスを着て髪の毛に薔薇の花を刺すのだ。あれいいなあ、とせがめばダイラは「仕方ないわね」と言って結った髪の毛に小ぶりの薔薇を刺してくれた。最初は笑わない先生で、怖そうとびくびくしていたがダイラはみかけによらずに優しいからすぐに好きになった。

 ちなみに今のフェリシタスの興味の対象は公園の一角にある社交場だ。

 といっても別に立派なホールとかお屋敷があるわけではない。大きなアーチがあり、クレマチスがたくさん咲いている一角にはベンチや噴水がありきれいに整えられているのである。そこにはドレスを着たきれいなお姉さんたちがたくさんいるのだ。

 フェリシタスが心を奪われているのはドレスを着た少女たちである。

 大人ばかりで子どもたちはいないし、ダイラやミラン夫人にも近寄るな、と言われているから中へは入れないが、外から覗くにはタダである。一応立派な淑女たるもの、大人の言いつけは守るのだ。たまに内緒でビスケットを食べたりするのはご愛嬌だけれど。

 そんなわけでフェリシタスは相棒のウサギと一緒に大人たちの集まる区画を観察していた。

「いいなぁ……」

 植え込みの陰に身を潜ませてまじまじと観察をすればため息とともに羨望の言葉が口から漏れた。

 エプロン付きの普段着ではなくて、ビーズとかレエスとかがたくさんついたドレスはとってもきれいでフェリシタスのあこがれの対象だった。

「いいねえ、うさぎ。わたしも早く大きくならないかな」

 フェリシタスは相棒のうさぎに語りかけた。

 その場にペタンとしゃがみこみうさぎに語りかける姿はどこからどうみても子どものそれであるが、フェリシタスは早く大きくなって素敵な男性と舞踏会に行きたいのだ。王子様なら尚可。ちなみにアルンレイヒの王子様はフェリシタスよりもうんと年上らしいから、あなたが大人になった時にはもう結婚しているわよと姉に言われた。アデーリタはたまに意地悪を言うのだ。

 アルンレイヒの王子様が駄目ならば、他の国の王子様でも構わないからフェリシタスとしては一度くらい王子様と踊ってみたいのだ。

「それにしても、あの人たちは踊らないね」

 フェリシタスはうさぎに向かって話しかけた。

「やっぱり舞踏会は夜だもの」

 着飾った女性たちはおしゃべりしたり歩いたりしているだけで一向に踊りだす気配は無かった。一度でいいから本物の夜会というものを見てみたい。

 フェリシタスは夢中になっていたため辺りに人が来たことに気が付かなかった。大人ばかりの場所に小さな子供が紛れ込んでいると、傍目には目立つのである。本人に自覚は無いのだがドレスに心を奪われているフェリシタスは辺りの大人たち何人かに気づかれていた。

「ちょっとそこのお嬢さん。こんなところで何をしているのかな」

 頭の上から柔らかな声が聞こえたのはフェリシタスが青い色のドレスを着た女性に夢中になっていた時のことだった。髪の毛をきれいに結いあげて、きらきらと光る宝石の髪留めを付けていたのだ。お日様に当たって光り輝いていた。

「ふあ……」

 フェリシタスは上を仰ぎ見た。

 驚いてそのまま後ろにころんと尻もちをついた。

「ああ、大丈夫かな。別に驚かすつもりは無かったんだよ」

 影は二つ。両方とも男性のものだった。フェリシタスにも兄が一人いるため、同年代の友達に比べて、彼女は大人の男性に慣れている。しかし、相手が悪かった。

 なにしろ相手はここ数回自分たちの前に現れて、ダイラをフェリシタスたちから取り上げようとしたり悪口を言ったりした人物だったからだ。

「あれ……この子」

 二人のうち、金色の髪の毛の青年が口を開いた。こっちの男の人は口調も柔らかいし、優しそうなので警戒心も揺らぐけれど。

「なんだ。ダイラのところのガキじゃないか……。ふうん……」

 もう一人の男は、薄茶の瞳を意地が悪そうにきらめかせた。

 フェリシタスは尻もちをついたままじりっと後ずさった。




「もう、どこに行っちゃったのかしら」

 一方のダイラといえば。

 一人で遊びに行ったまま帰らないフェリシタスを捜すため公園を歩いていた。遊び疲れてうつらうつら船を漕ぎはじめたカウロスとミラン夫人は先にお屋敷へと返した。アデーリタも先に帰した。

 ダイラは一人で残って、公園内にいたアベルと合流してフェリシタスを捜索していた。そんなにも広い公園ではないけれど、万が一転んで動けないとか、湖の方まで行ってしまっていたら大事だった。

