決意
戦いに敗れた神は、渡されたメモに従い他県のホテルへ向かった。
新幹線と電車を乗り継ぎ、着いた時にはすっかり夜。
彼はエントランスを抜けるや否や、ロビーで部屋の番号を聞くこともなく、まっすぐエレベーターへと向かう。
ドアはすぐに開き、乗り込むと迷わず五階のボタンを押した。
窓の外には美しい夜景が広がっているというのに、彼はそれを背にし俯いたまま。
少しして、冷たく無機質な音声が鳴り、ドアが開く。
エレベーターを下りると、神は一際強い悔しさの念を追い、部屋の前に辿り着いた。
そして、ノックを二回。
「……優君、いる?」
「……」
……返事がない。
しかし、部屋の中からする心音の変化から、そこにいることを確信。
一瞬の驚きはあったものの、警戒はなく、こちらへの興味を失っている。
部屋の中にいる人物は、優で間違いない。
問題は、どう呼び出すか。
神は小考し、再び口を開いた。
「……話したいことがあるんだ。開けてくれないかな?」
「……」
「……凶にあったよ」
「っ!?」
突然ガタッと音がし、こちらへ音が向かってくる。
直後、ドアが開き……。
「詳しく聞かせろ! まさか、オレが戦った奴は……!」
顔を覗かせるや否や、優は大声で捲し立てた。
対し、神は落ち着いた様子で見つめ返す。
「じっくり話したいから、部屋に入れて」
「ああ。入れ」
許可を得て神は入室。
すると、椅子へ向かうこともなく、その場に立ったまま開口一番。
「優君が戦ったのは、凶の仲間だよ。不正もされている」
「っ!」
優は思い切り壁を叩きつけた。
そして、もう片方の拳を震わせながら……。
「……奴はどこにいる?」
低く静かに、呟くように問いかけた。
俯いたその表情は角度的に見えないはずなのに、ありありと伝わってくる鬼の形相。
今の彼は、怒りに我を忘れ手が出てしまうことが容易に想像できる。
同じく凶たちへと怒りを覚えている神も、彼をこのまま行かせてはならないと判断し……。
「知ってどうするの?」
落ち着いた口調で問い返した。
しかし、優は拳を振り解こうとしない
「どうする、だと? そんなのは行ってから考える」
「ダメだ、優君」
「止めるな」
「落ち着くんだ」
「教えろ!!」
怒号と共に掴みかかった。
それでも神はまっすぐに優の目を見つめる。
「ダメだ、行っては。暴力に身を堕としたら、僕らは彼らと同じになってしまう」
「知るか! いいから教えろ!」
「花織ちゃんにその姿を見せられるのか!?」
間髪入れずに神は大声で返した。
優は目を見開き、硬直。
やがて、我に返り手を離すと、苦虫を噛み潰したような顔をし……。
「くっ……!」
小さく呻き、もう一度だけ壁を叩いた。
……しばらくして優が落ち着くと、神はゆっくり話しだす。
まず、優に対しても名乗っていたキョウというのは恐らく偽名で、漢字だと凶と書くということ。
伝説のプレイヤー真を同じく罠にかけ、その地位まで奪ったこと。
他に四名の仲間がいること。
不正を厭わぬどころか、そこに快楽を見出す集団であること。
そして……。
「奴らは僕たちにこれへ参加するよう言ってきたよ」
凶に渡されたメモの裏側を見せ、そう話した。
そこに書かれているのは、一ヶ月後にある大会の案内。
ルールはタッグマッチ。
いずれも未公開の情報だ。
優は思わず溜息を吐く。
「……マジで悪徳集団なんだな。ハッキングでもしてんのか?」
「多分、そうだと思う。何故か僕の居場所もバレていたし」
「情報網があるわけか……」
「それと、奴らに関してもう一つ」
神は改まり、真剣な表情で一呼吸置き、再び口を開いた。
「殺という偽名の女性が、恐ろしい程の憎悪と殺意に溢れてたんだけど、優君は何か心当たりない?」
「はあ? そこまで恨まれるようなこと、した覚えがねえよ。その場に居たんなら、お前に対してじゃねえのか?」
「……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。けど、僕にもこれと言って心当たりがないんだ」
「お前の五感でもわからないのかよ?」
「それが……あまりにも大きい感情のせいか、どこへ向いてるのか全くわからないんだ。普通、感情の対象である人物の言動に反応するはずなんだけど、意図的に押し殺しているのか、もしくは不定期的に想起することで読まれなくしているのか……」
「……そういうのって、嘘の匂いとかしないのか?」
「それが……」
口籠もる神。
数秒後……。
「その殺って女性、ずっと嘘の匂いがしていたんだ」
「……ずっと?」
「うん。最初から最後まで、ずっと……」
「……」
得体の知れない不気味さに、二人は押し黙る。
しばらくして、優が咳払いをした。
「まあ、用心するに越したことはないな。オレもお前も、殺意とまでは行かなくとも、少なからず恨みは買っているだろうからな」
「そうだね。僕と戦ってゲームを辞めてしまう人がいるくらいだもの。優君も、ファンに対して酷い対応していたんでしょ? あ、そうだ! それで思い出したんだけど、花織ちゃんとはあれでよかったの? 僕、連れ戻すって約束したんだけど……」
それを聞いた優は、面倒そうな表情を浮かべる。
そして、溜息を吐き……。
「勝手な約束するなよな」
そう文句を言った。
だが、神も引き下がらない。
「だって、あまりにもかわいそうだったよ? てっきり、僕はお互いに納得しているものかと思って伝言を請け負ったけど……。翔さんにも怒られるし、とりあえず一度帰ろうよ」
「もうオレに頼らない方が本人のためだと思ったんだがな……。まあいい。大会が終わったら、顔を見せに行ってやる」
「大会後かぁ……。それで納得してくれるかな?」
「さあな」
不安そうな神を余所に、優は大して気にかける様子がなかった。