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元引きこもり殿下の甘くない婚約生活12

「ですから何度も言ったでしょう。レカルはこちらにいらっしゃるベルナルド殿下と愛し合っているんです。結婚に大事なのは本人たちの気持ちでしょう! 何度言ったら分かってくださるんですか」

「そんなの一時の熱病みたいなものだよ。おまえはついぞ覚めなかったようだけどね」

 オートリエの言葉にカルラが当てこすった。

「当り前でしょう。わたくしとセドニオ様は今でも仲良しなのよ」

「ああそうかい。こんなこぶつき男のどこがそんなにいいだかね」

「まあ! なんてこと」

この言葉を受けて同席しているセドニオは弱り切った顔でエリセオと顔を見合わせた。下手に口を出すと火に油を注ぐだけなので、交渉をオートリエに任せているのだろう。

「殿下。殿下のお相手は何も孫娘でなくてもよいでしょう。アルンレイヒには他にもふさわしい令嬢が沢山おりますわい。ですからここはひとつ手を打とうじゃありませんか。違約金でも賠償金でもいくらだって払いますから」

 ディートヘルムはベルナルドに向かって話を切り出してきた。穏やかでない内容にベルナルドは冷たいまなざしを一層深めた。

 ふざけた内容だった。金を払うから手を引けと言ってきたのだ。ずいぶんと不敬な物言いにシーロやアドルフィートらまでもが絶句している。もちろんセドニオ、エリセオも同様だった。

「おいっ!気様ら」

 アドルフィートが腹に据えかねたように剣に手をかけた。

 ベルナルドは目線で彼を制した。今はまだその時ではない。アドルフィートはしぶしぶといった体で手を離した。

「レカルディーナは物ではない。金銭の問題でもないだろう」

 ベルナルドは一蹴した。

「そうですよ義父上」

「お父様。いくらなんでもひどいわよ。母親にも娘を会わせない気でいらっしゃるなんて。あの子はわたくしとセドニオ様の娘なのよ」

 ベルナルドに続いてセドニオとオートリエも言い添えた。

「とにかく! レカルディーナはこちらにはいないんですっ!いないったらいないのよ」

 カルラが大きな声を出した。こうなるとただ駄々をこねている子どものようだった。しかしベルナルドも譲る気は無い。

「だったら調べられて困ることはないだろう。むしろ疑いを晴らすいい機会だろう」

 ベルナルドは冷たく言い放った。

「だからって、誰が好んで屋敷を踏みにじられたいものですか……」

 カルラが言葉に詰まった。

「ああそうだ。この屋敷のまわりは俺の部下が見張っている。使用人一人だとて出て行けば見逃しはしないよう伝えてある」

「なっ……。知らないわよ!レカルディーナの居場所なんて」

「お母様いい加減にしてください!」

 オートリエが我慢ならないといった風に声をあげた。

「だったらどこにいる。いい加減にしないとこちらも甘い顔をしていられなくなる」

「隣国の王家がなんだっていうんですか。ここはフラデニアですよ」

 ああいえばこういう。本当に子どものようだった。

「お母様もお父様もわたくしのことが許せないのは分かります。けれどレカルディーナをわたくしの代わりにするのはやめてください。あの子はパニアグア侯爵家の娘です」

「いいえ! あの子はファレンスト家の娘です。いずれディートフレンと結婚させてここでずっと暮らすのよ」

 その言葉を受けてベルナルドは奥歯をぎりりと噛みしめた。

「レカルディーナがそれを了承するものか」

「そんなもの関係ありませんわ。あの子も時期に目が覚めますから。お祖母様の言うとおりにすることが正しいということにすぐに気づきますから。オートリエの時のようには失敗はしません。今度こそちゃんと教育をして、ディートフレンと結婚させて、ずっと手元に置いておきます」

 カルラは高らかに宣言した。

 出て行った娘の代わりにレカルディーナを縛り付けることに情念を燃やしているのだ。彼女の意志など関係なく、それが正しいと思っている。

 母親の宣言を受けてオートリエがつかつかとカルラの前へと赴いた。

 にこりと笑ったかと思うとおもむろに水の入ったグラスを手に持った。そしてそのままグラスをカルラの頭上で真下へと傾けた。カルラの頭に水が滴り落ちた。

 突然の出来事にその場の全員が絶句をした。

「お母様、目が覚めましたかしら。寝言をお言いになるのはそろそろ勘弁してほしいわ」

 一瞬何が起こったか分からなかったカルラは呆けた顔をしていた。隣に座るディートヘルムも同様だった。髪の毛から水が滴り落ち、ようやく状況を把握したカルラが金切り声をあげた。

「親に向かって何をしているんですか!」

「親だからこそ、いい加減目を冷まして差し上げようとしたんです! あの子はお母様のお人形ではありません。意志を持った一人の人間です。自分が産んだ娘を意のままに操ろうとして失敗した後は、今度は孫娘ですか! いい加減になさってくださいっ」

