リスタートの鍵
優が今回使用するデッキを予想してみてください。
ヒント:コモンとブロンズだらけで、シルバーが2種類のみです。
優は思わず振り向き、まっすぐに翔を見つめる。
その直後。
「一体何が違うんだ?」
口を衝いて出た問いかけ。
その声は先程までの冷めきったトーンとは明らかに違った。
声に込められた僅かな興味。
その問いへと答える前に、翔は手招きをし店内へと誘う。
そして、戦う花織の姿を見るよう促し、しばらくして優へと視線を戻した。
「優君の親は確かに酷い人だと僕も思う。けどね、世の中全員そんな人ばかりじゃないんだよ。優君にとってゲームが唯一の居場所だったように、あの子にとっては親が居場所なんじゃないかな?」
「居場所……」
優は呆然とし、譫言のように何度も呟く。
そうしている間にも花織はまた一敗し、再び勝負を挑む。
その様子を眺める優へと、翔はカードリストを差し出した。
「あげるよ。対策に役立ててくれると嬉しいな。ルールはわかるよね?」
「……ああ、一回だけ戦う機会があったからな」
「そっか! じゃあ、後はカードだね! ごめんね。丁度今、持ってなくてさ! あの子にあげたので最後だったんだ!」
不自然に上擦った翔の声を聞き、優は鼻で笑う。
「嘘が下手だな」
翔も頭を掻きながら笑う。
「いやあ、やっぱり慣れないことはするもんじゃないね。ここはどうか、僕に免じて頼むよ」
「ったく、どいつもこいつも勝手な奴だ……」
不平を漏らしながらも、優は観客の輪へと向かって歩き出す。
そこへ混ざり、見守ること数分。
再び決着を迎えた。
悔しそうに拳を握りしめる花織。
落胆する観客。
沈む空気の中、轟の高笑いだけが響き渡っている。
「何回やっても無駄だ! お前ら、ゴールド以上のレアリティ持ってねえだろ? カードパワーが違ぇんだよ! わからねえかなあ……」
罵声を前に、わなわなと拳を震わせながら立ち尽くす花織。
耐えきれず、また逃げ出しそうになったその時!
「面白いことを言うんだな、お前」
挑発と共に優がテーブルの前へと歩み出た。
突然の出来事に驚く観客。
驚きを通り越して戸惑う花織。
そして、そんな彼女らをよそに、優はまっすぐに轟を見据えて不敵な笑みを見せる。
「ジョークなら百点だ。だが、もし本気なら……とんだ勘違い野郎だな」
「ああん?」
水を差された轟は眉を顰め、今にも飛びかかる程の勢いで身を乗り出した。
「何がおかしいんだ? 言ってみろ!」
「わからないのか? カードゲームはレアリティで戦うものじゃない。カードの効果で戦うものだ。それがわからない時点で、お前もこいつらを笑う資格はない。素人同然だ」
「何だとぉ!? そこまで言うなら見せてみろよ、お前の実力を!」
顔を真っ赤にし吠え猛る轟。
しかし、優は全く動じず、真正面から睨み返す。
そして……。
「ああ、お望み通り見せてやるよ。今からデッキを作るから、楽しみに待ってろ」
低い声で、そう宣戦布告した。
その瞬間、轟は腹を抱えて笑い出す。
「何だよ。まだデッキも持ってねえのかよ。素人はお前の方だ、このっバカがっ!」
「心配はいらない。こいつからカードを借りて、すぐにでもデッキを組む。五分程度もらえればそれでいい」
「そんな屑の寄せ集めみたいなカードだけで、この轟様に勝てると? こりゃあ楽しみだ!」
愉快そうに笑い続ける轟を残し、優は花織を連れて離れたテーブルへと向かう。
その移動が済んだ直後、花織が頭を下げた。
「すみません! まともなカード、持ってなくて……」
申し訳なさと恥ずかしさから、顔を赤くする花織。
その様子に優は呆れ、顔を逸らし頭を抱えた。
「お前もそう思っているのか。やれやれ、道理で勝てないわけだ……」
「え、えっと……?」
意味がわからず困惑する花織を横目に、優は溜息を吐いた後、真顔で向き直る。
「オレなら、お前の持っているカードだけであいつを倒せる。信じられないか?」
「いいえ、信じます!」
花織は間髪入れずに返答した。
その予想外の反応速度に優は訝しむ。
