結婚式と二人きりの夜(R15)
二人の結婚式と初めての夜のお話です。
R15表現が入りますので、苦手な方・嫌いな方はページをお戻りください。
直接的な表現はないですが、連載当初から構想として入れていましたので投稿します。
寄宿学校を卒業した去年の今頃は、まさか自分が一年後に結婚式をあげるとは思いもしなかった。しかも相手はアルンレイヒ国第一王子ベルナルド。いずれ国王の後を継ぐ人物。
卒業したら女優になるためにフラデニアに舞い戻る気満々だったのに、人生何があるか分からない。
自分の人生が大きく変わったことについてダメ押しのように今さら考えてしまうのは今日が特別な日だからだろう。特別な日の割に朝からレカルディーナは妙に落ち着いている、というか実感がわかない。
思えばこの一年とても沢山のことがあった。
兄の口車に乗せられてかけを始めたのがそもそものきっかけだった。男装して、乗り込んだ宮殿にベルナルドがいた。互いの想いを口にした後、婚約者として宮殿で待ち構えていたのは花嫁修業という名の勉強の日々だった。
歴代の王さまの名前を覚え直すの大変だったなあ(フラデニア留学時代は彼の国の歴史を学んでいたのだ)、とか、「男の名前ばかり覚えるな」とベルナルドが怒り出したのも今ではいい思い出である。
ああそれと。結婚式の準備でベルナルドと喧嘩もしたっけ。
当日持つ花束や晩餐会で着るドレスについて相談したのに、どっちでもいいなんて言うのだからついこちらも「二人の結婚式なんだから」と頭に血が上ったのだ。
王都で流行っているという結婚情報雑誌の特集記事にも『結婚式に協力的でない婚約者をその気にさせる十の方法』なんてものがあったからつい熟読してしまったほどだ。
そして今。今日から夫になるこの人はなにを思っているんだろう、とレカルディーナは隣に佇む男性に意識を向けた。ベルナルドは今どんな顔をしているのだろう。お互いまっすぐに正面を見つめていないといけないので確認することはできない。
結婚式の式場である。
一応今日の主役であるのに、レカルディーナは人形になったかのように朝目が覚めたら女官らによって勝手に飾りつけられて、装飾を施されて、いつの間にか式場である大聖堂に連れて来られた。先ほどから、心が体から切り離されてどこか高いところから自分のことを眺めているようにどこか他人事めいてしまっている。昨日はあれほど緊張していたというのに不思議だった。
きっとそんなことを考えるのは司祭の話が長いからだろう。
それと、今日の本番の前に何回も打合せと称して事前練習をしたせいかもしれない。
それとも見世物のように大勢の前で立っているせいかも。さきほどからどうでもいいことばかりが頭に浮かんでくる。
司祭の長い話が終わり、夫婦誓いの宣誓、そして。
ベルナルドがレカルディーナの顔にかぶせられた美しいレエスを持ち上げた。
感情の読めない端正な顔が目の前に現れた。緊張しているのか、それとも単なる行事だと割り切っているのか。何しろ結婚式なんて面倒なだけだ、とか国王夫妻の前で言い切って見せた人なのだ。
それとも少しくらいは結婚式を楽しんでくれているのだろうか。花嫁衣装の感想もあとで聞いてみたい。
冷たい印象を人に与える双眸からは今日に限っていえば感情を読み取ることができなかった。
いまさら現実に引き戻されてレカルディーナは内心動揺した。
薄青のドレスは花嫁の幸せの象徴だった。この国では花嫁は薄青のドレスに身を包むのだ。そうして手に持つ花束は桃色と決まっていた。
ベルナルドの顔が近づいてきたのでレカルディーナは慌てて瞼を閉じた。
その瞬間に触れるか触れないかという口づけがふわりと落ちてきた。
ああ、今日から夫婦になるんだわ。
唇のぬくもりを感じると急に実感として湧いてきた。
夫婦になった日の夜。
すべてのお膳立てが整い、寝室へと連れて来られたのは十数分前。
朝から結婚式の着つけに、式本番。市民の前に顔見せをして、それから各国主賓や国内の主だった貴族らを招いての晩餐会。これだけ盛りだくさんだとくたくたなのだが、夫婦の夜という意味ではこれからが本番だった。
緊張したレカルディーナは早くも涙目だった。
一応花嫁修業の一環として夫婦の営みについて教育係の夫人から講義をうけたけれど、さすがにこればかりは予行演習なんてなかった。レカルディーナの方から婚約者にむやみやたらと聞いてはいけませんと釘をさされている。
一度だけ、この先進んじゃったらどうなるんだろう、と思わせるようなことがあったけれど、あの時は結局口づけだけだった。
なので、今日が正真正銘の初夜。
今からでも遅くない。逃げ出してしまいたかった。本心から、ということではなくて、ちょっと気分を落ち着かせてきたい。
晩餐会の会場から連れ出されて、念入りに身支度を整えられて連れて来られた部屋である。
