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四章 男装令嬢、隣国へ7

「おい、戦争が始まるぞ……」

 部屋の隅ではフェランとアリッツがこそこそと話をしていた。

(ちょ、そんな恐ろしいこと言わないで)

 ファビレーアナは悔しそうにぎりりと口を噛みしめた。エルメンヒルデが昔からの仲をことさら強調するような自己紹介をしてみせたのが気に食わないのだ。

 ファビレーアナがレカルディーナの方へと近づいてきた。怖いと思ったのかエルメンヒルデはレカルディーナの腕に自身のそれを絡ませてきた。

 レカルディーナの隣までやってきたファビレーアナも空いている方の腕に自身のそれを絡ませた。レカルディーナをはさんでエルメンヒルデとファビレーアナが対峙した。どちらも言葉は発しないが、お互いを凝視していて、ぴりりとした空気がその場を支配した。

 レカルディーナは今すぐ逃げてしまいたかったが、両腕を獲られている以上無理な話だ。

「ルディオ様から手を離しなさないな! 彼はわたくしのものですわよ」

 先にファビレーアナが先制攻撃を仕掛ければエルメンヒルデも負けてはいなかった。

 むっと、唇を尖らせて応戦した。

「あなたこそ手を離してくださいな」

「あなた何の権利があってルディオ様にそんなにも馴れ馴れしいんですの?」

「わたくしとルディオ様は昔から固いきずなで結ばれているんです。一緒の寝台で眠ったこともありますし、わたくしが閉じ込められているときに外の木を伝って差し入れを持ってきてくださったこともありましたわ。泣いているわたくしを優しく慰めてくれたこともございました! わたくしにとって運命のお相手なのです!」

(いやそれ何年前の話……。しかも運命の相手とか、エルメンヒルデはわたしが女だってこと分かってるわよね)

 レカルディーナは内心つっこみを入れた。

しかし一度始まった戦争は止まる気配をみせない。

「なんですって! わたくしだって一緒にお茶をしたこともございますし、病気の時看病だってしたことありますもの! そんな自慢大したことございませんわ」

(いや、あの時はダイラがずっと看てくれていたはず)

 看病すると駄々をこねたファビレーアナが一度だけ周りの制止を振り切って自身の自室へとやってきた事実を知らないレカルディーナだった。

「別に自慢などしていません。わたくしの方がルディオ様のことをよく知っていると述べただけです」

「それが自慢っていうのですわ! いやね、ひけらかす女って」

「あなたこそ! そもそも途中から入ってきたのはあなたの方でしょう」

「なんですって!」

「大体、あなたルディオ様の何をご存じだというの? ルディオ様はゆくゆくはフラデニアに帰って来られるのよ。あなたと結婚などするはずもないでしょう」

 レカルディーナをはさんで二人の口論は白熱の一途を辿っていた。二人ともなにか言えば返すので声も大きくなっていく。

「な、なんですってぇぇぇ!」

 ファビレーアナがヒステリックに声を荒げた。

 レカルディーナは横で聞いていて、青ざめた。その話はベルナルドがいる前ではしてほしくない。

「だって、おね……ルディオ様はおっしゃっていましたもの! このお仕事が終わったらフラデニアにお引越しするって」

「エルメンヒルデ、黙りなさい! ……ファビレーアナ嬢も少し落ち着いてください」

 エルメンヒルデの声に被せるようにレカルディーナがついに声を荒げた。普段あまり出さないような鋭い声にエルメンヒルデも感じるものがあったのかすぐに口をつぐんだ。ファビレーアナに対しては幾分口調を和らげたものの、有無を言わせない迫力があった。二人ともレカルディーナの本気を感じ取ったのか口を閉ざした。ようやく辺りに静けさが戻ったが、三人の周りにはベルナルドや近衛騎士らが輪のように取り囲んでいた。

「申し訳ございません。ルディオ様を困らせるつもりはなかったんです」

 エルメンヒルデはしゅんと項垂れた。

 対するファビレーアナはルディオの手前大人しく従ったもののエルメンヒルデに対してまだ言いたいことがあるのか、少し不満そうに彼女のことを睨んでいた。

「いいの。こっちこそごめんね、ちょっと強く言い過ぎちゃったね」

 レカルディーナは寄宿学校時代のように、エルメンヒルデを引き寄せて、頭を撫でた。

「……ルディオ様」

 エルメンヒルデも大きな瞳をうるうるとさせてされるがままになっている。

 室内に微妙な空気が漂った。

 そして。

 すぐ隣で親密な間柄を見せつけられたファビレーアナはみるみるうちにその瞳に大粒の涙を浮かべた。

「ル、ルディオ様の浮気者ぉぉぉ~!」

 涙がこぼれた瞬間、ファビレーアナが叫んだ。

 彼女にベチンと頬をはたかれ、驚いてファビレーアナの方を振り返った。

 ファビレーアナは「うわぁぁぁん」と泣き声を上げながら走り去っていった。

「えぇぇっ! ちょ、ちょっと待って。何したっていうの」

 慌てて当たりを見渡すと、目の合ったアドルフィートが気まずそうに視線をそらした。


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