適当に話を合わせているだけでは? 口先だけの信用なのでは? と。
真偽を確かめるべく優はその目をじっと見つめるも、返ってくるのは真剣な眼差し……。
それだけではわかるはずもなく、知りたくば問い質すより他にない。
「……どうしてオレを信じられる?」
「わかりません。けれど、頼み事をするならば、信じないのはおかしいと思います。いえ、信じるべきだと思います! だって、自分が逆の立場なら、そうじゃなければ悲しいですよ……」
その言い分に、納得するだけの根拠はなかった。
しかし、その言葉には相手を尊重する想いがある。
それを多少なりとも感じ取った優は、それ以上深く追及することをやめた。
こうして話は決まり、優は花織から借りたカードで瞬く間にデッキを作成。
約束通り、五分以内に轟の前へと戻った。
そして、逃げなかったことだけは褒めてやるだの、そっちこそどうのこうのと、使い古されたやり取りと共にデッキをシャッフルする二人。
先にシャッフルを終えた轟が、初期手札を引くため山札に手をかける。
それに対し、優は「おっと」と呼び止めた。
「言い忘れてたな。先攻と後攻、好きな方を選ぶといい。哀れなお前に、せめてものハンデだ」
舐めた申し出を宣う優。
当然、轟の怒りを買う。
「お前、誰に向かって言ってんだ? あ?」
「いいから選べ」
「……言ってくれるじゃねえか。なら、先攻をもらうぜ。たっぷり後悔させてやるよ!」
「それは楽しみだ」
ついに始まった二人の戦い。
初手の引き直しを行った後……。
「……ッ……フフッ……。……ッ……フハハ。……フハハハハハハ!!」
轟は目をギラつかせ、勝ち誇ったように笑い出した。
「最高の手札だっ! これ以上にない、最善の初期手札! かわいそうだが、最速でお前の負けだっ!」
そう言ってまずは、無属性の魔力を1つチャージ。
その後、手札から耕作を場へと出した。
花織とのバトルでも使用した、魔力を増やすカードだ。
轟の順調な滑り出しに、観客たちが不安な視線を注ぐ。
だが、優は飄々としたまま。
そして回ってきたターン。
優は水の魔力をチャージした後に手札を1枚、場へと出し……。
「幼きエスパーを召喚。そして、効果発動」
一連の宣言後、山札を手に取った。
そして、目的の1枚を探し出し、轟へと見せる。
「サボタージュ。このカードを手札に加える」
「姑息なカードだな。そんなもん、一時凌ぎにしかならねえよ」
「そうか。まあ、そう思い込んでいればいい」
優は鼻で笑い、ターンエンドを宣言。
轟の2ターン目。
使用したのは、またしても耕作。
しかも今度は2枚。
たったの2ターン目にして、既に魔力は5。
その代償に受けた合計3のダメージなど、気にする素振りすら見せない。
それどころか、増えた魔力を見てニタニタと笑う始末。
そしてさらに、轟は残った魔力を使い、もう1枚のカードを場へと出した。
「方針を使用」
宣言後、山札を手に取りカードを探し始める。
そして、見つけ出したそれを優へと突き付けた。
「レッドドラゴンを手札に加えさせてもらうぜ。最速で降臨するこいつを止めることは不可能だ!」
口元を歪める轟。
顔を顰める観客たち。
だが、優は依然として涼しい顔。
慌てる様子は微塵もなく、前のターン同様に小型のレプリカを新たに出すのみ。
そして、攻撃によって与えたダメージはたったの1。
その戦法を見た轟は、腑に落ちて頷く。
「ようやくわかったぜ、お前の思惑が。こっちが魔力を貯める隙を突いて、速攻で倒しきるつもりだったんだろ? 甘いぜ! お前と同じ考えの奴なら他にもたくさんいた。だが、一人として勝てた奴はいない! 対策済みなんだよ。舐めんな!」
怒鳴り声と共に、轟は迎えた3ターン目でレッドドラゴンを場に出した。
観客の焦りもピークに達する中、やはり優は余裕の態度。
その割に、特に何か仕掛けるわけでもなく、相も変わらず低コストのカードを並べるだけ。
しかも今回は1体のみ。
使用可能な魔力も余らせている。
対する轟の4ターン目。
ついに魔物が牙を剥く!
