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元引きこもり殿下の甘くない婚約生活4

「ちょ、ちょっと兄様! なんてこというのよ」

「あ、ほらその顔」

「もう!」

 ディートフレンとは年に数回しか会うことが無かったといえども、お互い長い休暇の時には同じ屋敷で過ごすことも少なくなかった。ベルナルドにとってアンセイラが気の置けない幼なじみであるならば、レカルディーナにとってはディートフレンがそのような存在だった。そう思い至って、なんとなくベルナルドの言いたいことが分かったような気がしたレカルディーナだった。ついでに、そんな近しい相手に恋の話をされると反応に困ってしまうことも初めて知った。

「それにしてもレカルディーナ。本当にあなたいいの? 相手はいずれ国主になられるお方なんでしょう。そんなお人のところにお嫁に行くなんて」

 それまで二人の話に加わることのなかったカルラがやんわりと会話に混ざってきた。その表情は思いのほか固かった。

「それは、まあ確かに大変かもって思うこともあるけれど」

「思う、ではないですよ。あらぬもめ事に巻き込まれることだってありますからね。大体レカルディーナは本当に殿下のことが好きなのかい? 聞けば殿下のほうから熱心に打診してきたっていうじゃない。おまえの意思を無視しているんだったら、わたしがなんとかしてあげるよ」

 レカルディーナは改めて祖母の顔をまじまじとみた。

 そういえばレカルディーナの結婚について彼女が自分の意見を述べるのは初めてのことだった。祖父ディートヘルムは少し複雑そうな顔をして、「そうするとなかなかフラデニアにも来れなくなるなあ」と言っていた。その祖父はアルンレイヒについて早々ファレンスト商会のミュシャレン事務所に通い詰め財務状況や営業成績などの資料を丹念に読みふけっている。昨日からミュシャレンの拠点を一足先に中心部のホテルへと移している。ディートフレンも明日からは祖父の元へ赴き、彼と同じ部屋に滞在するのだ。

「お祖母さま、もしかして結婚に反対しているの?」

 レカルディーナは恐る恐る尋ねた。

 孫娘の問いかけにカルラは小さく居心地悪そうに身じろぎをしてレカルディーナから視線を外した。その仕草がすべてを物語っているように感じられた。

 カルラはおもむろに口を開いた。

「そりゃあね。オートリエがパニアグア侯爵家へ嫁いだのだって大変なことでしたからね。それがあなた王家へ嫁ぐなんて。一般人が王子様と結婚したら苦労するに決まっているじゃないですか」

「お祖母様、レカルは侯爵家の令嬢ですよ」

 ディートフレンがやんわりと口をはさんだ。

「お黙りなさい。たとえそうだとしてもファレンスト家の血だって入っているんです」

 カルラは昔からレカルディーナをパニアグア侯爵家の娘ではなく、ファレンスト家の娘として扱いたがっていた。そういうわけだから彼女の中では平民の娘が王家へ嫁ぐという感覚なのだ。

 確かにレカルディーナも不安が無いかといえば嘘になる。ベルナルド自身はああいう人なので元から格式とか伝統とかあまり気にする性質ではないけれど、それでも王室へ嫁ぐのだからレカルディーナも今後はまったく無関係というわけではない。現国王の妃であるカシルーダを見ていると、自分にもあんな威厳とか気品が備わるようになるのだろうか、と疑問に思うことだって多々ある。

「わたしは大丈夫よ。殿下……じゃなかった、ベルナルド様とも約束したもの。ずっと一緒にいますって」

 レカルディーナはやわらかく微笑んだ。

 その笑みを、ディートフレンがなにかまぶしいものをみるような顔つきで眺めた。カルラはまだ言い足りないのか不満げにレカルディーナのことを見つめていた。

「一緒にって。またそんな。精神論だけでは結婚なんてできませんよ。一時の熱に浮かされた状態で結婚しても失敗するに決まっています。オートリエだって人の忠告なんてまるで聞かないで、勝手に結婚して。まったく」

