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元引きこもり殿下の甘くない婚約生活7

 ベルナルドは不機嫌だった。

 理由は明白である。レカルディーナが一向に王宮へと帰ってこないからだった。

 当初は一月の終わりごろには帰りますね、と言っていたのに、現在月も変わって二月に入ってしまった。当初の予定から四日も経っている。予定の日から二日経過した段階で、「結婚前の女って色々とあるんですよ。姉さんの時もそうでしたっけ。わたし本当にこの人の嫁でいいの? って悩んでプチ家出したっけなぁ……」とシーロが懐かしそうにして呟いた。おまえの姉とレカルディーナを一緒にするなと叫んでやろうとしたが、その前にアドルフィートがシーロの頭をひっぱたいのでベルナルドの出番はなかった。

 あれからなんとなくシーロの言葉がベルナルドの頭の中に残っている。聞けば女性は結婚前に精神的に不安定になることがあるらしい。らしいというのは身近にあまり例がなく、答えたのもあくまで一般論として聞きかじっただけですと前置きをした近衛騎士団数名からだ。

 せめて手紙でも届けばまだ我慢できるというのに、音沙汰がなければ嫌な想像だけが頭の中に湧いて出てくる。なにしろ女優になりたいと夢見る少女だったのだ。手元に置いておかないといつ気が変わってフラデニアに帰ってしまうか分からない。嫁に来いと強く望んでいるけれど、いまいちベルナルドの想いの強さと彼女のそれには温度があるように思えるのだ。戸惑っている様子が分かりすぎるくらいだからベルナルドの方も余計に焦ってしまう。そのくせ無防備なものだから自制をするのも難しい。結婚も人を好きになることもまるで考えていなかったけれど、レカルディーナと出会った今、彼女を手放すということは考えられなかった。

 ベルナルドは午前中にやるべき仕事を終えてパニアグア侯爵家へと向かった。さすがに我慢の限界を突破したのだ。本当だったら二月に入った時点ですぐにでも呼び戻したく、実際そうしかけたのだが王妃に止められた。「結婚前なのだから家族ともう少しゆっくり過ごしたいでしょう」と窘められたのだ。

レカルディーナの方に言い分があるのなら聞くし、もう少し実家で過ごしたいというのであればそれでもいいと思う。とにかく一度彼女に会いたかった。

 ミュシャレンのパニアグア侯爵家邸宅へたどり着くなりベルナルドは眉を潜めた。

 何かが起こっている。そう感じさせる空気があった。まずは、応対した執事の反応だった。長年侯爵家に仕えている老年の執事はベルナルドの突然の訪問に眉ひとつ動かさなかったが、一瞬瞳が泳いだ。ベルナルドをひとまず応接間へと通した後、客人向け侍女らに何かを伝えたのか、彼女は迷うように視線を少し彷徨わせた。

 ベルナルドはアドルフィートに目配せをした。

 ちなみにシーロはあまり気にしていないようで出された茶菓子に手を付けていいものか悩んでいる。

 レカルディーナが現れる気配ものなく時間だけが過ぎて行った。

 やがて表が騒がしくなった。だれか訪問者だろうか。ベルナルドはそちらの方へ意識を集中させた。レカルディーナではないと思った。

 屋敷の空気はぴんと張り詰めたままだった。

 それからもう半刻ほど経った頃、応接間の扉が開いた。

「おや、殿下じゃないですか。もしかしてレカルのこと待ちきれなくて迎えに来られたんですか」

 扉を開いて中へと入ってきたのはエリセオだった。

 相変わらず空気を読まないような軽薄な態度だった。ベルナルドはじろりと彼を一瞥した。

「それ以外に何がある? それよりおまえ仕事はどうした。まだ執務時間内だろう」

「いやあ、殿下にそんな突っ込みを入れられる日がくるとは思いませんでしたよ。最近頑張っているって聞いてますよ。あと、地味に軍に混じって拳銃や剣術の訓練も再開されたようで。やっぱり愛って人を変えるんですねぇ」

 エリセオの明るい声だけが辺りに響いた。

「そうなんですよ。殿下急にやる気をみせ始めたんですよ」

 明るい声に呼応した人物が一人だけいた。シーロである。

「シーロ、少し黙っていろ」

 ベルナルドはシーロを黙らせてエリセオの方へ向き直った。じっと視線を外さずにしているとエリセオはひょいと肩をすくめて真面目な顔をつくった。

「侯爵夫妻は何をしている。いるのは分かっている。呼んで来い」

「分かってますよ。まあ実際こちらとしても八方ふさがりだったわけで。殿下の耳に入れた方がよいかもしれないですしね」

 エリセオは少し待っていてくださいと言い残して応接室から出て行った。

 やはり何かしらあったようだ。十中八九レカルディーナのことだろう。まさか本当に女優にでもなると気が変わって家出でもしたのだろうか。今まで王宮に住んでいて、王太子妃になるというベルナルドの言葉に流されてきたけれど、実家に帰ったことで昔の夢を思い出したか。年の暮に首飾りを贈った時、彼女から言葉を返してもらった。確かに「お嫁さんにしてください」と言ってくれたのに、やっぱりあれ取り消しますとかそういうことだろうか。

