客観視
やっと協力を引き受けてもらえた花織。
しかし、喜んだのも束の間、今度は難題を課されてしまった。
その内容は、昨日鮮やかな勝利を見せた優に、初心者の彼女が勝つというもの。
条件の厳しさにその表情が曇る。
しかし、優は気にする素振りも見せず、カードショップへと向かって歩き出す。
花織もその後についていく。
不安で胸がいっぱいでも、そうする他にない……。
一方、轟は隣町のカードショップを訪れていた。
店内に入ってすぐ、彼は異変を感じ取る。
奥のテーブルにできた人だかり。
その中心には対戦を終えたばかりのプレイヤーが二人いて、どちらも轟と同じく中学生。
それはまさしく、昨日まで轟を中心として作られていた光景。
視点こそ違えども、彼の目には馴染みのもの。
途端に轟の心臓がドクンと脈打った!
視覚と聴覚による情報が自然と入ってくる。
否、否応なしに入ってきてしまう。
目を背けることなどできはしない。
自らの汚点を直視する嫌悪感がどれ程あろうとも、昨日までの自分がそこにいたら思わず見入ってしまう。
目が離せなくなる。
硬直する轟。
その脳内へと、対戦を終えた二人の声がなだれ込む。
「言った通りだろ? 所詮、カードゲームなんてじゃんけんと同じ。有利不利は覆らない。お前らが畏怖している神っていうゲーマーも同じさ。あいつもオレと同じく、何らかの方法でデッキを盗み見ているだけ。オレの場合、種は簡単。ここにいる観客の半数……十名程がオレの信者ってだけだ。お前も仲間に加えてやろうか?」
「誰がお前なんかに……!」
「そうか。まあ、無理にとは言わない。神を倒した暁には、お前もきっと理解するだろうからな。手始めに隣町の轟とかいう奴を倒す。コストが重いカードばっかり使うらしいから、カウンターで完封してみせよう。楽しみにしてろ」
もう一度、轟の心臓がドクンと鳴った!
目を見開き、呆然と佇む彼。
顔には冷や汗が伝う。
と、その横を敗者となった男子が駆け抜け、入口のドアを勢いよく開けた。
轟はハッとし、振り返る。
「おい、待てよ!」
呼びかける轟。
しかし、男子は反応を示さず店内を飛び出す。
轟は急いでその後を追い、何度も呼び止める。
だが、一向に止まる気配はない。
そうして、二百メートル程走った頃。
その男子は急に立ち止まると、振り返るなり轟を険しく睨んだ。
「……何?」
「あいつ、何なんだ?」
怯まず問いかける轟。
対し、男子は驚いて目を見開く。
「お前、知らないのか? 最近ずっとあの店に来てるあいつを」
「あー……最初に言っておくべきだったな。あの店に入ったのは今日が初めてなもんでな、悪ぃが知らねえんだ。有名な奴なのか?」
「……いつもあんな調子で、カードゲームは下らないって言って回ってる奴さ。噂によると年の離れた出来のいい兄がいるそうで、いつも比べられてるんだってよ。どうせ、その腹いせだろ。何をやっても上手くいかなくて、カードゲームをしたらしたで運に見放される。だから、上手くいってる誰かを見て、どうして自分だけって思いが膨らんだ結果だろうさ。ま、大好きなカードゲームを侮辱されて、頭に来て突っかかって負けたオレが一番ダセぇけどな……。だからもう、ついてくんな。もっと知りたきゃ他に聞け」
そう言って男子は去っていった。
残された轟はその場に佇み、自分のこれまでを省みる。
自分も同じではないか、と。
家庭での問題が、花織たちに対するいじめの引き金になったのではないかと。
轟は一人っ子なため、比べられる兄弟はいない。
しかし、轟には轟の家庭の事情がある。
彼の場合、その事情とは両親の思想。
それを表す言葉が脳裏を過る。
「いいか、轟。他人に親切にしてはダメだ。必ず恩は仇で返される。困っている人がいても放っておきなさい。手を差し伸べた途端、噛みつかれるぞ」
「そうよ轟。他人なんて気にしてはダメ。自分がトップになることだけ考えなさい。他人なんて卑しい人ばかり。心まで薄汚い人たちでいっぱいなのよ。けれど、あなたは違うわ。だから、誰も足元にも及ばないくらい、上に行きなさい」
洗脳にも似た、呪いのようなその言葉。
それがきっかけだったと、轟は気付く。
親の言葉によって植え付けられた価値観。
その結果他人を見下していたことを、今になってようやく自覚する。
自分も同じだと、気付く。
そう、さっきの醜い勝者と轟は同じだと……。
程なくして、轟はさらに思い出した。
その先程の勝者が自分を倒すと言っていたことを。
途端に轟の目に炎が宿る。
「舐めたことを……。この轟様を倒すだと? 言ってくれるじゃねえか。オレはな、お前とは違ぇんだ。オレは気付いた。気付く力があった。だが、お前はまだ気付けていない。だからお前の負けだ……名も知らぬオレのドッペルゲンガーさんよぉ! デッキを作り直してこっちから出向いてやる! 覚悟しとけ!」
遠くに見えるショップに向かってそう吐き捨て、轟は帰った。
――その頃、花織の様子はというと……。
「火の国の軍曹を召喚します!」
「カウンター発動、ネゲイション」
「はうっ!」
やはり、苦戦を強いられていた。
花織は完全に心が折れ、今にも泣きそう。
「やっぱり無理です。ゲームが得意な優さんなら、どうすれば勝てるのかわかるのかもしれません。けど、私はカードゲーム初心者なんです。優さんがこれまで培ってきた知識をタダでもらおうだなんて、図々しいとはわかってます。でも、一生懸命考えてもわからないんです。お願いします、優さん。どうすればいいのか教えてください!」
懇願する花織。
対する優も、これまでの自分の努力を尊重されては悪い気もしない。
加えて、自分の話を聞いてくれた初めての存在でもある。
さすがの優も強情さがグラつく。
迷いながら目を合わすと、澄んだ眼差しが返される。
直後、ついに優が根負けした。
「わかったわかった。ヒントをくれてやる」
「ありがとうございます!」
途端に花織が満面の笑みを浮かべる。
その変わり身の速さに優は溜息を吐きつつも、先程使ったカードを場へと戻した。
「ネゲイション。このカードは1プラス水1コストで使用できる。レプリカならどんなに強力なカードでも、これ1枚で対処できてしまう。わかるか?」
「え、ええと……?」
「逆に言えば、どうせ対処されるなら、どんなに非力なカードでも同じだ。つまり、同じく対処されるのであれば、コストが低いカードの方が被害が少ないということ。どうして轟がこのカードに苦戦したと思う?」
優の問いかけに、花織はハッと息を呑んだ。
「私、わかったかもしれません!」
「そうか。まあ、今日はもう遅いから、明日までにじっくり考えてこい」
「はい! ありがとうございます!」
元気よく返事する花織。
その表情には、さっきまでの不安などもうどこにもなかった。