孤独な悩み
ルールはカードリストと共に別で投稿しています。
が、読まずとも楽しめるように配慮して書いてますので、ご安心を。
それでは、第一章 【最善の再起】をどうぞお楽しみください。
とある男子高校生が、自室の壁を殴りつけた。
これは、時折彼の身に起こる発作的な破壊衝動。
ふとした際にトラウマが頭を過ると、反射的にそうしてしまう。
これでもまだ落ち着いた方で、当初は棚に並んだ無数の優勝杯を砕け散るまで叩きつけていた。
そんな彼――優は、何も初めからこうだったわけではない。
彼が精神を壊したのには、理由があった……。
――五年前の出来事。
舞台は某格ゲー大会。
その日も彼は、自分が負ける未来など想像すらしていなかった。
だが、現実は非情。
一回戦目にしてまさかの敗退。
加えて、試合内容まで最悪。
全ての行動を読まれ、1ダメージも与え返せずにストレート負け。
文字通り手も足も出ず、完敗を喫した。
崩れ去る自信。
勝つイメージが全く湧かない絶望。
それがどれだけ彼を追い詰めたことか。
そして何より彼を苦しめたのは、仲間だと信じていた者から浴びせられた言葉……。
「がっかりだよ」
とても単純で低レベルな語彙。
しかしそれは、彼の心に深い傷を残すには充分過ぎた。
理由は明白……信頼を裏切られたから。
今まで貰った励ましの言葉がぐるぐると頭を廻る。
「こんなに才能があるのに、もったいない! 親になんて縛られる必要はないよ!」
そう言ってくれたのは一体何だったのか?
彼は疑心暗鬼に陥り、その場に崩れ落ちた。
これをきっかけに、元々内気な彼は塞ぎ込んでしまう。
心は常に憎悪で満ち溢れ、周り全てが敵として映り、人を嫌い、ファンやゲームプロデューサーを追い払い、あれ程好きだったゲームでさえも視界に入れるのを拒み……。
壊れに壊れ、壊れ続け……。
そうして二年が経ち、やっとゲームができるまでに落ち着いた。
しかし、傷ついた心は元には戻らない。
以来、彼は対人戦を行わず、ソロプレイに没頭している。
癒しを求めて。
あるいは、あの日の絶望に対しての、その答えを求めて……。
――そして今に至り、三月のある日。
優は新作ゲームの発表会を訪れていた。
彼は肩までの長い髪を揺らし、活気に満ちた広い会場を散策している。
その虚ろな目に、黄色いカラコンを通して次々とゲームが映っては流れてゆく。
アクション、RPG、格ゲー、音ゲー、レース、ホラー、恋愛シミュレーション、パズル……。
あらゆるジャンルが勢揃い。
しかし、優はどのコーナーにも興味を示さず、長くとも数分で立ち去ってしまう。
次に立ち寄ったカードゲームのコーナーでも同様。
新作『ウィザーズウォーゲーム』で遊ぶ人々を、ただぼんやりと眺めるのみ。
と、そこへスタッフがルールブックを手にやって来た。
「よろしければどうぞ」
笑顔と共に両手で差し出すスタッフ。
優はそれを面倒そうに受け取り、パラパラとめくること数秒。
そのまま閉じ、ぶっきらぼうに突き返した。
その無愛想な態度にスタッフは困惑。
しかし、仕事上ここで帰すわけにもいかず、懸命に笑顔を作り続ける。
「あの、もし難しければ、私共がサポートしますので……」
「いらない。もうルールは理解した」
「え? あの……!」
戸惑うスタッフ。
しかし、優は気にも留めず、レンタル用のデッキを手に取った。
そして、その内容をザッと確認する。
それを心配そうに見つめるスタッフ。
だが、何にせよ興味は持ってもらえたと判断し、胸を撫で下ろす。
ところが、あろうことか優は数秒も経たない内にデッキを元の位置へ置くと、そのまま踵を返した。
スタッフは慌ててデッキを手に取り、駆け寄る。
「どうぞ遠慮なく! 無料で貸し出してますので、試しに遊んでみませんか?」
そう呼び止められた優は、深く溜息を吐いた後、振り返るなり冷たい視線を向けた。
「ゲーム自体はまあ、面白そうだ。けど、人とゲームするのはごめんだね。見に来ただけで、やるつもりはない。悪く思わないでくれ」
生気のない表情が、機械のように言葉を漏らす。
その声は暗く重く、これ以上踏み入ることを許さない。
まるで孤独を鎧にして閉じこもっているような、深い絶望と拒絶。
目には相手などまともに映っておらず、代わりにトラウマの幻影を追っている……。
あまりの異様さに、思わず言葉を失うスタッフ。
それを尻目に優は背を向けた。
だが、丁度その時!