「あら、お母様とお父様は仲良しよ」

 まるで両親の結婚がさも失敗だったかのように言われたレカルディーナはつい反論をした。カルラはぴくりと片眉を持ち上げた。

「けれどあの子だって苦労し通しじゃないか。大体……」

「まあまあ、お祖母様。今日はもう遅いですしこの辺で。レカルディーナも部屋へ戻りなよ。冷えると体に良くないよ」

 ディートフレンがカルラの声を遮ってくれてレカルディーナは少しだけホッとした。お言葉に甘えてそのまま挨拶をし、自室へと向かった。

 階段を上っていると、先ほどの会話を思い出してしまいレカルディーナは表情を曇らせた。結婚するなら皆に祝福されて結婚式を迎えたい。

 ベルナルドの長年の引きこもりを知っている国王と王妃はレカルディーナのことを手放しで迎え入れた。今まで誰もなしえなかった王子の政務復帰に貢献し、また孫は絶望的だと諦めていたのに、彼の方から妃にしたい娘がいると請うたのだ。国王とベルナルドの実父であるモンタニェスカ公爵は涙して喜んだくらいだった。一方のパニアグア侯爵家といえば、手放しで祝福をしてくれたのはオートリエだけだった。先日の食卓でも分かるように、父は本心では、まだ認めていない。こちらは主にベルナルドのこれまでの生活態度が響いている。たしかに引きこもりをしていたけれど、彼にも彼なりの事情や想いがあったのだ。別に怠けるのが大好きというわけでない、と思う一応。面倒くさがりなところはあるけれど。

 やっぱりレカルディーナに王妃の資質なんてないのだろうか。

 レカルディーナはため息をついた。今一人になりたくないな、と思うと途端にベルナルドに会いたくなってくる。当然のように腕の中に招き入れてくれて、まだ結婚前なのに距離がとっても近くて、正直まだまだ心がついていかないことのほうが多いけれど、不安なときや心細い時に浮かぶのはベルナルドなのだ。

 昼間に会ったばかりなのに、それでも会いたくて会いたくて胸の奥がきゅっと痛んだ。

 どうしてもう少し実家にいたいなんて、言ってしまったのだろう。

「どうしたんだ? こんなところで。風邪ひくぞ」

 後ろから優しい声音が響いた。レカルディーナが振り向くと微笑を浮かべた従兄の姿があった。

「お祖母様は」

「ちゃんと客間に送ってきた」

 ディートフレンはレカルディーナに近づいてきた。

 三歩ほど離れた位置で立ち止まった。レカルディーナが不思議そうに彼を見上げるとディートフレンは小さく苦笑を浮かべた。

「まあ、あれだ。お祖母様のあれは、なんつーか。さびしいんだよ。フラデニアにすぐに帰ってくるって息巻いていたお前が全然戻ってこなくて、手紙もこないとやきもきしていたらいきなり王子の嫁になるなんて叔母上から手紙が来たもんだから」

 今度はレカルディーナが身を縮こませる番だった。

 女優になりたい、フラデニアの方が自由な雰囲気で大好き、卒業してもフラデニアで暮らしたいな、友達もこっちのほうが多いし、と何かにつけて言っていたレカルディーナだった。

「それは……その」

「分かっているって。いろいろとあったんだろう。今日のでちゃんと分かったから。レカルが殿下のことを好きだって。殿下もめちゃくちゃお前のことしか眼中にないって感じだったもんな」

「え……」

 ディートフレンの言葉にレカルディーナは二の句を継げなかった。

 人から指摘をされると恥ずかしすぎて反応に困るのだ。しかも、ベルナルドが自分しか眼中にないとか、指摘されると恥ずかしい。

「ほらその顔」

 おもむろにディートフレンが腕を伸ばしてきてレカルディーナの髪の毛をぐしゃっと少し乱暴に撫でた。ベルナルドとは力の強さが違う。彼はもっと大事な宝物を愛おしむようにレカルディーナの髪の毛をやさしく梳くのだ。従兄の仕草につい婚約者のことを想い浮かべてしまってレカルディーナは慌てて身を引いた。なんとなく、他の男性に触れられたくなかった。

 レカルディーナの行動にディートフレンが寂しそうな表情を浮かべた。

「お祖母様のことはもうちっと待ってやれ。多分そのうち踏ん切りがつくだろうからさ」

 そして俺もな、と続けた言葉は口の中だけで呟いたものだったためレカルディーナが気づくことは無かった。

「ほら、もう寝ろ」

 ディートフレンは大きな声を出してレカルディーナを寝室へと追いやった。

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