明かりを最小限にとどめられた、薄暗い寝室にはレカルディーナの他にもう一人。
つい先ほど婚約者から夫となった男性ベルナルドである。
薄い夜着姿にどきりとする。
レカルディーナの緊張を知っているのかいないのか。彼は少しだけ困ったような顔をしてレカルディーナの方に腕を伸ばしてきた。この数カ月慣れ親しんだ腕は当然のようにレカルディーナを捕まえた。
寝台の上で彼の腕の中におさまったレカルディーナは肩につくかつかないかという髪の毛を撫でられて目を細めた。結局髪の毛はこの長さを保ったままにしている。保守的な年配層は眉を潜めるけれど、フラデニアで流行り始めた短い髪の毛は手入れも楽だし、レカルディーナの顔には似合っていると思うのだ。ベルナルドも特に伸ばせとも言わないので甘えることにした。
ゆっくりゆっくり髪の毛を梳かれる。
抱きしめられたレカルディーナのこめかみや頬や首筋にベルナルドはいくつもの口づけを落としていく。
婚約してからベルナルドからことあるごとにされた優しい口づけ。
節度を保ってください、とレカルディーナ付きの女官になったダイラは口を酸っぱくして何度もベルナルドに苦言を呈していた。
耳を甘噛みされて首筋に唇を這わせられると、背中のあたりがぞくぞくして、「あ……」と小さく声を漏らした。
「怖いか、レカルディーナ」
すぐ近くでベルナルドの声がした。
レカルディーナは目をぎゅっと閉じた。怖くないと言えば嘘になる。きっとまだ心が成長しきれていなくて、ベルナルドの好きとレカルディーナの好きには温度差がある。ベルナルドはときどきひどくもどかしそうにこちらを見つめてくるときがあるから。触れられたところから伝わる熱情の熱さにレカルディーナはどうしていいか分からなくなる。
普段は面倒くさがりで、言葉数少ないくせに。
レカルディーナに対する独占欲だけは強いのだ。強いまなざしに捉えられるとどうしていいのか分からなくなる。
「レカルディーナ」
体に籠った熱を吐きだすようにベルナルドは何度もレカルディーナの名前を呼んだ。改めてベルナルドの方に顔を持ち上げられれば、熱のこもった視線とかちあった。
目元や頬に何度も口づけされた。ゆっくりと寝台の上に押し倒される。
ベルナルドの手が愛おしそうにレカルディーナの頬を撫でる。婚約してから何度もされてきた彼の仕草だった。
どこか自分の体なのに自分の意志では動かない人形になったみたいだ。結婚式の日ってなにか特別な魔法にかかるのだろうか。
「ベルナルド……様」
自分ばかり名前で呼ばれるので、レカルディーナからも名前を口にしてみた。戸惑うような、迷子のような顔をした自分の姿がベルナルドの瞳の中に映っていた。
「いい加減、様を取って名前だけで呼んでくれ」
小さな声で、しかし耳元だからレカルディーナにはしっかりと聞こえて、ぞくりと粟立った。
「でも……」
ふいに口づけをされたので、そのあとに続く言葉は封じ込められた。
「俺と二人きりの時だけだ」
口づけの合間にそう言われて、二人きりの時がどういう状況を指すのか想像してしまい赤くなった。しかし具体的に考える余地を与えられないままベルナルドは、今度は何度もレカルディーナの唇に自身のそれを重ねてきた。
やがて唇を割ってベルナルドの舌がレカルディーナの口の中に侵入をしてきた。今までとは違う初めての口づけの仕方にレカルディーナは慌てて押しかかる体重に向かって抗議しようと腕を動かしたけれど、びくりともしない。空気を探すように顔を動かすと片方の手がレカルディーナの額を抑えつけた。
反対にどんどん深くなっていく口づけは彼女から徐々に思考を奪っていく。頭の中に靄がかかっているかのようだった。やがてレカルディーナの体から力が抜けていった。
多分、これが始まりの合図だったのかもしれない。
自分から発せられているなんて、とにわかには信じがたい種類の声が口から漏れ出るたびにレカルディーナは自身の手で口を覆った。しかし、そのたびにベルナルドがその手をほどいてしまう。
ベルナルドが口づけを落としていった体中の箇所がやけに熱かった。
熱に浮かされて。
ベルナルドがレカルディーナの名前を呼ぶたびに呼応するように体が反応をした。
回した腕に力がこもってしまい、慌てて離そうとしたらベルナルドがもう一度口づけを落とした。
長い長い夜だった。
自分では永遠とも思えるような時間なのに、まだ夜は明けない。
何度も体を反り返して、そのたびに大きな声をあげた。羞恥に涙目になりながら、それでも声を止めることができくて。そんなレカルディーナをベルナルドはいとおしそうに目を細めて何度も口づけを落としていった。
あとどのくらい続くのだろう。終わりなんてくるのか、誰か教えてほしかった。
