花織の決心
自室で俯く優。
その目は虚ろで、ただ一点を見つめたまま。
無理もない。
あの惨敗を引きずるなと言う方が無理だ。
彼は今、出口のない迷路に叩き落とされ、一人彷徨っている。
どうすれば勝てるのか?
その答えは見つからない。
周りからはどう思われたか。
思い出す度、恥ずかしさに狂う。
何故、あいつなんかに。
自分はこんなに直向きに戦っているのに。
その思いは膨れ上がる。
「何故、あいつなんかに……。何故、あいつなんかに……! 何故あいつなんかにっ!!」
憤怒はやがて憎悪となり、百の呪詛が口から溢れる。
とっとと忘れてしまえばいい。
気にするだけ損。
頭ではわかっていても、そう思えば思う程、葛藤へと引きずり戻される。
どうやっても勝てない。
何をしても勝てない。
絶望に支配され、彼は勝ち方さえも見失ってしまった。
すると、今度は恐怖が湧いてくる。
自分はもう誰にも勝てないのではないか?
そういう妄想に憑りつかれる。
負けのヴィジョンがあるからだ。
自分が負けるパターンを知ってしまったから。
もし、同じ戦術を他のプレイヤーがしてきたら、自分が負ける。
誰も彼も、強敵に思えてしまう……。
勝つためには、対策を立てなければ。
しかし、答えはどこにも見つからない……。
それでも見つけるしかない。
そのために試合内容を思い返し、再び後悔する。
それをトリガーとして、また惨めさを思い出す。
また、憎悪が溢れ出す……。
カオスな心境の中、ネガティブの悪循環はエンドレスに続く。
気もおかしくなる。
床を叩き、壁を殴り、それでも治まらずに叫ぶ。
しかし、こんな事で気持ちが晴れるわけがない。
それくらい、彼もわかっている。
わかりきっている。
それでも、そうせずにはいられない。
しかし、解決になどならない……。
――その頃、花織たちの二戦目は終盤を迎えていた。
轟の場に並んだレプリカは6体。
それを迎え撃つべく、花織はストックゾーンに置いてあるカードへと手を伸ばす!
「さっき轟さんが教えてくれたタイミング……今がその時ですね!」
「ああ、その通りだ」
「了解です! 超魔術テンペスト・リザーヴを使用します!」
宣言と同時に、花織はそのカードをストックゾーンから場に出した。
それは、神も使用していたカード。
リザーヴという効果を持っており、予め魔力を支払っておけば、発動のタイミングを後から選べる。
その際に置いておく場所が、場の手前に位置するストックゾーンと呼ばれる領域。
今、花織がカードを使用したのは、まさにそのストックゾーンから。
そう……それはつまり、リザーヴをきちんと活用した証。
超魔術テンペスト・リザーヴ。
その効果により、相手のレプリカ全てに1ダメージを与えることが可能。
轟の場にいるのは全てライフ1のレプリカ。
つまり、この1枚で一掃できる。
轟は6体のレプリカを捨て札へ置く前に、一か所に固め指し示した。
「これが、さっき説明したアドバンテージだ。あの段階で使用していたら、倒せるのは2体だけだっただろ? それが今は6体も倒せた。このように、カードの恩恵は状況によって増減する。1枚で相手のカード何枚へ対応できたか、それがカードアドバンテージ。リザーヴを使うなら、使うタイミングを意識するといいと思うぜ」
「はい! ありがとうございます!」
「おう! わからなかったら、何度でも聞いてくれよな! ……さてと、後は消化試合になりそうだな。オレがインフェルノブリンガーを召喚しても、ストックゾーンにある超魔術ウェーブ・リザーヴで返されるだけ。テンポロスをしたその隙に、反撃されて敗色濃厚。合格だ!」
「わあ……! 嬉しいです!」
満面の笑みを浮かべる花織。
と、そこへ翔が拍手をしながら現れた。
そして、轟が睨んでくるのを無視し、花織へと笑顔を向ける。
「お見事! 順調だね」
「翔さん! 見ていてくれたんですね。この間はありがとうございます。おかげで優さんに協力してもらえました。でも……」
俯く花織。
対し、翔は目線が合うよう屈み、微笑んだ。
「大丈夫。きっと戻ってくるよ」
優しく囁く翔。
その言葉に、花織が驚く。
「知ってたんですか!?」
「うん。神君から聞いたよ。優君はきっと大丈夫。さっき電話で二人が特訓してることは伝えといたから。きっと戻ってくるよ」
「わあ……! 本当に思いが届くか不安だったので、嬉しいです!」
「それでも来ない時は、僕が引きずってでも連れてくるから、安心して特訓に集中してね。三戦目はここで見守らせてもらうよ」
