興味の対象
流れる不穏な空気。
その重圧に声を潜める周囲の人々。
集まる視線の中、優の言葉に花織が戸惑っている。
「私を助けるためじゃなかったんですか!?」
「そんなつもりはない。ただ、お前に興味があっただけだ。聞きたいことがあるから、明日あの場所へ来い。昨日会ったあの場所にな……」
「え? あの、ちょっと待って……」
「カードは返す。それじゃ、明日」
一方的に伝えると、優はデッキを置いて立ち去ってしまった。
周囲の人々も他のテーブルへと散り散りに戻ってゆく。
一人残された花織。
そこへ翔が歩み寄り、優しく微笑みかける。
「ごめんね、心配だったから様子を見させてもらったよ」
「翔さん、私どうすれば……」
「大丈夫。優君は悪い子じゃないから。カードだって返してくれたでしょう?」
テーブルへ置き去りにされたデッキを、翔が手の平で指し示した。
促されるまま花織はそれを手に取り、裏面の一点をじっと見つめる。
俯く彼女の視線は低く、それに合わせ翔は屈んだ。
「きっと、優君の言い方が悪かっただけだよ。手を貸す気がないんじゃなくて、まだ貸すと決まったわけじゃない。そう言いたかったんじゃないかな? ちゃんと思いを伝えれば、きっとわかってもらえるよ」
優しく励まされ、花織は無言で頷く。
が、その表情は依然として暗いまま。
翔は気遣ってさらに二言三言かけるも、そう簡単に不安は消えない。
だが、今の花織には他にどうすることもできず、その不安と共にこの日は帰宅した。
そして翌日。
約束の場所へ向かうと、優が壁に寄りかかりながら待っていた。
その姿に気付いた花織が駆け寄る。
「待たせてしまってすみません!」
「別に? ここにはゲームがいくらでもあるからな。退屈はしない」
「……」
いつものぶっきらぼうな返答に、早くも心が折れかける花織。
そんな思いも知らず、優は寄りかかったまま欠伸を一つ。
その間もずっと、花織は不安を抱え見つめている。
数秒後、ようやく優が口を開いた。
「で? お前は何で金が必要なんだ?」
「お母さんが病気で、治療費が必要なんです」
すぐに問いへと答える花織。
優はそんな彼女へと哀れみの視線を注ぐ。
「かわいそうになあ。親のせいで、お前が大変な目に遭うなんて……」
「それは違います!」
間髪入れずに花織は断言。
そして、怪訝な表情を浮かべる優へと、どこまでもまっすぐな目で見つめ返す。
「お母さんのせいだなんて思ってません。大変なのはお母さんの方です! 私は、少しでも安心してほしいんです!」
懸命に伝える花織。
対し、優は首を傾げる。
「親なんていなくても生きていけるぞ。オレは親と絶縁した。それでもこの通り、生活には困っていない。金が必要なのはわかったが、それは治療費じゃなく自分の生活費に充てたらどうだ?」
「嫌ですそんなの! いつも優しくしてくれるお母さんがいなくなるなんて……そんなこと……!」
花織は両手で顔を覆い、泣き出してしまった。
だが、優はそれを気になどしない。
気にするはずもない……。
が、しかし、泣き出したことは気に留めずとも、その言葉には引っかかりを覚えていた。
「優しい……? 親が?」
口を衝いて出た疑問。
それを耳にした花織は、顔を覆う手をゆっくりと下ろし、そして……。
「……優さんのお母さんは違うんですか?」
嗚咽混じりに、そう聞き返した。
途端に優は外方を向いてしまい、顔を顰める。
その直後……。
「言っても笑われるだけだ」
拒絶するように、そう吐き捨てた。
それっきり口を噤んでしまい、顔も合わせない。
花織も俯き、黙り込む。
ただ嗚咽だけが、周囲の雑音へとかき消されてゆく。
しばらくして、ようやく泣き止んだ花織が視線を戻すと、優は依然として外方を向いたまま。
一言も話してはくれないが、花織はその意を汲み取る。
話すことを恐れている、と……。
「どうしても話したくなければいいです。でも、抱え込むのが辛いなら……私に話してくれませんか? もし話してくれるなら、絶対に笑ったりしません」
静かに、割れ物を扱うかのように声をかける花織。
数秒の間の後、優は溜息を吐き、花織へと向き直った。
「オレは親が嫌いだ。こっちの話は聞かないし、進路も全て一方的に決める。そして、それを親の愛情だと言っている。そうか、お前もそう思うのか。それも親の優しさだと。それとも、そんな下らないことでと、やっぱり笑うか?」
「笑いません。そんなこと思いません。優さんはきっと、不満を抑えきれなくなったんですね……。我が子を自分の所有物みたいに扱うなんて、酷いですよ」
予想外の返答に、優は言葉を失う。
彼にとって初めてのことだ、否定されなかったのは。
唖然とする優の前で、花織はまるで自分自身のことのように心を痛めている。
「下らなくなんてないですよ。優さんにも真剣な思いがきっとあったのに、それを聞いてもらえないなんて悲しいです。優さんが親を嫌いになるのも無理ないです。誰だって嫌いになりますよ、そんなことされたら」
そう言って、花織は涙を流した。
その言葉に嘘や偽りがないことを、優は確信する。
もしそうでなければ、端から親の言い分を擁護しただろうから。
そうでなければ、こんな言葉は発想として出てこなかっただろうから……。
そう判断した彼は、壁から背を離し改めて花織に向き直った。
「賞金、代わりに稼いでやるよ」
「本当ですか!?」
花織の目が俄かに輝く。
しかし、優の話はまだ終わりではない。
「ああ。ただし、オレの興味をずっと惹きつけてくれるのなら、な」
「優さんの興味を? ……ええと?」
「例えば……そうだな。まず、オレに一度勝ってみせろ」
「ええ!? 私、轟さんにも勝てなかったのに、その轟さんに勝った優さんに勝つなんて無理ですよ!」
「安心しろ。オレが使うのはこの前と同じデッキだ。対策も立てやすいだろう」
「そんな……」
突き付けられた厳しい条件に、花織は再び不安を募らせた。