卑劣な戦略
対戦の合意が為されると、凶は品のない笑みを浮かべた。
何か、良からぬことを企んでいるのは、神でなくとも容易にわかる。
しかし、それが何なのか、具体的なことまでは見抜けていない。
それでも挑むしかない神。
その警戒する様子を眺め、心底楽しげに笑う凶。
彼は充分満足した後、口を開いた。
「オレたちはこの場から動かない。ただし、盤面は壁に映し出してやるよ。それと、先攻はお前がやれ。オレたちは一人ずつターンをもらう。お前、オレ、お前、戮……といった感じにな。ただし、戦況は全て共有する。全体除去は他のプレイヤーも範囲に含まれるし、カウンターなどで仲間を庇ってもいい。お前は4人分担当してもらう」
一方的に言い渡されたルール。
対し、神は負けじと睨む。
「……その程度で僕の負担になるとでも?」
「こういうのは重ねがけが重要なんだよ。じわじわと効いてくるのさ、毒みたいに」
そう言ってはぐらかす凶。
本来であれば、ここで神は彼の嘘に気付く。
しかし、この男――凶は悪事に関しては尋常でない才を持っていた。
彼にとって、嘘は息を吸うのと同義。
心を読み取れる神であっても、その肝心の相手の心が真っ黒に染まっていては見抜けない。
斯くして、神は罠へと嵌まったことに気付かぬまま、バトルを開始した。
神の1ターン目。
「天界の修道女を召喚。何を企んでいるか知らないけど、そう簡単に僕を倒せるなどと思わない方がいい。さあ、君のターンだ」
「くくっ……。バカめ。お前はもう詰んでるんだよ。バブルを3枚使用!」
「っ!?」
通常なら考えられないような手に、神は驚き、目を見開く。
バブル……その効果は、ターゲットに指定したレプリカを、このターン中スピード(行動権のこと)0にするというもの。
間違ってはならないのが、このターン中という点である。
次の相手ターン中ではない。
現在は凶のターン。
相手ターン中に動けるわけのないレプリカへ打つなど、全く以て無意味。
しかもそれを3枚。
一体何を考えているのか、さっぱりわからない神。
しかし、直後……その意味を痛烈に知ることとなる!!
「バブルにはデメリット効果がある。自分の山札からカードを1枚、捨て札へ置く効果がな。それを3枚分効果処理し……本命はこれだ」
そう言って、凶は手札を1枚場に出した!
「終焉の鐘の音を使用……!」
「何っ!? ……まさか!」
「そのまさかさ。今頃気付いたか。さて、効果処理に移らせてもらう」
そう言って、捨て札へと手を伸ばす凶。
そして、効果によりカード2枚と今使ったカードを合わせた3枚をゲームから除外し、新たにデッキ外から破滅を3枚捨て札へ置いた。
得意気に笑う凶。
「もうわかるよな? バブル1枚で捨て札に落ちたカードは2枚。3枚打ったから計6枚。それが全部、この終焉の鐘の音と共にゲームから除外され、破滅に置き換わる。さあ、2枚目だ!」
「待てっ!」
間髪入れずに神が叫んだ。
そして、手札からカードを場に出す。
「……味方を助けていいルールだったよね? なら、2プレイヤー目の僕の手札からディレイを使用! これで止める!」
必死に対応する神。
しかし、凶は嘲りながら……。
「そうか。なら、とっておきのカード捌きを見せてやるよ。優大先生に決勝の中継で教わった、最高の返しをな! やれ、殺!」
そう言い放ち、アヤメに手の平を差し伸べた。
指示を受けた彼女の手札から場に出たのは……コンフュージョン!
そして、決勝を飾ったあの宣言が為される!!
「カウンター発動。ターゲットは終焉の鐘の音。これで凶はもう一度使い直せる……」
静かで低い声が響く。
彼女が味方の凶へ打ったコンフュージョンにより、終焉の鐘の音は打ち消され、凶はそのカードを手札に戻す権利を得る!
すかさず凶はそれを場に出した!
「さて、これで2枚目。そしてこれが3枚目だ。計9枚の破滅を捨て札へ送り、ターンエンド。まずはオレの山札から9枚が捨て札へ落ちる」
破滅は手札から使用した場合はレプリカを一掃するカード。
しかし、今回の狙いはそれではない。
このカードに秘められたもう一つの効果……それは、捨て札にある時、各プレイヤーはターン終了時に自身の山札から1枚捨て札へ置く、というもの。
これにより、戦略はさらに加速する!
「当然、デッキにも破滅が入っている。オレは超幸運の引きで今から捨て札へ送る9枚の内、4枚を引き当てる。わかるか? 神。オレたちのターンが終わる毎に、削る枚数は13枚ずつ増えてゆく。果たして耐えられるかな? さあ、お前のターンだ」
渡された2度目の神のターン。
彼は奇跡的にディレイを引き当てた!
しかし、それは逆転の切り札として今は温存。
ひたすら戮と暴の追撃に耐える。
そして、事実上の決着となる殺のターン!
「トドメよ。天才ゲーマーさん?」
涼しい表情で勝利宣言する彼女。
対し、神は最高のタイミングを虎視眈々と狙っていた……。