パズルの攻略法
翌日、花織は蒼褪めた表情でショップを訪れた。
先に来ていた優は、その顔色を一目見ただけで悟る。
案の定、花織は優の姿を目にするなり駆け寄った。
「す、優さん! 予選内容を見たんですけど、パズル問題って一体何ですか!?」
慌ただしく問う花織。
対し、優は落ち着き払い、ゆっくりと口を開く。
「設定された状況下で、与えられたクリア条件を満たす問題……と言ってもわかりにくいだろう。実際に例題を出す」
優はテーブルへとカードを1枚置いた。
レッドドラゴン。
高いライフとアーマー(ダメージ軽減効果)を持つ、強力なレプリカだ。
優は花織へと視線を向けながら、そのレッドドラゴンを手で指し示す。
「今、オレの場にはこいつがいる。このターン中に、これを捨て札へ置くのがクリア条件だ。ただし、使える魔力は水属性3つだけ。手札は好きなカードを何枚でも使っていい」
「え、えええ!?」
花織は驚きの声を上げた。
水の魔力3つだけでレッドドラゴンを倒すなど、到底不可能に思えたからだ。
ただでさえ、水属性はダメージを与えるカードに乏しい。
しかも、レッドドラゴンのアーマーを突破するには、僅かなダメージでは意味がない。
数分後、花織は早くもギブアップ。
「全然わかりません……。どうやっても倒せないように見えます」
「……そうだな。倒せ、とは一言も言っていないからな」
「えっ!?」
花織は思わず優を見返した。
が、何を聞き返せばいいのか。それさえわからない。
あまりにも意味がわからず、言葉を失っている。
「もう一度言う。オレはこのカードを捨て札に置けばクリア、と言った。倒せ、とは言っていない。つまり、場から捨て札へ置かなくてもいいということだ」
「場からじゃなくても……。あ!」
花織はハッとし、2枚のカードを取り出した。
「水のカードなら、捨て札へは置けなくても手札に戻すことならできます! まず、ウェーブを使用して、それから残りの1魔力でデリートを使用します!」
優はレッドドラゴンを手札に戻した後、捨て札へと置くと微笑んだ。
「正解だ」
花織は跳び上がる程に喜ぶ。
「優さんのヒントのおかげです!」
「この問題のポイントは、水以外のカードも使えるという点だ。水の魔力しかなくても、無属性しか消費しないカードなら使用可能だからな。このように、出題者は状況や言葉で惑わそうとしてくる。次の問題もそうだ……」
優は次なるカードを並べた。
「15体のレプリカを並べた。全てライフは1で、特に効果も気にしなくていいものばかり。これを、光のカードを3枚使い、このターン中に全滅させればクリアだ」
「ええと……今回は光のカードという条件があるんですね」
花織は光のカードを取り出し、1枚1枚確認してゆく。
まず探したのは全体ダメージを与えるカード。
しかし、そのようなカードは光属性には存在していない。
次に、1枚で5体へダメージを与えられるカードがないか、探し始める。
15を3で割って5。
しかし、そんな単純な話なわけがない。
だが、花織はカードゲーム初心者なので、それに気付かずカードを眺め続けている。
「うーん……。5体を倒せるようなカード、ありましたっけ……?」
「さっき言ったことを思い返してみるといい。出てくる数字は十中八九ミスリードだ。そもそも、同じカードを3枚使うだけでは、パズル問題とは呼べない。まずはそこに気付くところからスタートだ」
「なるほど……確かにそうですね。では、どうすれば……」
「組み合わせ次第でたくさんダメージを出せるカードを探してみろ。効果が変動するカードは、使い方次第で恩恵も大きくなる」
「それなら、さっき見かけたカードが……。ありました! 救済の手の教祖。このカードなら、レプリカを召喚する度に1ダメージを与えられます。組み合わせるのは、天国の守衛。このカードなら7体のレプリカを召喚できます! でも……」
花織の勢いが失速した。
天国の守衛を2枚使っても、14体しか召喚できない。
1体だけ倒せずに残ってしまう。
頭を抱える花織。
「後1体、どうすれば……」
「最大効率を出すことを考えるといい。天国の守衛を使用し、レプリカを大量に並べる。これに反応し、救済の手の教祖の効果が起動。つまりはスイッチだ。スイッチを押す一手間で、複数の出来事が一度に起こればいい」
「一度に……ッ! わかりました! 2枚使うのは救済の手の教祖の方だったんですね! 2体先に出しておけば、天国の守衛を使った時のダメージも二倍。そして、2体目を出した際に1体目の効果が起動するので、足りなかった1ダメージを補えます!」
「正解。この考え方は実戦でも使える。天国の守衛のような重いカードを2枚3枚と使わなくても、工夫次第で同等の効果は引き出せる。さて、次がラストだ」
優はテーブルのカードを全て片付けた。
新たにカードを置く様子もない。
そして、まっさらな場を前にし、口を開く。
「最終問題。オレはライフ4。手札も場も0だ。対するお前は、手札にインフェルノブリンガーが2枚と、任意のカードが1枚。チャージ済みの魔力は6以上だが、そのほとんどが消費済み。つまり、このターン中は使用できない。水1魔力だけを使って、そのインフェルノブリンガーを捨て札に置くのがクリア条件だ」
「水1魔力だけで……」
懸命に探す花織。
……と、1枚のカードがその目に留まった。
「あ! 取捨選択。このカードですね!」
「ああ、正解だ」
「わあ……! 自力で解けると嬉しいです!」
「まあ、この問題は出題意図の方が大事だからな。この問題のように、一見デメリットに見える効果を利用することは多い。もしくは、本来なら相手に使用するカードを味方に使う、とか」
「難しそうです……」
「安心しろ。パズルは考え方さえ身に着ければ怖くない。オレがコツを教えてやる」
「それでも解けなかった時は……?」
恐る恐る問う花織。
その不安げな眼差しへと、優は頼もしい笑みを返す。
「それは、お前が教えを破った時だけだ。オレが教えた通りに考えれば、必ず解ける。その思考手順を忠実に守ってさえいれば、な。オレの話に疑いを持たず、信じぬくことができるか?」
「もちろん信じます! 問題を解く自信はありませんが、優さんのことは絶対に疑ったりしません! それだけは約束できます!」
「そうか……。なら、今から言うことは絶対に忘れるな」
「はい!」
良い返事を合図に、特訓の日々が始まった。
――そして、梅雨空の下で迎えた当日。
場所は都内の某大学。
参加人数は数千人。
だが、これもほんの一部。
予選は各都道府県で行われているため、総参加人数はさらに多い。
とは言っても、都内が特に大人数なのもまた事実。
その大勢のライバルの中、あまりの心細さに花織は震えていた。
何しろ今日は一人きり。
優は予選免除。
轟は潰し合いを避け、別エリアで参加中。
だが、離れていても、心の支えであることに変わりはない。
特訓の日々を思い返し、花織は勇気を振り絞る。
「……大丈夫。私は一人じゃない」
そう自身を奮い立たせ、案内に従い教室へと入ってゆく。
そして、配られた専用の電子機器の動作チェックを終え、準備は完了。
いよいよ、予選試験が始まる。