「……つまんね。カードゲームなんて所詮はただの運ゲー。プレイングも何もあったもんじゃねえな」
近くの席からぼやきが届いた。
それは負け惜しみなどではない。
何しろ、口にした男は今まさに勝ったばかりなのだから。
つまり、悔しさからの愚痴ではなく、カードゲームそのものに対しての侮辱。
振り返った優は瞬時にそれを理解。
すると、先程までの無関心はどこへやら。
目を見開き、凝視している!
俄然、怒りを露わにし、レンタルデッキを手に取った!
スタッフは慌てて手を伸ばす。
「あ、あの! お待ちください!」
引き止めようと腕を掴むも、優はそれを振り解く。
「……一戦だけだ。遊んでやるよ」
「え? あ、あの!」
「ああいう奴は嫌いなんだ。許せない……。痛い思いをさせないと気が済まない。……この勝負、負けるわけにはいかないな」
その声は震えていた。
トラウマがかけているブレーキを、引き千切ろうと衝動が掻き立てる……。
カードゲームへの冒涜を咎めるべく、昂る心が早鐘を打つ!
不安と自信、憤怒と憎悪がグチャグチャに混ざり合い、できあがった感情はドロドロのカオス!
その恐ろしい笑みは……そう、まるで……修羅のよう!!
辺り一面真っ青に凍り付いたかのような悍ましいオーラを漂わせ、優はその男の対面へ着くなり口を開いた!!
「随分と調子がよさそうだな」
「うん? 君、誰?」
強気な挨拶へと返されたのは、気怠そうな視線と返事。
だが、優は構わず続ける。
「見学者だ。腕に自信があるから、一戦お願いできるか?」
その宣戦布告を受けた途端、相手は小さく吹き出した。
「いいけど、オレ今日負けなしだぜ? それでもいい?」
半笑いでの受け答え。
対し、優は不敵に笑う。
「ああ……。初黒星つけてやるよ」
「そりゃあ楽しみだ」
こうして始まった試合を、スタッフはすぐそばで心配そうに見守る。
トラブルに発展しないようにと、祈りながら。
そう、心配なのはその一点のみ。
勝ち負けなど、彼女にとってはどうでもいい話。
むしろ、優の負けを確信している。
先程ルールを知ったばかりの彼のことなど、素人としか思っていない。
そのルールさえも本当に理解したのかどうか、怪しんでいる。
だが、その予想に反して試合は互角の進行を繰り広げてゆく。
そして、いよいよ佳境に入り、男は2枚のカードを場に出した。
「火の国の軍曹にレイジを2枚使用。その効果によりパワーとライフが4ずつ上昇。どうだ! 倒せないだろう!?」
勝利を確信し、大手を広げて誇示する男。
何しろ、彼の場に誕生したのは、パワーとライフが9の化け物!
その凶刃が今、優へと襲いかかる!!
「行くぜ! 火の国の軍曹で攻撃!」
男は勝ち誇り、宣言と共に優を指さした!
だが、次の瞬間!!
優は不敵な笑みを浮かべ、左手に持つ手札からカードを1枚、右手で抜き取った!
そして、ゆっくりと相手側へと向けてゆく……!
