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元引きこもり殿下の甘くない婚約生活

続編です。

番外編というには長くなったので……

これはレカルディーナとベルナルドが無事に年の瀬に行われた王家主催の晩餐会で婚約披露をしたあとの話である。

 これまで小さな箱庭、寄宿学校の中で過ごしてきたレカルディーナにとって王家主催の晩餐会は人生の中で初めての大舞台だった。もちろん学校で一通り礼儀作法は習っている。しかしフラデニアとアルンレイヒではフォークの使い方一つ、微妙に違うことがあるのだ。フラデニア流のマナーで思春期を過ごしてきたので矯正作業はなかなか大変だった。

 レカルディーナのお披露目は滞りなく済んだ。

 パニアグア侯爵家といえばアルンレイヒでも格式のある家柄であり、現王家とも別段確執があるわけでもない。そして、あまたの令嬢が失敗した引きこもり王子を外に引っ張り出すという偉業を達成した女性が現れたのだ。大臣、高官らは感謝こそすれ非難することはなかった。たとえ晩餐会に現れた婚約者の髪の毛が短くても、だ。多少フラデニアの文化に浸かっていても、まあ仕方ない。というか彼女は殿下の虫好きに耐えたのか、と自身の娘が殿下からの贈り物によって失神した経験を持つ幾人かの貴族は心中でこっそり感心した。

 新しい年を迎えても、相変わらず王宮で過ごしているレカルディーナだったが、このたびようやく里帰りの許可が下りた。

 婚約披露を済ませ、ベルナルドが心の余裕をみせてくれたおかげだった。

 それまではパニアグア侯爵家当主、レカルディーナの父親から結婚の反対を受けていてベルナルドが絶対に彼の手元から放してくれなかったのだ。

 結婚したらどうせずっと一緒に住むんだから、最後に家族団らんさせて、とレカルディーナが懇願に懇願を重ねたのだ。特に家族に思い入れなんてないと言っていただろう、とベルナルドは難色を示したが、最後くらい家族とゆっくり会話した方がいいな、と思ったのはレカルディーナもここにきてようやく結婚するという自覚が沸いてきたからでる。あとあわよくば自由のきく今のうちにミュシャレンの街歩きをしておきたいという思いもあった。本音を言えば後者の方が割合的には強いけれど、これをベルナルドに言うと絶対に里帰りを却下されそうなので内緒だった。

 そんなわけで現在レカルディーナは王都にあるパニアグア侯爵家へと帰ってきた。留学から帰ってきて、少しの間しか滞在しなかった我が家である。

「ただいまー」

 父と母が出迎えてくれてレカルディーナは元気よく帰宅の挨拶をした。

「おかえりなさい」

 母オートリエはおっとりとほほ笑んだ。

 一時は娘の奇行を目の当たりにして自身の子育てに悩みすぎて心を閉ざしたこともあったけれど、紆余曲折しレカルディーナの結婚が決まって一番に喜んだのがオートリエだった。

「おかえり、レカルディーナ。婚約破棄して帰ってきたということでいいのかな」

「あなた! なんてことを言うの」

 一方の父セドニオはいまだに未練がましく婚約破棄を娘に炊きつけてくる。

 オートリエの一喝を受けて目を泳がすものの、本心はあんな引きこもりにうちの娘はやれるか、である。

「はいはい。婚約破棄はしていませんっ! だいたい今回だって一日一通以上手紙を書いてよこせって、で……ちがった、ベルナルド様に口を酸っぱくして言われているんだから」

 レカルディーナはうんざりしたような口調だが第三者から聞けば惚気以外のなにものでもない。現にそれを聞いたセドニオは屋敷に巨石でも落ちてきたかのような衝撃を受けた顔をして、オートリエは少女のように頬を褒めた。

「まあ、殿下と仲がよろしいようでお母様安心だわ。あなたもようやく女の幸せがなんたるものかについて分かってくれたのね」

「……」

 オートリエが我が意を得たとばかりに納得顔をしてくるので、今度はレカルディーナが渋面を作る番だった。

 別に母のいいなりになって結婚相手を探そうと思ってベルナルドを射止めたわけではない。色々とあって、気が付いたらこうなっていたのだ。ついでにいうならベルナルドのことが気になるかも、と自分の気持ちに戸惑っていたところを本人からごり押しされてあれよあれよというまに婚約と結婚の段取りが整っていたのだった。しかもずっと王宮にいたから客観的に事態を把握できていない。たまに思う、本当にわたしこの人と結婚するのかしら、と。本人に言うと絶対に怒られるか拗ねるかすると思うから口には出さないけれど。

