初心者への洗礼
一方、店内では花織と轟のバトルが既に始まっていた。
ショップの客が見守る中、試合は不気味な程静かな進行を見せている。
轟が1~2ターン目に使用したのは、耕作と水やり。
どちらも魔力(カードを使用するために必要なポイント)を増やすだけのカード。
それ自体に戦力は伴っておらず、未だに轟の場は空っぽ。
そして迎えた3ターン目も、轟がまず最初に使用したのは耕作。
魔力を増やしたのみで、やはり戦力は0のまま。
対し、花織の場には見習いシスターが1体。
チャンスとばかりに観客が沸き立つ。
「大したことなさそうだぞ!」
「こっちが優勢だ!」
たくさんの声援。
皆が花織へ期待の視線を注いでいる。
そんな中、轟は周囲の熱気に反し冷ややかな笑いを漏らした。
思わず目を移す観客たち。
その視線の先で、轟は肩を竦めながら首を左右に振り……。
「やれやれ、何もわかってねえな」
と嘲笑い、わざとらしく溜息を吐いた。
当然、反感を買い非難を浴びるが、それすら目を閉じて心地よく聞き入っている。
そして、一頻り堪能した後、不意にカッと目を見開いた!
「最高だな! それでいい! 強者はいつでも嫌われる。嫌われてこその王者だ!」
割れんばかりの声。
直後、轟は拳と共に1枚のカードを突き出した!
イラストには炎を囲み儀式を行う様子が描かれている。
それを見てもまだピンときていない花織と観客。
そんな彼女らをよそに、轟はパッと手を開く。
そして、ヒラヒラと舞うカードが着くのと同時に、手の平をテーブルへと叩きつけた!
「火竜祭を使用……!」
低く唸るような宣言。
直後、轟は山札を手に取った。
火竜祭――その効果により、レプリカ(モンスターとして扱うカード)を1枚公表した後に手札へ加えることができる。
皆が固唾を呑んで見守る中、轟は選んだカードを高々と掲げた!
その瞬間、全員の表情が激変!!
轟との距離があるため効果までは読めなくとも、そのイラストを見ただけで誰もが危機を理解した。
最高レアリティであるプラチナカード特有の光沢!
その眩さを纏い豪華に描かれているのは……巨大な赤い竜!!
みるみる蒼褪めてゆく花織を見て、轟は口元を歪ませる。
「どうする? 次のターン、こいつが場に出るぜ? 効果を確認しろよ。ルール上、公表義務だからな」
粘り気のある声でゆっくり囁くと、それを場へ置いた。
カード名はレッドドラゴン。
パワー6ライフ4と強力な上に、攻撃時に3ダメージを与える効果とアーマー(被ダメージ軽減)を持っている。
その効果を読み、花織は血の気が引いてゆく。
対照的に、愉悦に浸りだす轟。
「見ろ! この圧倒的なライフと防御性能を! パワーだって6もある。ぶつかり合いなら絶対に負けねえ! それに、さっき使った火竜祭にはもう一つの効果がある。次の相手ターン終了時に敵レプリカ全体へ2ダメージを与える効果がな! つまり、猛攻に備えて戦力を貯えようにも、雑魚ばかり並べたら意味なく消し飛ぶってことだ!」
そう言って豪快に笑いながら、ターン終了を宣言した。
花織はもう頭が真っ白になる寸前。
しかし、山札から引いてきたカードを見た途端、その表情へと俄かに光が差し込んだ。
花織は喜び勇み、そのカードを場へと出す。
「マインドハックを使用します! 手札をオープンしてください」
先程までの劣勢からは考えられない、ハキハキとした強気な口調での宣言。
対し、轟は舌打ちしつつも手札を公開する。
花織はそれらを確認し……。
「レッドドラゴンを選びます!」
先程のカードを対象に選び、捨て札へ送った。
ホッと一安心する花織。
だが、轟の表情はまたすぐに元の不敵な笑みへと戻る。
「それで凌いだつもりかよ? 甘すぎるぜ!」
返しのターン。
すかさず轟は1枚のカードを選び取り、場に出した。
「リザレクト! ターゲットはもちろん……こいつだ!」
なんと! その効果により、先程捨て札へ置かれたレッドドラゴンが手札へと戻ってゆく!