「カウンター発動。火の国の軍曹に対し、デスを使用」
「なっ!?」
静かに言い放たれた宣言に、男は指さしたその手をわなわなと震わせる。
口はポカンと開いたまま。
その哀れな姿を、優は鼻で笑い……。
「せっかく使ったレイジが、無駄になったなあ……?」
粘り気を纏った声で、そう問いかけた。
ゆっくりと、噛みしめるように……。
あまりの恐怖に男は蒼褪め、慌てて捨て札へと手を伸ばした。
「ま、待ってくれ! なら、レイジは使わない!」
必死に戻そうとする男。
だが……。
「お前、何を言っているんだ? 一度宣言した行動が、巻き戻せるわけないだろう」
優は厳めしい表情でそれを制した。
そして、飽くまで冷静に続ける。
「そのレイジというカードに、何のためにカウンター効果が付いてると思っている? この反撃を予想し、ギリギリまで保留するためだ。それを怠ったお前が悪い」
「っ……!」
「これでわかっただろう。カードゲームにおいて、如何にプレイングが重要か。敗北を以って思い知るがいい」
「……」
あまりの正論に男はぐうの音も出ない。
その後、優も火の国の軍曹を召喚し、場を圧倒。
一度差がついたアドバンテージは、最後まで覆ることはなかった。
驚きのあまり立ち尽くす周囲。
敗北した男はばつが悪そうに退散。
少しして、優もその場を後にした。
――その日の夕方。
ウィザーズウォーゲーム本社に情報が入り、社員数名が会場を訪れた。
その内の一人が写真を取り出し、スタッフへと見せる。
「もしかして、この人だったかな?」
「は、はい! 間違いありません! えっと……彼は一体!?」
「数々のゲーム大会で優勝を重ねた、優君だよ」
それを聞いたスタッフは驚愕。
と同時に、一連の出来事が腑に落ちた。
「それであんなに強かったんですね。ルールブックを数秒見ただけで理解しちゃうし……」
「さっき聞いた話だと、使ったのはレンタルデッキだよね? だとしたら、スタッフさんは優君の本当の強さをまだ知らない。彼の本当の強みは、独創性。その発想力が生み出すデッキは、観戦者の心を一瞬で鷲掴みにする程だからね。それじゃ、彼の情報を集めて社長に報告するから、僕はこれで失礼」
そう告げて一礼すると、その社員は去ってゆく。
後に残されたのは、優の底知れぬ強さの、その断片的な話だけ……。
――数週間後。
新年度早々、優は担任に呼び出されていた。
「進路調査票、まだ出してないのお前だけだぞ? 配ったのいつだか覚えてるか? 去年の六月だ!」
「……そうでしたっけ」
目を逸らしながら応える優。
その態度に担任は溜息を吐く。
「あのなあ……。いくら試験が満点だからって、これじゃあダメだろう?」
「賞金、まだまだたくさんあるんで、心配しなくて大丈夫ですよ」
「そういう問題じゃないだろ? なあ、ちょっとはやる気を出せって。何でもできて面白くないのかもしれないけどさあ……」
「はいはい。それじゃ、失礼します」
そう言いながら、優は踵を返す。
「お、おい! ……ったく。ちゃんと提出するんだぞ! いいな?」
「はーい」
生返事と共に、優は職員室を後にした。
進路を真剣に考えるべきだなんて、言われずとも彼自身がよくわかっている。
だが、話はそう簡単ではない。
優とてゲーマーを続けたいのは山々だが、僅かに湧いた勇気や自信も、すぐさまトラウマが枯らしてしまう。
だが、そうした葛藤を知らない周囲からすれば、ただ怠けているようにしか映らない。
だから今日も彼は一人、悩みを抱え彷徨っている……。
――時を同じくして、とある中学校での話。
桜の舞う中、新入生と親たちが写真を撮っている。
何人かのグループで写る者や、親友と肩を組み二人で写る者。
中にはふざけるあまり、『入学式』と書かれた立て看板へと覆い被さる者や、塀に攀じ登る者までいる。
そんな中ただ一人、その少女は寂しそうに眺めていた。
風に靡く髪を押さえ、母との会話を思い出しながら……。