決戦前夜
準決勝後、優は花織たちと顔も合わさず帰宅した。
そしてそのまま閉じこもり、数日が経ってもカードショップに現れない。
花織と轟がいつまでも待ち続けるテーブルは、人も寄りつかず寂しさが漂っている。
そんなある日、轟はずっと気になっていたことを聞くべく、口を開いた。
「なあ。何であの時、優に何も言わなかったんだ? さすがにあの態度で傷ついたからか?」
その問いにすぐには答えず、沈黙が流れる。
しばらくして……。
「……いいえ、違います。傷ついたのは、確かにそうですが……それが理由じゃありません。私が何も言わなかったのは、優さんが黙れと言ったからです」
「何だよそれ? 別に言いなりになる必要なんてねえだろ?」
「はい。ですが……優さん、苦しい気持ちでいっぱいだったんだと思います」
「だったらなおさら……」
「ダメです!」
花織の声が轟の言葉を遮った。
その語気の強さに、轟は思わず黙る。
数秒後、再び花織が口を開く。
「何となくわかったんです。あの時の優さん、きっと世界の全てを拒絶してました。私の言葉も……どんな言葉も、聞きたくなかったんだと思います。そんな時に無理にでも声をかけたら、さらに追い詰めることになってしまいます」
「……けどよ」
「ダメです!」
再び花織が言葉を遮った。
「絶対にダメです! 優さんは今、一人にしてほしいんです。ですから、優さんの方から声をかけたくなるまで待つんです。ですが……もしかしたら、話しかけづらく感じているかもしれません。なので、いつでも優さんの心の声に気付けるように、常に意識して待ち続けます。私にできるのはそれだけです……」
そこまで聞いて、轟は溜息を吐き……。
「大したもんだよ、花織は。そこまで考えられるものかよ、人の心って……」
と、感心しきった。
その視線の先、花織は今も懸命に優を思っている……。
しかし、待てども待てども、優は来なかった。
そしてついに、決戦前夜を迎える。
特別待遇として近くのホテルに招待された彼と神。
前夜祭もそこそこに優は部屋に戻り、早めに就寝。
その深夜のこと。
優はふと目が覚め、何気なく窓の外を覗いた。
そこで目にしたのは、遠くで俯いたまま佇む神。
その姿は街灯に照らされ、煌々と輝いている。
しかし、優にはそこだけ一層暗く思えてならない。
だが、不思議とその暗さが彼の心を惹きつけ、眺め続ける。
しばらくして、神は徐にデッキを取り出した。
直後、彼は涙を流し始める。
その雫がキラリと光り、遠くにいる優にも視認できた。
あの神が泣いている。
それは一体何事か?
目の前の光景に夢中になる優。
そのあまり、窓へとそっと手を触れてしまった。
瞬間、神が振り向き目が合う!
優は慌ててカーテンを閉め、テーブルに向かう。
……今のは何だったのか?
疑問が脳に湧き起こる。
神が泣いていた。
なぜ?
そもそも優は、神のことなどまともに考えたことがなかった。
よく知らない相手だが、少なくとも弱いイメージは抱いてない。
それはゲームの話ではなく、精神面での話。
なぜなら、優の目には、神がいつも余裕の態度に映っていたから。
だが、そんな彼が泣いていたのは事実。
何が彼を悲しませたのか……それを導き出すため、優はこれまでのことを思い起こす……。
神は優に大会出場を辞退するよう迫った。
その理由を、優に嫌な思いをさせたくないからだと、彼は話した。
そして準決勝で優が敗れた直後、彼は悲しそうに呟いた。
優がもっと精神的に強ければ楽しめたのに……と。
これらからわかることがいくつかある。
一つ目、神は勝つことを求めているわけではない。
二つ目、対戦相手が傷つくことは望んでいない。
三つ目、彼だって、ゲームを楽しみたいと思っている……。
それら三つから、さらに導き出せる答え。
即ち、神もまた孤独ということ。
誰からも忌み嫌われていること。
それ故に、ゲームを楽しむことができないということ……。
それが、彼が悲しんでいる理由だ。
そのことに気付いた優は、途端に神へ抱いていた恐怖心が萎んでゆく……。
そして、彼もまた哀れな存在なのだと、そう気付いた。
しばらくの後……。
「助けなければ」
優は自然と口に出していた。
そこに何の得があるのか。
ないとすれば、優が助ける理由は?
それはわからなかった……彼自身にさえも。
彼自身すら気付いていない理由……それは、神と彼には重なる部分があったから。
ただ、それだけだ……。
それで充分だった。
そう、優もまた孤独。
それを癒してくれた存在まで、自ら追い払ってしまった。
花織の言葉の一つ一つが思い起こされる。
いつもそれは、相手のことばかり気にかけた、思いやりに溢れるものだった。
そんな彼女の思想が移ったおかげで、今なら優は神の気持ちが少しはわかる……。
そしてこの瞬間、ずっと狂ったままだった運命の歯車が、最後の部品を得て正しく回り出す!
忽ち、優はデッキを作り始めた!
創造性が開花する!
発想は止まらない!
次々と新しいアイディアが浮かんでくる!!
……こうして、デッキは瞬く間に完成。
早く使いたい気持ちを抑え、明日に備えて再び就寝した。