「レッドドラゴンで攻撃! 効果対象に選ぶのはプレイヤー、テメェだ!」
攻撃時の効果により、3ダメージを宣告された優。
さらに、攻撃自体による6ダメージもそこへ加わる。
このままでは、優は大ダメージを受けてしまう!
攻勢に立った轟の目がギラギラと輝く。
「さあ、選べよ!」
選択肢を迫る轟。
レッドドラゴンは強すぎるが故に制御不能。
サベージの効果により、攻撃対象を選ぶ権利は相手プレイヤーにある。
つまり、味方レプリカを犠牲にすれば、6ダメージ分は自身が食らわずに済む。
だが……。
「攻撃対象に選ぶのは……オレ自身だ」
優が告げたのは予想外の返答。
一瞬、轟は呆気に取られるが、すぐさま嘲笑しだす。
「何を言い出すかと思えば。そうかよ、そんなに兵力が大事かよ。確かに一理あるが、肝心のお前のライフは保つのか?」
「ああ、ちゃんと計算済みだ」
「残念だが、それは誤算だ。なぜなら……お前の陣営は全てこのターンで消し飛ぶからだ! 出でよ! 火吹きのヴォルケーノ!」
高らかな宣言と共に、轟はカードを場へと叩き付けた!
火吹きのヴォルケーノ。
そのイラストはレッドドラゴン同様、プラチナカード特有の光沢を帯びており豪華。
描かれているのは禍々しい巨大な怪物。
全身に纏う溶岩がドロドロと溶け落ち、周囲を焼き払う様子が描写されている。
当然、効果も凶悪。
その詳細を今、轟がご満悦で語り出す。
「こいつは毎ターン終了時に敵味方関係なく全体ダメージを撒き散らす。お前の兵力はライフ1の雑魚ばかりだから、一撃だ!」
高笑いが響き渡る。
だが、次の瞬間!
「カウンター発動。ネゲイション」
優は落ち着いた口調で宣言し、そのカードを場に出した。
それは召喚を中断するカード。
なおかつ、カウンター(宣言に割り込んで使用可能な効果)を併せ持つ。
対抗手段のない轟は、舌打ちし、ヴォルケーノを捨て札に置いた。
「いい気になるなよ。次のターン、蘇生してもう一度出せば済む話だ。何度も言うが、そんなもん時間稼ぎでしかねえんだよ」
「そうか。そう思っていればいい」
煽るような発言と共に、迎えた優の4ターン目。
彼の使用したカードは取捨選択。
その名の通り、手札を2枚捨て札に置き、2枚引くという効果。
つまり、場の戦力自体は増えない。
観客たちは焦りを通り越して呆れだす。
この期に及んでまだ反撃に出ないのか、と……。
そんな空気の中、迎えた轟の5ターン目。
またしても優はレッドドラゴンの攻撃対象に自らを選び、9ダメージを受けた。
そしてさらに、轟の追撃が加わる!
「リザレクトでヴォルケーノを戻し、召喚! 今度こそ終わりだ!」
先程の怪物が場に舞い戻った。
優の残りライフはたったの2。
このターン終了時に全滅を宣告された自軍。
立ち塞がる2体の強大な怪物!
もはや観客たちは失望し、優の負けだとばかりに溜息を吐いた。
しかし、ただ一人……花織だけはまだ優を信じ祈っている。
そして、その視線の先……。
この状況下においてなお、優は不敵に笑っていた。