表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/45

決戦前夜

 準決勝後、すぐるは花織たちと顔も合わさず帰宅した。

 そしてそのまま閉じこもり、数日がってもカードショップに現れない。

 花織とごうがいつまでも待ち続けるテーブルは、人も寄りつかずさびしさがただよっている。


 そんなある日、ごうはずっと気になっていたことを聞くべく、口を開いた。


「なあ。何であの時、すぐるに何も言わなかったんだ? さすがにあの態度で傷ついたからか?」


 その問いにすぐには答えず、沈黙が流れる。

 しばらくして……。


「……いいえ、違います。傷ついたのは、確かにそうですが……それが理由じゃありません。私が何も言わなかったのは、すぐるさんが黙れと言ったからです」

「何だよそれ? 別に言いなりになる必要なんてねえだろ?」

「はい。ですが……すぐるさん、苦しい気持ちでいっぱいだったんだと思います」

「だったらなおさら……」

「ダメです!」


 花織の声がごうの言葉をさえぎった。

 その語気の強さに、ごうは思わず黙る。

 数秒後、再び花織が口を開く。


「何となくわかったんです。あの時のすぐるさん、きっと世界の全てを拒絶してました。私の言葉も……どんな言葉も、聞きたくなかったんだと思います。そんな時に無理にでも声をかけたら、さらに追い詰めることになってしまいます」

「……けどよ」

「ダメです!」


 再び花織が言葉をさえぎった。


「絶対にダメです! すぐるさんは今、一人にしてほしいんです。ですから、すぐるさんの方から声をかけたくなるまで待つんです。ですが……もしかしたら、話しかけづらく感じているかもしれません。なので、いつでもすぐるさんの心の声に気付けるように、常に意識して待ち続けます。私にできるのはそれだけです……」


 そこまで聞いて、ごう溜息ためいきき……。


「大したもんだよ、花織は。そこまで考えられるものかよ、人の心って……」


 と、感心しきった。

 その視線の先、花織は今も懸命にすぐるを思っている……。


 しかし、待てども待てども、すぐるは来なかった。

 そしてついに、決戦前夜を迎える。

 特別待遇として近くのホテルに招待された彼とじん

 前夜祭もそこそこにすぐるは部屋に戻り、早めに就寝。


 その深夜のこと。

 すぐるはふと目が覚め、何気なく窓の外をのぞいた。

 そこで目にしたのは、遠くでうつむいたままたたずじん

 その姿は街灯に照らされ、煌々(こうこう)かがやいている。

 しかし、すぐるにはそこだけ一層暗く思えてならない。


 だが、不思議とその暗さが彼の心をきつけ、ながめ続ける。

 しばらくして、じんおもむろにデッキを取り出した。

 直後、彼は涙を流し始める。

 そのしずくがキラリと光り、遠くにいるすぐるにも視認できた。


 あのじんが泣いている。

 それは一体何事か?


 目の前の光景に夢中になるすぐる

 そのあまり、窓へとそっと手を触れてしまった。


 瞬間しゅんかんじんが振り向き目が合う!

 すぐるあわててカーテンを閉め、テーブルに向かう。

 ……今のは何だったのか?

 疑問が脳に湧き起こる。


 じんが泣いていた。

 なぜ?

 そもそもすぐるは、じんのことなどまともに考えたことがなかった。

 よく知らない相手だが、少なくとも弱いイメージは抱いてない。

 それはゲームの話ではなく、精神面での話。

 なぜなら、すぐるの目には、じんがいつも余裕の態度に映っていたから。


 だが、そんな彼が泣いていたのは事実。

 何が彼を悲しませたのか……それを導き出すため、すぐるはこれまでのことを思い起こす……。


 じんすぐるに大会出場を辞退するようせまった。

 その理由を、すぐるに嫌な思いをさせたくないからだと、彼は話した。

 そして準決勝ですぐるやぶれた直後、彼は悲しそうにつぶやいた。

 すぐるがもっと精神的に強ければ楽しめたのに……と。


 これらからわかることがいくつかある。

 一つ目、じんは勝つことを求めているわけではない。

 二つ目、対戦相手が傷つくことは望んでいない。

 三つ目、彼だって、ゲームを楽しみたいと思っている……。


 それら三つから、さらに導き出せる答え。

 すなわち、じんもまた孤独ということ。

 誰からもみ嫌われていること。

 それゆえに、ゲームを楽しむことができないということ……。

 それが、彼が悲しんでいる理由だ。


 そのことに気付いたすぐるは、途端とたんじんへ抱いていた恐怖心がしぼんでゆく……。

 そして、彼もまたあわれな存在なのだと、そう気付いた。


 しばらくの後……。


「助けなければ」


 すぐるは自然と口に出していた。

 そこに何の得があるのか。

 ないとすれば、すぐるが助ける理由は?

 それはわからなかった……彼自身にさえも。


 彼自身すら気付いていない理由……それは、じんと彼には重なる部分があったから。

 ただ、それだけだ……。

 それで充分だった。


 そう、すぐるもまた孤独。

 それをいやしてくれた存在まで、みずから追い払ってしまった。

 花織の言葉の一つ一つが思い起こされる。

 いつもそれは、相手のことばかり気にかけた、思いやりにあふれるものだった。

 そんな彼女の思想が移ったおかげで、今ならすぐるじんの気持ちが少しはわかる……。


 そしてこの瞬間しゅんかん、ずっと狂ったままだった運命の歯車が、最後の部品ピースを得て正しく回り出す!


 たちまち、すぐるはデッキを作り始めた!

 創造性が開花する!

 発想は止まらない!

 次々と新しいアイディアが浮かんでくる!!


 ……こうして、デッキはまたたく間に完成。

 早く使いたい気持ちを抑え、明日に備えて再び就寝した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