四章 男装令嬢、隣国へ6
式典が近づくと忙しくなるため、レカルディーナの休暇は三日後ということになった。
「ルーヴェで休暇が貰えるなんて思ってなかったから嬉しいよ」
「そうだね」
昨晩急遽ベルナルドから皆の前で提示された休暇の話である。近衛騎士も侍従も希望があれば隊の中で調整して各自自由に休みを取ってかまわないというお達しがでた。
「さすがはベルナルド殿下だ。立派にご成長されて私は嬉しい!」
レカルディーナが近くにいた近衛騎士と雑談をしていると、なぜだかアドルフィートが歓喜の涙を流しながら割って入ってきた。
「まさか殿下自らが休暇を提案するとは思いませんでした」
「殿下って最近優しくなりましたよね」
レカルディーナも言い添えた。
先日の控えめな笑みを思い起こせば、なんだか少し心の中がこそばゆくなる。
「なにおう。本来の殿下はとても思慮深いお方なんだぞ」
「その通りです」
騎士の返答を受けてアドルフィートが満足げにうなずいた。
(そうだわ、エルメンヒルデへの手紙はどうやって届けようかしら)
お出かけの詳細を決めるためのものだが、レカルディーナは自由があまりきかない。それにルディオが公爵家の令嬢に手紙を送るのがばれたら、それはそれで要らぬ詮索まで受けそうだ。
騎士らの会話から外れて一人うんうんと唸っていると、 外から近衛騎士のフェランやアリッツの声がした。ついでに女性特有の高い声もとぎれとぎれに聞こえた。
なにか既視感があるな、とレカルディーナは嫌な予感がした。予感ついでにそおっと別の扉を開けてみた。
続き間では爆弾娘が騎士らと格闘していた。
近衛騎士らが爆弾娘とこっそり呼んでいる、侯爵令嬢ファビレーアナである。
赤茶色の巻き毛を左右りぼんで結び、群青色のドレス姿をしている。
「ファビレーアナ嬢?」
レカルディーナは目を丸くした。
ここはフラデニアの宮殿だ。アルンレイヒにいるはずの侯爵令嬢がなぜにこんなところに。
「ルディオ様! お会いしたかったですわ」
レカルディーナに気がついたファビレーアナは勝気な瞳をきらりと輝かせて、レカルディーナの方へ突進してきた。
レカルディーナは慌てて寸前のところでどうにか彼女の突撃をかわした。
「んもう、ルディオ様ったら相変わらず照れ屋さんなんですから」
ファビレーアナはぽっと頬を染めた。
「ちょっと待って。どうしてここに?」
「それはもちろんルディオ様にお会いする為ですわ~」
「いや、そうじゃなくって。どうやってここまで来たの? というかフラデニアまでよく来たね。どこかホテルにでも泊っているの?」
「うふふ。わたくしの大伯父の奥様の弟君の息子夫婦がルーヴェに屋敷を持っているので、そちらに滞在しておりますの。ついでに王宮まで連れてきてもらいましたのよ。すべては愛するルディオ様がこちらの王宮でどこぞの魔性の女の毒牙に掛からないか見張る……もとい、毒牙からお守りするためですわ」
「そうなんだ……」
レカルディーナはまだ見ぬファビレーアナの遠い親戚に心の中でごめんなさいと謝った。この調子で王宮まで付き合わされた親戚(ほぼ他人と言っていい)の人たちが不憫すぎる。
というかフラデニアにまで追いかけてくるとはお金持ちのお嬢様が暴走することほど性質の悪いものは無い。しばらく平穏な日々が過ごせると思っていたのにフラデニアでもファビレーアナに追い回される日々が続くのかと思うと正直気が重い。
「さあお茶でも飲みながらゆっくりとお話しいたしましょう」
「ここ迎賓館だし、基本関係者以外立ち入り禁止……」
すっかり我が物顔で場を仕切りだすファビレーアナに、無駄だとは思いつつレカルディーナは進言した。腕を取られずるずると応接間へと引きずられていくと、同じく様子を見に来たアドルフィートと目があった。渋面を作った彼になんとか助けてほしいと無言で訴えてみたけれど、困り果てたように小さく首を振られてしまった。
(団長の裏切り者ぉぉぉ)
その時、出かけていたイスマエルが戻ってきた。
「ここは部外者は立ち入り禁止だぞ。誰の許可を得ているんだ」
「ブランカフォルト家の者ですわね。そんな人物がわたくしに命令をするとはいい度胸をされていますわね」