しかも、消費された魔力はたったの1!
残りの魔力でレッドドラゴンが場に降臨!
驚愕する観客。
絶望する花織。
皆が絶句している間もずっと、轟の大声は響き渡っている。
「ようやくわかったか! お前らはこの轟様には勝てねえってことが! もう一度このドラゴンを倒してみるか? そしたらこっちもまた蘇生するだけだ。それに、山札にはまだレッドドラゴンが眠っている。何なら他の切り札でもいいんだぜ? そいつらを山札から引っ張ってくるカードもたくさん入ってるしな!」
高笑いし続ける轟。
以降はずっと彼のペースで幕を閉じた。
ゲーム終了後も、罵声や高笑いが止むことはない。
耐えかねた花織はデッキを早々に片付け、バッグを手に走り去る。
その背に向かい、なおも煽り続ける轟。
それを振り切るべく、花織は入り口のドアを開け放つ。
溢れる涙が風に流される程、勢いよく飛び出したその直後。
「どうかしたのかい?」
穏やかな声が呼び止めた。
振り返った花織の目に映るのは、ドアのそばに立つ翔。
彼は花織へとゆっくり歩み寄り、そして……。
「僕でよければ話してくれないかな?」
そう声をかけ、ハンカチを差し出した。
少し屈んだ彼と目線が合う。
その穏やかな笑顔が眩しくて……。
途端に花織は声を上げて泣き出した。
それを見守るように、翔はただ優しく微笑み、じっと待つ。
数分後、ようやく落ち着いた花織は、嗚咽混じりに訳を話した。
母が病気ということ。
治療費が必要なこと。
自分では何もできそうにないこと……。
それを聞き届けた翔は、その肩をポンポンと軽く二度叩いた。
「それなら、いいことを教えてあげるよ」
そう言って取り出したのは一枚の写真。
だが、それを見せられても花織はピンと来ず、翔を見つめ返す。
「えっと……?」
「この人に頼むといいよ。数々のゲーム大会で優勝した凄腕のプレイヤーでね、優君っていうんだ。ゲームセンターにいるはずだから、探しに行っておいで」
それを聞いた花織は、表情がみるみる晴れてゆき……。
「はい! ありがとうございます!」
一礼し、すぐさま一心に走り出した。
その綺麗な黒髪が乱れるのも厭わずに。
息が苦しいのも気にせずに。
ただただ無我夢中で……。
数分後、一番近くのゲームセンターに着くや否や、今度は店内を駆け回る。
一人ずつ顔を確かめては、またすぐに走り出す。
必死に探し続ける彼女。
と、その時。
不意に、目的の人物らしき姿が目に映った。
だが、それは通路を過ぎ去る一瞬のこと。
すぐにゲーム機の陰へと隠れてしまった。
花織は慌てて追いかける。
そして……。
「あの……!」
ついにその背を捉え、呼び止めた。
徐に振り向くその男子。
花織はその顔を見て、探していた人物で間違いないと確信する。
しかし、酷く息が上がっており、言葉が途切れてしまう。
その様子を白い目で見る優。
数秒後……。
「何だ?」
ただ一言、ぶっきらぼうな応えが返された。
【デッキ紹介】
デッキ名:なし
タイプ:なし
使用者:花織
【デッキリスト】
ヒール:4枚
見習いシスター:4枚
エリミネイター:4枚
ナイトスニーカー:4枚
マインドハック:4枚
デス:4枚
イーブルメンタリスト:4枚
大王貝:4枚
火の国の伍長:4枚
火の国の軍曹:4枚
レイジ:4枚
アーマー:4枚
ラベンダーセラピスト:4枚
ディフェンス:4枚
ドレイン:4枚
【解説】
初心者特有の失敗例。
デッキタイプが定まっておらず、作戦が立てにくい。
具体的には、バフを大量に採用している割にはレプリカの枚数が少なく、回復やガーディアンが特に意味もなく積み込まれている。
また、魔力コストや属性のバランスも悪く、使い勝手の悪さが目立つ。