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二章 不機嫌な殿下にご用心6

「その、殿下が僕のことを運んだと聞きました。重いものを持たせてしまって申し訳ございません」

「おまえ一人運ぶくらいの体力は持っているつもりだ」

「そうですよね。失礼しました」

「しかし、グラナドス家の娘がやってきて、おまえに会わせろとわめいていたのはうるさかった。しつこいし、辟易した」

「ごめんなさい」

「お前が謝ることではないだろう」

 すげなく言われてしまいレカルディーナは黙り込んだ。

 めずらしく会話が続いていたのに、ここまでか。

レカルディーナとしてはベルナルドが自身の性別について何か気付いたのか、いないのかを知りたかったが自分から切り出したら墓穴を掘って自ら白状してしまいそうなので口に出すことができなかった。

 謝罪とお礼は言ったし、そろそろ退出の頃合いかもしれない。レカルディーナは再び口を開こうとした。しかし、その前にベルナルドの方が再度言葉を紡いだ。

「……体調はもういいのか? 熱が出たと聞いた」

「え、あ……はい。ちょっと疲れが出てしまったようで寝込みましたが、十分に休息をとることができましたので体調も全快です。これまで以上に殿下のおそばで働きますよ」

「そこまでの気合までは聞いていない」

「そうですね。ごめんなさい」

 会話が続いたことが嬉しくてつい力んでしまった。レカルディーナは消沈して謝った。

 彼女の声音の変化にベルナルドがこちらへ顔を向けた。

「……その……、きつく言い過ぎた」

「え? もう一度お願いします」

 ぼそぼそとした声でレカルディーナは聞き取れなかった。

「なんでもない。それにしても、おまえ、男のくせに泳げないんだな」

「うっ……」

 ベルナルドはじっとレカルディーナの顔を見つめてきた。心の奥まで見透かすように、彼女の顔をひたすら見据えている。

(も、もしかして、ばれてる……?)

「えっと、その。内陸部で育ったんで水に触れる機会がなかったんですよね」

 ベルナルドはおもむろにソファから立ち上がって、レカルディーナの前へとやってきた。至近距離で見降ろされる形となり、内心たじろいだ。

(やっぱりばれてる? ばれてるの、これ?)

 視線が痛い。なんとなく、いや、絶対に観察されている気がする。

 レカルディーナの背中に嫌な汗がつぅっと伝った。

「殿下……?」

 レカルディーナは恐る恐る声をかけた。

ベルナルドはレカルディーナの声にハッとしたように体を少しだけ揺らした。

「悪い。少し考え事をしていた」

「考え事……ですか?」

 それって、わたしの正体についてですか、とはさすがに聞けない。

 ベルナルドを見上げて、首をかしげれば彼は慌てたように身じろぎをした。

「もういい。さっさと業務に戻れ」

「はい」

 最後は追い払われるように部屋から退出させられたレカルディーナだったが、結局彼はなにも追及してこなかった。

 ということはばれていないということだろうか。女だとばれていたら、絶対に激怒しそうである。

(ま、いいか。とりあえずはおとがめなしってことで。お兄様との賭けも続行だし、よかったぁぁぁ)

 ベルナルドの部屋から退出したレカルディーナは足取りも軽やかに通常業務へ戻った。




 数日後。

レカルディーナはダイラやパストラという女官を手伝って書架の本を抜き取っていた。

屋敷の北側二階に位置する書庫の窓を開け、風を通し書物の入れ替えをするのだ。埃をはたきながらレカルディーナは渡された紙切れに書かれた書物を抜き取っていく。ベルナルドは読書家なので定期的に本の入れ替えをする必要がある。王都にある宮殿の書物室から運び入れたり、逆に用済みなものを戻したり。

「ふふん、ふふーん」

 レカルディーナは陽気に鼻歌交じりで作業に勤しんでいた。

「なに、ごきげんね」

「ええ~、そんなことないよ」

 もちろんそれは口先だけで、レカルディーナは気分が良かった。何しろ実家への強制送還の危機を脱したのだから。

「そんな高い声だしていると……」

 ダイラの呆れた声にレカルディーナは慌てて口を閉ざした。

「わかっているよ。ダイラの意地悪!」

「あらあら、相変わらず仲がよろしいことで。二人ともわたしがいることもちゃんと認識してよね」

「わわ分かっているよ」

 ダイラを会話をしていたらいちゃついていると勘違いをしたパストラがひょっこり顔を覗かせた。熱を出した一件以来、誰もがこういう反応をするのである。

「ふふふ。グラナドス嬢といいダイラといい。ルディオも隅に置けないわね」

「え、別に僕はそんなつもりじゃ……」

 レカルディーナは慌てた。

「ま、ダイラについてはシーロよりもあんたのほうが断然いいわよね。ちょっと背が低いのが難点だけど」

 リポト館の女性一同、看病の一件以降、ダイラの想い人はルディオだ、という認識で一致している。

「えっと……」

「で、あんたはどっちが好みなわけ?」

 今日のパストラは強気だった。

「ぼ、僕あっちのほう見てくる」

 レカルディーナはパストラの好奇心に満ちたまなざしから逃れるように書庫の奥に進んだ。奥の方には乱雑に木箱が置かれていて通り抜けるのに難儀する。どうやら書庫兼物置というくくりの部屋らしい。木箱はいくつか乱雑に積み重ねてあった。いらなくなった書簡か何かだろうか。いらないなら焚火にして燃やしてしまえばいいのに。

 そう思いながらもレカルディーナは少しだけ好奇心を覗かせて、一番手前側にあった木箱のふたを持ち上げてみせた。

「あ……」

 そこには小さな細密画がいくつも無造作に重ねれれていた。

 年のころは十代に差し掛かった頃だろうか。真面目そうにまっすぐに正面を見つめる黒髪にうすい茶色の瞳の少年だった。少女も黒い髪に緑色の瞳をして緊張した面ざしを向けていて、リボンをたっぷりと付けた桃色のドレスを着ていた。ほかにも同じような絵がいくつか収められていた。

 なにか見てはいけないものを見てしまった時と同じ罪悪感と後ろめたさがあった。きっとこの少年は幼いころのベルナルドだろう。うっすらと面影があった。けれど今のような険しい顔つきではなかった。そうして、隣にいるこの少女がアンセイラ姫なのだろう。もしかしたら幼いころのレカルディーナは相対したことがあるのかもしれないが、小さすぎて記憶も曖昧だ。なのではっきりと彼女がアンセイラだとは核心を持つには至らないが、ファビレーアナが説明をしてくれた、『婚約者』という言葉が脳裏をよぎった。

 それでなくても幼なじみで従妹同士なのだ。こうして二人一緒に絵に描かれる機会くらいざらにあっただろう。小さな頃の思い出の品を箱に詰めて書庫の片隅にひっそりとしまい込むなんて、レカルディーナはベルナルドの心中を思いやった。

 そしてレカルディーナは慌てて木箱のふたを閉めた。


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