「もう、いいでしょう別に。荷物を置いてくるわ」

 親の前でベルナルドのことを思い出してしまって照れくさくなったレカルディーナは少しぶっきらぼうに断りを入れて二階にある自室へと向かった。

 十三歳のときに寄宿舎へと入ったため、内装は当時のままである。少女らしいというよりもまだ子供っぽい部屋だった。

 自室はあのときのままの状態で保存されていた。

 衣装室はさすがに冬物ばかりに代わっていたけれど、棚や引き出しの中はレカルディーナが出ていった時と変わっていなかった。

 書き物机の上をそっと撫でれば懐かしい気持ちになった。




「そうそう、今度お母様とお父様、そしてディートフレンがいらっしゃるのよ」

 オートリエがそう切り出したのは夕食の席のことだった。

 久しぶりに親子水入らずの食事だった。

 父、母、兄その一、その二がそろっての席だった。長兄ディオニオはミュシャレンに自身の邸宅を構え、すでに妻子がいるのだが今日はセドニオが顔を出せと呼びだした。エリセオも現在自身が籍を置く軍施設にほど近い場所に部屋を借りており、パニアグア侯爵家本宅へ戻るのは週に数回だけだが、今日は仕事を早く切り上げてきたのだ。一応まだ屋敷内に彼自身の部屋も残してある。書類は部下にすべて任せてきたと笑っていたためレカルディーナは内心で哀れな部下に合掌した。この兄の下にいるのだから、本当に振り回されているに違いない。

「フレンお兄様が?」

 家族がそろってもレカルディーナが兄と会話をすることは滅多になかった。母違いで、しかも年が離れすぎているため物ごころついた時から何を話せばいいのか分からないのだ。そのため今も会話はもっぱら父と母のみだった。

「ええ、なんでもミュシャレンに支社を設立するための視察だそうよ。ディートフレンが責任者として赴任するのですって」

「へえ、ファレンスト商会がいよいよアルンレイヒに進出するのですか」

 エリセオが興味を持ったようで会話へ入ってきた。

「ええそうみたい。もともと事務所は構えていたのだけれど、もっと規模を大きくして、いくつかの決済の権限移譲もするんですって。本格的にミュシャレンに本拠地をかまえるだそうよ。いずれはファレンスト銀行の支社もつくるのですって」

 エリセオの質問にオートリエが流暢に答えた。

 このあたりの情報は親族特権なのかダダ漏れなのだ。

「それはすごいですね。ファレンスト商会はいまや飛ぶ鳥を落とす勢いですからね」

「ありがとう、エリセオ。詳しいのね」

 実家を褒められてオートリエはまんざらでもなさそうだ。

 オートリエの実家ファレンスト家は新興金持ち、ブルジョワ層である。代々の収める土地からの収入ではなく、ここ数十年ほどで増えた商売で財をなした一族なのだ。隣国フラデニアでは知らない者はいない、と言われるほどの一大勢力を築き上げており、貿易や銀行業で財をなし、最近では鉄道事業にも出資をしている。その財はその辺の貴族をもしのぐ勢いで国の事業にも多額の資金提供をしている。

 そのファレンスト家当主の娘がオートリエなのだった。

「ふうん、そうなの。それで一緒にお祖母様たちもいらっしゃるのね」

 レカルディーナには難しいことはわからない。単純に久しぶりに祖父母と従兄に会えるのがうれしい。フラデニア留学時代、休暇があれば祖父母の屋敷に滞在していたのだ。何人かいる従兄弟とも仲がいい。寄宿学校を卒業してから会う機会がなかったから、今回彼らがアルンレイヒを訪問するという一報はレカルディーナにとっても嬉しいものだった。

「そうよ。お母様ったらレカルディーナに会いたくて会いたくて、だったらこっちからアルンレイヒに行くわって。手紙に書いてあったわ。婚約のお祝いの言葉も直接言ってくださるのではないかしら」

「え、わたしが結婚すること知っているの?」

「当り前でしょう」

「そ……そうよね。当り前よね」

 レカルディーナは慌てて笑顔を浮かべた。

 卒業式前、女優になりたいなあ、と夢物語を語ったこともあるので、結婚しますという事実を知られているのがなんだかとても気恥かしい。

「みんなあなたがいいお相手をみつけたから嬉しいのよ。ねえ、あなた」

 オートリエはそう言って隣のセドニオを見るが、父は仏頂面のままだった。あきらかに喜んでいない。

「ディオニオも嬉しいわよね」

 めげない母は今度は義理の息子であるディオニオに笑顔を向けた。

「どうでしょう」

 ディオニオはどこまでもそっけない態度だった。

「僕は嬉しいですよ」

「でしょう、エリセオ」

 ようやく満足のいく答えを貰ったオートリエはほほ笑んだ。

 人の悪い笑みを浮かべているエリセオの言うことなど当てになるものか。レカルディーナはじっとエリセオを睨みつけてやった。大体エリセオは最初ベルナルドがレカルディーナを嫁にもらうと宣言した時盛大に反対したと聞いていた。

「元引きこもり殿下とじゃじゃ馬娘。面白い組み合わせで退屈せずにすみそうじゃないか」

 にっこり人のよい笑顔で毒を吐くエリセオにレカルディーナはすぐさま兄に蹴りを入れてやりたくなったのだった。


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