「はい! とても心強いです。少しでも多く学べるように、一生懸命覚えます!」
「うん。僕にも教えられることがあると嬉しいな。……ってことで、いいよね? 轟君?」
翔が爽やかな笑顔を向けた先にある轟の顔。
彼は、まだ睨んでいる。
「……お前、ショップの入口にいたウィザーズウォーゲームの社員だな? オレと優が戦ったのは、お前の誘導か?」
「あ、バレちゃった? ごめんごめん。いやあ、轟君は強そうだったから、優君と戦ったら熱戦になると思って、つい……」
不自然に上擦った翔の声。
その様子に、轟は冷ややかな視線を浴びせる。
「よく言うぜ……。あれのどこが熱戦だよ。まあ、今となっては感謝すべきか……」
「よかったー! 許してもらえて!」
わざとらしい大袈裟な言い方と共に、胸を撫で下ろす翔。
轟は呆れるあまり鼻で笑う。
「まあいい。それじゃ、小休止もできたし続きをやるか」
「はい! お願いします!」
元気な声と共に、二人は特訓を再開。
あっという間に序盤を過ぎ、中盤へ突入。
と、ここで暗雲が立ち込める。
先程までは順調だった花織だが、急に足並みが乱れ出す。
教わったばかりのカードアドバンテージを気にするあまり、疎かになってしまった場のテンポ。
そうなってから慌てても、もう遅い。
一度遅れてしまった防御は、容易に突破されてしまう。
手札は潤沢に整っているが、並んだ敵に対応しきれない。
何度倒しても、次から次へと押し寄せてくる大群。
やがて、花織のライフは0となった。
「……参りました」
がっくりと肩を落とす花織。
それを励ますべく、翔が拍手を送る。
「いやいや、よく戦えてたよ。ねえ、轟君」
「ああ。さっき教えたカードアドバンテージを意識できてたな。けど、今回のデッキテーマはリバースだったから、テンポアドバンテージ……つまり、場のやり取りを意識するのが正解だったな」
「なるほど……カードに合わせて考え方も変えるんですね」
今の反省点を要約すると、以下の通り。
リバースは捨て札にあっても使用できる効果。
その代わり、消費魔力は大きく設定されている。
その長所を引き出し短所を抑えるには、カードリソースよりテンポを取るのが合理的。
以上のことを花織はしっかりメモし、顔を上げた。
「ありがとうございます。おかげでいろいろ勉強になりました!」
「おう! いつでも特訓付き合ってやるぜ! さて……それじゃ、本題だな」
轟の顔から笑みが消え、それを合図にしたかのように花織が翔へと向く。
そして今、とんでもないことを口にする……!
「あの……。神さんを呼べますか?」
「神君を? どうしてだい?」
「私も戦うべきだと思ったんです。優さんと同じ気持ちを知るために……」
【デッキ紹介】
デッキ名:リザーヴ練習用
タイプ:長期戦
使用者:花織
【デッキ内容】
見習い魔法使い:4枚
幼きエスパー:4枚
ノーヴィスサイキッカー:4枚
コンフュージョン:4枚
サボタージュ:4枚
パラダイムシフト:4枚
サイレンス:4枚
カーム:4枚
超魔術ダークネス・リザーヴ:4枚
超魔術デス・リザーヴ:4枚
超魔術サクリファイス・リザーヴ:4枚
超魔術ウェーブ・リザーヴ:4枚
超魔術テンペスト・リザーヴ:4枚
超魔術ジャミング・リザーヴ:4枚
超魔術カウンタースペル・リライト:4枚
【解説】
リザーヴの練習用に作ったデッキ。
暇なターンに前もって全体ダメージやカウンターを使用しておき、最適なタイミングで発動しよう。
リライトも4枚入っているため、途中で攻撃手段も確保できる。
【デッキ紹介】
デッキ名:リザーヴ特訓用
タイプ:バランス型
使用者:轟
【デッキ内容】
幼きエスパー:4枚
ノーヴィスサイキッカー:4枚
火の国の軍師:4枚
熟練の老将軍:4枚
火の国の伏兵:4枚
巨大果実ダンシングアップル:4枚
悪戯なエルフ:4枚
菌輪の呪術師:4枚
ローズマリーセラピスト:4枚
魔界チューリップ:4枚
パラダイムシフト:4枚
サイレンス:4枚
超魔術コンフュージョン・リライト:4枚
超魔術カウンタースペル・リライト:4枚
レッドドラゴン:1枚
火吹きのヴォルケーノ:1枚
インフェルノブリンガー:1枚
山神の白狼:1枚
【解説】
花織の練習内容に合わせて作ったデッキ。
低コストから高コストまで、レプリカがバランスよく組み込まれた攻撃的なデッキ。
緩急自在な攻めに、花織がしっかり対応できるかが特訓のテーマ。