金魚は海では泳げない (1)
うなだれるような暑さだ。全身から汗を吹き出し制服のワイシャツにはうっすらと汗がにじんでいる。まだ6月の半ばだというのにこの暑さだからこれから先が思いやられる。
やってらんねー。何でこんなに暑いんだよ。
外からの風が全くないので下敷きをうちわ替わりにパタパタとあおぐ。それでも額からの汗は止まるどころかさらに吹き出してくる。これではせっかくの一番後ろの列の窓側の席になった意味が無い。
うちの学校は歴史がある学校らしく校内に冷房が設備されていない。
……職員室と校長室を覗いては。
木造の校舎に歩く度ぎいぎいと悲鳴をあげる廊下、開ける度嫌な音がする窓。
入学する前から古い学校だと知っていたがまさかここまでとは思っていなかった。
でもまあ嫌いじゃない。
木造だからある程度涼しく感じるし古い中にも良さがある。
なによりこの学校は戦争や世知辛い時代を生きぬき創立103年にもなるのだ。それだけで素晴らしいと俺は思う。だって俺まだ16だし。103まで生きれる気がしない。それに、古い校舎はスケッチのしがいがある。
校舎だけが見どころではなく長い月日の間悲しみの惨禍や時代の流れを見てきた大きな木や中庭の小さな花がよく映えてよろしいよろしい。
「チヅー」
聞きなれた声が耳元で聞こえると同時に肩に和田が乗っかってきた。和田はやけに距離が近い。初対面の時もすごい近くて正直引いた。こいつは人の懐に入るのが得意というかなんというか自分の容姿をうまく利用してるなって思う。でもまあ、悪いやつではなさそうという勝手な偏見で仲良くしている。
「なんだよ暑苦しい」
「俺、今、世界一かわいそうな男の子なの」
振られちゃいましたーと言い慰めてと言わんばかりに俺の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き乱す。顔よし性格よしコミュ力の塊みたいな和田は女に困ることなどないと思っていたが案外そうでもないらしい。告白されて付き合っては振られ、付き合っては振られを繰り返しているそうな。つまり和田は相当な受身なのだ。
「彼女できない俺の方が世界一かわいそうな男の子だわ」
「千鶴くんには愛想がたりないのよ、無愛想なの、ぶーあーいーそ。俺も結構受身だけどね、愛想だけはいいのよ。女の子って喋りやすい男子大好きじゃん」
無愛想なんて言われなくたって自分自身が一番わかっている。わかってるよそんなこと。俺だって、ちゃんと和田みたいに愛想よく他人に接したい。というか、喋りやすいだけじゃだめなんだよなあ。顔なんだよ。顔、和田のそのかっこいい顔に女の子がほいほいするんだよ。わかってるのかわかってねえのかはっきりしない奴だ。
「で、別れた子とはどこまでいったんだ」
「やだあ、チヅったらやらしいの。俺まだ心も体も清きチェリーボーイなのお」
にやにやと笑いながら俺の頬をつつく和田。なんだ、振られたっていってたけどまんざらでもない顔してるじゃねえか。飯でも奢ってやろうかと思ってたのに。やめだ、やめ。
それにしても暑い。和田が乗っかっているおかげでさらに暑い。先程よりも太陽が空高くにのぼっていてギラギラと輝いている。しかし、夏とはいいものだ。この席からはプールが見えるので女子生徒の水着姿が見放題なのだ。俺の夏はまだまだ始まったばかりだと小さくガッツポーズを決める。
むうっとした空気のこもった教室に爽やかな風が吹き込んだ。