「なんだと! 家名など関係ない。ここは殿下のおられる場所だ。呼ばれてもいない貴殿が何の権利があって足を踏み入れる!」
「まーあ! なんですって。わたくしは殿下がリポト館に引き籠っていらっしゃる時から何かと気にかけて差し上げていましたのよ。ぽっと出の側付きに命令されたくはありませんわ!」
イスマエルの上から物を言う態度が許せなかったのかレカルディーナの前ということも忘れて素で言い争いを始めたファビレーアナだ。レカルディーナの側から離れてくれたのはよかったが、今度はとても騒々しくて耳線がほしくなってきた。これは絶対に奥の部屋にいるベルナルドにも筒抜けだろう。案の定二人の言い争いに止まる気配がない中、限界点が来たのかベルナルドが顔を覗かせた。案の定、顔は不機嫌そのものであった。
「なんだあれは」
「殿下申し訳ございません。……見てのとおりでございます」
アドルフィートが挺身して事の次第について説明した。
「さっさとつまみだせ」
「ルディオ、おまえちょっと彼女と散歩でもしてきてくれないか」
アドルフィートの言葉にレカルディーナは蒼白になった。
「え、僕ですか」
「すこし相手をしてあげれば気もおさまるだろう」
「待て。どうしてこいつがそんなことをする必要がある」
と、今度はなぜだかベルナルドが横やりを入れてきた。
やむ気配のない喧騒の中、今度はルーヴェ・ハウデ宮殿の女官に連れられたエルメンヒルデが顔を出した。
「みなさまごきげんよう。ルディオ様はいらっしゃるかしら。今日はフラデニアのお菓子をお持ちしましたのよ。みなさまで召し上がってくださいな」
室内修羅場の様相を呈しているにもかかわらず、のんびりとした口調である。金色の髪の毛をきちんと結いあげ、落ち着いた薄茶色のドレスを身にまとったエルメンヒルデは自身で持っていた白い箱を胸の前に掲げて見せた。
「なんだってこの女まで」
ベルナルドが不機嫌そうに顔をゆがめた。
(エルメンヒルデ。なにもこのタイミングで姿をみせなくても……)
後からやってきた令嬢の目当てもルディオということを知った、いつもファビレーアナ対策係の最前線に送られるフェランとアリッツは口元を引きつらせた。
「ルディオ様のお好きな菓子店で特別に作っていただきましたのよ。よろしければ皆様も一緒に召し上がってくださいな。是非アルンレイヒでのルディオ様のお話もお聞きしたいですわ」
エルメンヒルデは近くに控えている侍女に菓子の入った箱を預け、とことことレカルディーナの方に近づいてきた。
「ルディオ様。そのお方はどなたですの?」
その時になってようやくファビレーアナも新たな訪問者の存在に気が付いたらしい。彼女はエルメンヒルデの方を注視していた。
視線に気がついたエルメンヒルデもファビレーアナの方に顔を向けた。
「おね……ルディオ様のお知り合いですか?」
「かのじょは……」
「わたくしの名前はファビレーアナ・グラナドスですわ。父はアルンレイヒの侯爵ですの。こちらにいらっしゃるルディオ様は将来わたくしの旦那様になられる方です」
口を開きかけたレカルディーナの上からかぶせるように居丈高な声が響いた。
張りのある声は室内に届き、もちろんエルメンヒルデの耳にもしっかりと届いた。彼女はレカルディーナが女だと知っているので、旦那様のくだりで大きく目を見開いてレカルディーナの方へ振り返った。
(お願いだからわたしに何も聞かないで……)
レカルディーナはエルメンヒルデの問いかけるような視線から逃げるように明後日の方向を向いた。
「……まあ、そうですの。はじめまして。わたくしエルメンヒルデ・ド・アデナウアーと申します。父はフラデニアの公爵ですわ。ルディオ様とは三年ほど前から親しくさせていただいておりますの。今日は皆さまと親交を深めたいと思い、ルディオ様が昔から好きだったお店のお菓子を持ってきましたのよ」
「ああ、あなたが……」
ファビレーアナの方はエルメンヒルデという名前にぴくりと反応した。以前エリセオが面白がってエルメンヒルデからの手紙をファビレーアナの前で渡したことがあった。ファビレーアナはしっかりと手紙の差出人の名前を覚えていたのである。




