最善の答え
画面に表示された三問目を前にし、やはり花織は優の教えを思い返していた。
それは、二人の約束でもある……。
――試験前日。
優との特訓を終えた花織は、躊躇いながらも口を開いた。
「……あの！」
「……どうした？」
「ええと、その……。優さんは、なぜ問題を解く前に必ず思い返すようにと、念を押したのですか？」
花織のその問いかけに、優の表情が俄かに曇る。
「……嫌か？」
「ち、違います！ すみません、変なことを聞いてしまって……。私はただ、優さんがとても辛そうに見えたので、それで……」
俯く花織。
流れる沈黙。
数秒後、優は溜息を吐いた。
「……昔の話だ。神やキョウと会うより、もっと前の。当時まだ小学生だったオレは、クラスメイトから聞かれたことがある。どうすればゲームが上手くなるのか、と。オレは懸命に教えた。きちんと考えるための、手順や明確な判断基準を……。だが、そいつはオレがいくら言って聞かせても、自己流を直そうとはしなかった。その内、オレも頭にきて、それで……」
途切れる言葉。
その続きを話すのを、優は躊躇っている。
もし、話した結果、自分のことを悪者だと批難されたら……。
そんな不安が頭を過る。
だが、すぐにその考えは払拭された。
優は既に知っている。
その心配はない、と。
いつだって、花織は他者の気持ちを尊重してきた。
相手の思いを蔑ろになど、絶対にしない。
その信用に後押しされ、優は意を決して再び口を開いた。
「それで、口調が荒くなり、どんどんオレたちは険悪になった。その様子を見て、他のクラスメイトたちが相手側を擁護した。……お前も、オレが悪いと思うか？」
その話を悲しい顔で聞いていた花織が、首を横に振る。
「思いません。いいえ……その話に、悪者なんて存在しないと思います。優さんは、真剣に向き合っていたからこそ、妥協しなかった。そうですよね？ 教わっていたクラスメイトも、やる気がなかったわけではないと思います。そして、擁護した人たちも、そのクラスメイトを可哀そうだと思っての行動なはずです。ただ……」
花織はその先を口にする前に、それぞれの心境へと思いを馳せた。
そして、目を潤ませ、再び声に出す。
「……ただ、皆さん少しだけ相手を思い遣る気持ちが足りなかったと思うんです。教わったクラスメイトや擁護した人たちは、優さんのまっすぐな気持ちを理解しようとしなかった。優さんも、初心者の気持ちに寄り添えなかったのかもしれません。今の話の中には、悪意を持って接した人なんて誰一人としていないと思います。皆さんが少しずつ相手の気持ちをわかってあげれば、もっといい解決法があったはずです。きっと……」
その言葉を聞き、優はしばらく考え込む。
十数秒後……。
「……そうか。……その通りかもしれないな」
そう呟いた後、強く頷いた。
さっきまでと違う、とても穏やかな表情で。
そして、まっすぐに花織を見つめ、改めて口を開いた。
「オレも自分なりに考えていた。お前に出会ってから、ずっと。もっといい教え方があったんじゃないか、と。そして結論を出した。きっと、あいつもオレの話を理解しようと懸命だったんだろう、と。ただ、お互いに不器用なだけだったのかもしれないな。だからお前には、どんなに不器用でも実践できるように、こう言ったんだ。最初に必ず、オレの言葉を思い出せ。後はオレが答えに導くから……」
――その約束が今、一人で戦う花織の支えになっている。
落ち着いて画面を見つめる彼女。
行く手を阻む問題は、１５体のレッドドラゴンを３枚のカードで退場させろという内容。
しかも、内２枚は同じカードでなければならない。
大量に並んだレッドドラゴン。
以前なら、その数に圧倒され冷静さを失っていた。
しかし、今は違う。
その大群というキーワードは、優の言葉を想起させる。
花織の頭の中で、その声が響く。
「大群と言えば……？」
「ループで解決、でしたよね！」
「……しっかり覚えたようだな。正解だ」
優の微笑みが頭に浮かび、確かな自信と共に花織は解答へと移った。
ループに使えるカードも、事前に研究済み。
場のレプリカを戻せるウェーブ。
これを味方にも打てるのがポイント。
そして、捨て札のサポートを戻せるアルファ博士。
この２枚を組み合わせることにより、アルファ博士で捨て札からウェーブを手札へ戻し、そのウェーブで場のアルファ博士を戻すことができる。
そして、この方法なら、内２枚は同じカードという条件もクリア可能。
即ち、ウェーブを２枚使えばいい。
２枚の内の片方をレッドドラゴンへ打ち、もう片方をアルファ博士に打つ。
そして、アルファ博士でまとめて回収。
以上の解答に辿り着き、操作する花織。
すると、ループが完成した段階で残りはオートで処理され、無事にクリアとなった。
続く四問目。
相手の場にフルメタルガーディアンがいる状況下で、ライフ１２を削り切るのがクリア条件。
使えるカードは２枚。
この条件を見て、以前の花織なら１枚で６ダメージを与えるカードを探していた。
だが、今は違う。
早々にそのミスリードを振り払い、学んだセオリーを一つ一つ思い返す。
しばらくして、こんな会話を思い出した。
「以前、問題で使った取捨選択というカード。このカードには、自分の手札を捨て札へ置く効果が含まれている。お前はこれをデメリットだと思うか？」
「……そう思っていました。けど、確かに優さんの出題では、逆にそれを利用していましたよね。でも、多くの場合はデメリットになってしまうと思うんですが、違うのでしょうか？」
「……そもそも、デメリットって何だと思う？」
「え！？ ええと……？」