「何よ! 思い通りにしようとして何が悪いんですか! すべてはあなたの為を思ったからこそわたしはあのとき反対したのに! それなのに勝手に出て行って!」

「わたくしだって自分の伴侶くらい自分で選べます!」

 カルラが金切り声をあげればオートリエも負けじと声を張り上げた。

「相手に選んだのがアルンレイヒ貴族で、しかも十以上も年の離れた、子持ちだなんて。とんだ笑いモノですよ」

「セドニオ様は素敵な方よ。そんな言い方するなんて、彼に謝ってください」

「二人とも止めなさい」

 親子喧嘩の様相を呈した二人の間にディートヘルムが割って入ろうとしたが、カルラに手を振り払われてしまった。

「あの子も自分の道を決めたのよ。どうして祝福してくれないの」

 オートリエが一段と大きな声をあげた。その瞳は真っ赤になっていた。感情が高ぶって涙が出てきたのだ。

「その相手がろくでなしの王子だから納得できないんだろう。調べてみれば政事に参加もせずに四年間も好き勝手していたそうじゃないか。しかもレカルディーナを王宮に閉じ込めているって言うじゃないか。そんな相手なんかに渡せるわけがないだろう」

 ディートヘルムがカルラの代わりに答えた。

「そ……それは」

 ベルナルドの過去の所業を持ち出されればオートリエも言葉に詰まった。

 自身の過去に足元を掬われっぱなしなベルナルドも黙るしかなかった。レカルディーナと婚約をしようとすると彼女の近しい者たちによく言われてきた言葉である。とりあえずこれからは職務怠慢はしませんと言うしかない。

「レカルディーナはのびのびと育ってきた娘です。王宮に閉じ込められるような結婚生活到底認められません」

「俺は別に閉じ込めているわけではない。ちょっと過保護にし過ぎていただけだ。これからは適度に里帰りだってすればいい。俺への不満はそれだけか。だったらもういいだろう」

「それとこれとは別です! わたしはあの子と一緒に暮らしたいの!」

 カルラが叫んだ。駄々をこねる姿はただの子どものようだった。

「お祖母様。我儘もその辺にしておきなよ。レカルディーナが選んだ道なんだよ。孫娘の結婚を認めてあげよう。孫は他にもいるだろう。そのうちひ孫だって生まれるよ」

 ディートフレンだった。いつの間にかやってきた彼が扉近くに佇んでいた。

「フレンまで何を言っているの! あなたはレカルと結婚するのよ」

「俺はレカルとは結婚しないよ。俺だってごめんだよ。他人に未練たっぷりなあいつを嫁さんにするとか」

 ディートフレンは自嘲気味に笑った。

 あまりに痛々しい笑顔だった。彼の表情と口ぶりからベルナルドは色々と腑に落ちた。そして、やはりかと自分の勘が外れていなかったことを悟った。どうりで初対面の時から気に食わない奴だったのだ。

「あなたまで……」

 カルラはぼんやりとした様子で呟いた。

「フレンおまえ少しはお祖母様の気持ちを考えてしゃべりなさい」

 ディートヘルムはカルラの肩を抱き、背中をさすりながら孫息子を窘めた。

「お祖父様も今回ばかりはちょっと頭の回転が鈍ったんじゃない。切れ者のファレンスト家当主が孫娘可愛さに暴走するとは」

「祖父に向かってなんて口のきき方をするんじゃ!」

 ディートヘルムが大声を出した時、応接間の扉が大きく開かれた。大きく息を切らした壮年の男性が飛び込んできた。

 金茶髪の男だった。ディートフレンとよく似た容姿をしていた。

「いい加減にするのは父上と母上の方ですよ。何アルンレイヒとフラデニア王家に喧嘩売っているんですか。レカルディーナ一人の為に我が家を滅亡させる気ですか」

 男の瞳は怒りに燃えていた。大きく息をしながらもその視線はまっすぐにディートヘルムとカルラを捉えていた。

「エグモント何を言っている」

「それはこっちの言葉ですよ。今アデナウアー家から通達がありました。ファレンスト銀行で発行している債権、手形に偽造の疑いがあると。これから捜査に当たると言ってきています。どうやらアルンレイヒ側からの申し立てがあったそうです」

 エグモントは最後にちらりとベルナルドの方を一瞥した。

 息子から詰められたディートヘルムもすぐに黒幕が誰か察知したらしい。忌々しげにベルナルドを睨みつけた。

「そんなもの、わしらがフラデニア王家に申し立てをすればすぐに覆るわい」

「だったら今すぐにでも試してみるがいい。向こうだって増長した商人の首根っこを捕まえたくてうずうずしているんだ。……あまり王家を軽んじるなよ」

 その言葉が終わりの合図だった。

 ベルナルドの言葉に彼の本気を悟ったのだろう。ディートヘルムは言葉に詰まった。


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