「おい、見つかったか?」

 アベルと落ち合って互いに首を振った。

 フェリシタスの行きそうなところを見て回ったつもりだったが、お互い空振りだった。こういうとき子供ってどういうところで遊ぶのだろうか。子どもの頃はわりと大人しく本を読んで過ごしていたダイラは見当もつかない。レカルディーナはよく木に登っていた。

 ダイラは上を見上げた。確かに登り甲斐がありそうな大きな木が公園内にはたくさんある。いやいやいや……。さすがにない。

「大体あなた、自分の妹でしょう。どこか心当たりとかないの?」

「妹っていったって、いくつ離れていると思っているんだ。子どもの行きそうなところなんて分かるわけないよ」

 ダイラの言葉に開き直ったような返答を返してきたアベルにダイラは小さく呟いた。「使えないわね」と。本当に口の中だけで呟いたため聞こえなかったようだ。

「あいつが好きなものって、あとはお姫様くらいしか……」

 アベルは一生懸命妹の趣味嗜好を思い出そうとしているのか空を仰いだ。

 そして繰り出された言葉にダイラとアベルは顔を見合わせた。

「お姫様……」

 確かにフェリシタスは童話に出てくるお姫様が大好きである。

 この公園内には着飾った女性(といっても夜会用のドレスではないが)がわんさかと集まっている。昼間集まるといったら公園か誰かの別荘くらいしかないのだ。

「あああそっちか! ほんっと好奇心旺盛だな」

 アベルは喚いた。

 ドレスに見入っているのなら時間も忘れて帰ってこないのも仕方ない。子どもは大概にして何かに夢中になると時間を忘れてしまうのだ。

「じゃあまかせたわ」

「っておい。家庭教師! おまえも一緒に来いよ」

 ダイラは露骨に嫌そうな顔をした。

「ああいう場、苦手なのよ。家庭教師の入るようなところでもないし」

「まあおまえ地味だもんな」

 アベルが率直な感想を言うものだからダイラはじろりと彼を睨みつけてやった。分かっているけれど、他人から指摘をされると気に障るのだ。

「なんだよ……。睨みやがって……。ったく、けど俺が一緒に行ってやるんだから大丈夫だろ」

「行ってやるって、あなたの妹のことでしょう。なにその言い方」

 やっぱりアベルはアベルである。学校でも度々こういう上からの言い方をされてはカチンときていたダイラである。

 言い合いながら噴水や東屋のある区画へと向かっていると、大きな泣き声が聞こえてきた。女の子の声だった。

 ダイラとアベルはどちらからともなく顔を見合わせた。

 なんとなく、いやな展開である。二人とも歩調を速めて、走り出した。

 嫌な予感というものは的中するものらしい。

「フェリィ! 大丈夫か?」

 アベルが地べたに座り込んでひっくひっくとしゃくりをあげるフェリシタスを確認するなり叫んだ。

 フェリシタスは声の方向に顔を向けて、兄と家庭教師の姿を確認するなりひときわ大きな声をあげて泣き出した。

「え、ちょ……。なんでさらに泣くの」

「あなたの顔を見て安心したんでしょう」

 年下の妹をいまいち扱いきれていないアベルの拍子抜けした声に、ダイラは律儀に返答してフェリシタスの前にかがんだ。

「うわぁぁぁぁぁん」

 直後にフェリシタスがダイラに抱きついてきた。頭突きされるくらいに勢いが良かった。ダイラはなんとなくだけれど、察していたので受け止める際力を込めていたので後ろに倒れることは無かった。

 遠巻きに何人もの人たちがこちらを窺っているのが気配でみてとれた。

 皆何も言ってこない。さて、どうしたものだろうか。

 フェリシタスがここまで泣くということは、確実に何かしら起こったのだろう。しかし、肝心の彼女が落ち着かなければ何も聞き出すことはできないだろう。

 ダイラはフェリシタスを落ち着かせようと優しく頭を撫でた。レカルディーナの世話をしていた頃も、ごくたまにこういうことがあったのでダイラは慣れているのだ。

「フェリシタス、一度家に戻りましょう。アベルがだっこしてくれるわ」

「ああ、フェリィ。俺が運んでやるから帰るぞ」

 背中をさするとフェリシタスはもぞもぞと身じろぎをした。

「ほら、涙をふくわよ。淑女は人前では涙を見せないものよ。あなたも立派な淑女なのでしょう?」

 ダイラはポケットからハンカチを取り出した。

 立派な淑女、という言葉にフェリシタスがぴくりと反応した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