自分が揺れているのか、それとも世界が揺れているのか分からなかった。
体中が熱かった。このまま壊れてしまうのかもしれない、頭の隅っこでそんなことを思いながら、レカルディーナの意識は次第に混濁していった。
気がつくと朝になっていた。
レカルディーナは小さく身じろぎをした。まだ頭がふんわりして、どこか現実ではないところを彷徨っているようだった。
最初どうして隣にベルナルドがいるのだろう、と不思議に思ったけれど意識が覚醒すれば頭の中に昨晩の光景が蘇ってきた。
「愛している」
ふいに穏やかな、静かな声が落ちてきた。
夫となったベルナルドの声だった。
お互いあられもない格好だった。
レカルディーナは顔を真っ赤にした。何も身につけていないこの姿を明るいところで見られるのはまだ抵抗がある。
それでもいつものように髪の毛をゆっくりと梳かれればレカルディーナの心の中に日だまりができていくかのように暖かいもので一杯になる。
わたしこの手が大好き。
少し低い声も、不機嫌そうに眉を潜める時の顔も、ちょっと過保護なところも。大好きな人に求められて、応えて、たくさん触れ合った。
レカルディーナは自身も体を起こした。彼の顔が見たくて体を起こしたけれど、そういえば何もつけていなかった。
慌てて上掛けを手繰り寄せたけれど、それでも彼の声に応えたい気持ちの方が勝っていた。
レカルディーナは腕を伸ばしてベルナルドの髪の毛をいつも自身がされるように梳いた。ゆっくりとした動作だった。
「わたしも、愛しています。ベルナルド」
言葉はぽろりと滑り出した。
レカルディーナの好きがベルナルドのそれに追いついた瞬間だった。
案外自分が嫉妬深いことに気が付いたのはレカルディーナの正体を皆にばらしたあとのことだった。それまでも他の男が彼女と親しげにしている場面を目撃すれば不機嫌になることはあったけれど、手元に置くと決めた時点から自分から彼女を引き離そうとする者すべてからレカルディーナを隠しておきたくなった。
そういった意味でいえばこれまで自分は誰かを本気で愛したことなどなかったのだろう。宝物を隠しておくように自分以外の誰の目にも触れさせたくないと思ったのはレカルディーナが最初だったからだ。
隣ですうすう寝息を立てているレカルディーナを眺めていると自然に笑みがこぼれた。
初めての夜だからもう少しゆっくりことを運ぶ予定だったのに、レカルディーナがようやく自分の物になるとと考えたら我慢がきかなくなった。
戸惑う彼女がかわいすぎるものいけない。ベルナルドの動きに呼応するようにかわいらしい声で啼くのだ。あれを聞かされたら辛うじて保っていた理性が吹っ飛ぶのも仕方ないと思う。
最後は意識を失うように眠りについたレカルディーナを腕に抱くと、ようやく結婚という言葉が実感をともなった。
結婚式なんていうなんの罰だ、というような見世物に耐えた甲斐があったというものだ。そんなものをする必要性が分からないと義父と義母以下大臣らに詰め寄ったとき全員から却下をされたのだ。そんなものに時間をかけるくらいならさっさと既成事実の一つ二つでも作った方が建設的だと言ったらものすごく怒られたのも今ではいい思い出だった。レカルディーナにはやんわりと、わたしだって人並みに結婚式用のドレスに憧れます、と言われて譲歩する気になったのだ。
名実ともにベルナルドの妻となった少女はまだ起きる気配を見せなかった。こうして寝顔を眺めるのは彼女が怪我をして意識を失くした時以来である。あんな思いはもう二度と味わいたくは無いけれど、自分の隣で安らかな寝息を立てている妻ならば何時間でも眺めていられると思う。
ベルナルドは起き上がって、レカルディーナ乱れた髪の毛を梳いた。
よほど疲れているのか起きる気配を見せない。
頬を撫でたり、唇を指でなぞったりして遊んでいるとレカルディーナが身じろぎをした。
「う……うぅん」というなまめかしい声を出して、その後ぱちりと瞳を開いた。
彼女は何かを考えているのかその場でぼんやりとしていた。現在の状況についていけていないのかもしれない。
しばらくその場で固まっている彼女がいとおしくて、つい思っていたことを言葉にした。
「愛している」
言葉と一緒に、頭を撫でていると、少しして彼女の方もゆっくりと体を起こした。
起こした後に自分の姿に気づいたのか、顔を真っ赤にして上掛けをぎゅっと体の前に手繰り寄せた。それでもレカルディーナはまっすぐにベルナルドの方へ視線を向けた。何かを確かめるかのようにゆっくりとベルナルドの方へ手を伸ばした。
レカルディーナが恐る恐るといった体でベルナルドの髪の毛を触って、ゆっくりと梳いた。まるでそこに誰がいるのかを改めて確認しているような慎重な手つきだった。
やがてレカルディーナも小さく呟いた。
「わたしも、愛しています。ベルナルド」