「デメリットとは、ある作用のことを自分に不都合だと感じた人が付けた呼び名だ。だが、物事の損得とは、そんなに簡単なことじゃない。損にしか見えないことでも、状況次第でメリットに変わる。特に、このカードゲームというジャンルでは、それが醍醐味とも言える。カードの効果を最大限に活用するには、こうしたデメリットも上手く使いこなさないとな。今から、例をいくつか見せてやろう」
その時に教わったコンボの数々が、花織の脳内に浮かぶ。
そして、その内の一つに考えが至り、この問題の解へと辿り着いた。
まず、リビングデッドを召喚し、使用時の効果で２ダメージを与える。
このレプリカは、死亡時にも４ダメージを与える効果を持つが、通常ならこのターン中に捨て札へ送ることは無理。
しかし、味方を捨て札へ置く効果を利用すれば、話は別。
そのために使用するカードはサクリファイス。
効果により、自分のレプリカを１体犠牲に、４ダメージを与えられる。
そこへさらに、リビングデッドの死亡時効果による４ダメージも加算され、最初の使用時効果も含めると計１０ダメージ。
さらに、リビングデッドは死亡時に手札へと戻るため、再度召喚して計１２ダメージ。
以上の手順でこの問題もクリア。
いよいよラスト。
問題を要約すると、ライフ２０と鉄壁の守りを乗り越えて勝利しろという内容。
使える手札は１枚のみで、山札の上から６枚は自由に選べる。
ただし、カードの被りは禁止。
この難問に対し、花織は苦戦。
どんどん持ち時間が減ってゆく。
相手の守りを崩す方法を模索するも、何も案が浮かばない。
それもそのはず。
相手の場にいる守り神は、プレイヤーへのダメージを身代わりに吸ってしまう。
しかも、ディバインアーマーの恩恵により、受けるダメージを９軽減。
それならば、デスやウェーブによって場から除去することを考えてみても、問題文に守り神をターゲットに選択不可とあるため無理。
ならば、ターゲットに指定せずに除去できるカードを考えてみても、黄泉の門や津波は使用禁止されている。
そして最後の砦として控えている無限枚数のウェーブ。
そのせいで、キラーを効果に持つレプリカで突破しようにも、攻撃宣言時に手札へ戻されてしまう。
まさに鉄壁。
これを掻い潜ってライフ２０を削り切るなど、到底不可能。
絶望的な条件に、花織はどんどん平常心を失ってゆく。
しかし、彼女は再度思い返した。
優との約束を……。
懸命に教わったことを思い出す。
無意識の内に何か思い込みがなかったか、確認してゆく。
そして……ようやく気付いた！
このターン中の勝利という条件を見て、ライフを０にすることとイコールで結び付けてしまっていたことに。
このゲームの勝利条件はそれだけではない。
つまり、狙うべきは……山札！！
そこからの思考は早かった。
勝利から逆算し、必要なカードを特定してゆく。
まず、山札の６枚は、１枚目から５枚目の内４枚を、ウェーブ、アルファ博士、カゼスズメ、ロストにする。
残り１枚は何でもよい。
次に、６枚目にリザレクトを選択。
そして、手札から使用するのは風乗り。
これにより、山札の上から５枚をオープンし、カゼスズメを場に出して残りは捨て札へ。
カゼスズメの効果により、さらに山札の一番上のカードをオープン。
リザレクトは魔力３以下という条件を満たしているため、手札に加わる。
加わったリザレクトを使用し、アルファ博士を手札に戻し召喚。
効果により、ロストとウェーブを回収。
後はロストで山札を捨て札へ送りながら、ウェーブとアルファ博士でループすればいい。
出揃った解答通りに機器を操作し終えたその時。
「以上！ 試験時間終了です。速やかに操作を止めてください」
丁度、タイムアップを迎えた。
ギリギリ間に合った画面には、オールクリアの文字が七色に輝いている。
――その頃、カードショップでは優が翔と対面していた。
渡された機器を操作し終え、翔へと突き返す優。
そのあまりの解答スピードに、翔は拍手を送った。
「すごいよ！ 二分切るなんて！ その二分弱も全部操作時間のみで、考慮時間は０秒。表示された瞬間に解くなんて芸当、優君にしかできないよ！」
「お世辞だろ。神にもやらせてみたらどうだ？」
「もう解かせたよ。けど、彼でも五分はかかった。やっぱり、カードの使い方では優君の方が上だね」
「……オレが勝てると思ってないくせによく言える。実戦で勝てなきゃ意味がない」
「いやいや、僕は君を信じているよ！」
上擦った翔の声に、優は溜息を吐き顔を背ける。
流れる沈黙。
数分後、優はチラリと時計を見た。
その後、今度は翔の手元をボーっと眺める。
そこにあるのは、問題を解くために先程使用した機器。
その視線に翔が気付く。
「花織ちゃんのことが気になる？ ちゃんと問題を解けたかどうか……」
「……パズル試験は心配ない。問題は、その後だな。これで終わりじゃないんだろ？ パズル問題を含む、という書き方だったからな」
「もちろん。その後にトーナメント形式の予選が待ってるよ。でも、パズルの成績次第でシード権は獲得できる」
「……そうか」
――そんなことを話している間にも、会場では休憩時間終了。
それと同時に始まった予選トーナメント。
厳しい倍率の中、熱戦を繰り広げる参加者たち。
その熱気の中、シード権により決勝戦まで免除された花織は、他の出場者の戦いぶりを観察していた。
そして、誰が勝ち上がるのか目星を付けながら、対策を練り、デッキを組み直してゆく。
優にもらったデッキメモと、轟からもらったプラチナカードを頼りに……。
数時間後。
準決勝が終わり、対戦相手は予想通りの人物に決まった。
いよいよ予選決勝が開幕する……。