 ベルナルドが自分の考えに没頭していると扉の向こう側に人の気配が近づいてきた。どうやらセドニオが顔を見せる気になったらしい。

 扉を開きセドニオと夫人、そしてエリセオが姿を現した。

「王太子殿下には本日もご機嫌麗しゅう……」

「そういう飾り言葉はどうでもいい。それよりもレカルディーナはどこにいる?」

 ベルナルドは口上を遮った。

 セドニオはあまり寝ていないのか目の下に隈を作っていた。こころなしか顔色もよくはなかった。それは夫人にもいえることで、オートリエもあまり血色がいいとはいえない顔色をしていた。

 ひとまず応接間に人が集まった。侍女が新たに加わった人数分の茶器を用意し、ベルナルドらのカップにも新しいお茶を注いだ。

 侯爵夫妻は座ったはいいものの茶に手を付けるわけでもなく沈痛な面持ちで考え事をしているようだった。

「ええと……娘は……」

「レカルディーナに会いたい」

 もう一度ベルナルドは伝えた。

 この問いにセドニオとオートリエは口を閉ざしたままだった。どちらが口を開くかお互いに逡巡しているのが見て取れた。最初に口を開いたのはオートリエの方だった。

「申し訳ございません、殿下。娘は……こちらにはおりません。それというのも……、母が、その……フラデニアへ連れ去ってしまいました」

 パニアグア侯爵家以外のこの場にいる人間が息を潜めた瞬間だった。




 レカルディーナはフラデニアにあるファレンスト家の邸宅に軟禁状態であった。

 自室以外では常に侍女や従僕に見張られているのだ。特に庭を含む外への外出には厳しい制限がついた。

 今はファレンスト家でのレカルディーナの私室にいた。窓辺に立って外を眺めている。

「レカルディーナ、今日はこれから舞台を観に行かない? お祖母様もレカルと一緒に歌劇団の新作公演に行きたいわ」

 室内には祖母カルラがいた。

 さきほどから猫なで声でごきげんを取ろうとあの手この手でレカルディーナの興味を引こうとしている。

「いいえ。行かないわ。そんな気分じゃないもの」

 内心すこーし後ろ髪を引かれるけれどレカルディーナは断った。

 とにかく怒っているのだ。

 それというのも自分の意志とは関係なくフラデニアに連れて来られたからだ。その方法というのがふざけている。

「なあに、まだ怒っているのかい? ちょっと睡眠薬を飲ませたくらいで」

 カルラは聞こえよがしにふうっとため息をついた。

「ちょっと、じゃないでしょう。お祖母様! 普通孫娘に睡眠薬飲ませて隣国まで連れ去るって、そんなことしないわよ! 犯罪だわ! 拉致監禁よ」

 レカルディーナは勢いよく振り返った。

 そうなのだ。強烈な睡魔に襲われたのも無理は無い。あの日、茶会が終わった屋敷の飲み水に睡眠薬を混ぜ込んだ。目の前で素知らぬ顔をして茶を飲む祖母、カルラが。

 よりにもよって孫娘に薬を盛ったのだ。信じられない。

 それを聞かされた時レカルディーナは気が遠くなりかけた。

 いくら家族であってもやっていいことと悪いことくらいはある。本人の意思関係なく家族の元から連れ去るなんて、断然に後者だ。

「あら、あなたをあの王太子の魔の手から守るんだからこのくらい当然でしょう。だいたい、あなた熱に浮かされているだけなんですよ。一時の熱病で人生棒に振る気ですか。まったく、オートリエの時は失敗しましたけど、今回は前回のような間違いはしません」

 カルラは当然のように言ってのけた。悪びれない態度はいっそ清々しかった。

「王太子の魔の手って……。何度も言っているでしょう。別に殿下は悪くないし、わたしだって、その……ベルナルド様と結婚することは嫌じゃないっていうか、むしろしたいっていうか……」

 結婚したい、好きとはまだ大声で言えないレカルディーナは後半ごにょごにょと小さく呟いた。ここ数日押し問答を続けているが祖母は一向に聞く耳を持たないのだ。


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