贖罪の一戦
突然の申し出に困惑する轟。
だが、しばらくして合点がいったとばかりに笑った。
「そうか、そうだよな……。いいぜ。前と同じデッキを使うから、優にデッキを借りれば余裕だろうな」
「え? えっと……」
発言の意図がわからず、戸惑う花織。
その予想外の反応に、轟も戸惑う。
流れる沈黙の中、優はカードケースへと手を伸ばす。
そして、以前の轟対策デッキを恐ろしい速度で作り上げると、ぬぅっと徐に差し出した。
「使うか?」
「……」
花織はそれを手に取り、じっと見つめる。
脳内を過る様々な考え。
その中に自分本位のことなど一つもなく、あるのは二人への配慮ばかり。
数秒後……彼女は首を横に振ると、デッキを返した。
「すみません。せっかく作っていただいたんですが……」
「いや? 好きにしろ」
たったそれだけの返答。
言葉だけなら冷たく聞こえるが、花織はその表情を見てわかった。
優の機嫌を損ねたわけではない、と。
なぜなら、その目に映ったのは和やかな笑みだったから……。
花織は安心し、自らのデッキを取り出す。
そして、意を決して轟へと向き直った。
「……あの! 自分のデッキを使ってもいいですか? 生意気に聞こえるかもしれませんけど、一生懸命作ったんです。お願いします!」
花織なりの意思表示。
対し、轟は再び戸惑ったが、腑に落ちないまま頷いた。
「別に構わないぜ。こっちには拒否権なんてねえしな……」
「え?」
「何でもねえ。気にすんな」
「……はい、わかりました」
噛み合わないやり取りの後、バトル開始。
花織は教わったことを思い返しながら、低コストのレプリカを並べ着実に攻める。
火吹きのヴォルケーノをサボタージュで阻止し、業火にはカウンタースペルで対処。
まだ拙い部分もあるが、初対戦の時とは比べ物にならない程の成長ぶりだ。
一方、悉く身動きを封じられる轟。
しかし、彼は全く気にしていない。
いや、気にしてないと言うよりは、そもそも戦意がなく、ただ作業のように手を動かしている。
……しばらくして、彼は静かに溜息を吐いた。
「どうだ? これで満足したか?」
「……え?」
キョトンとする花織。
対し、轟は本日何度目かの戸惑いを見せる。
「ん? 嫌な思いをした分、やり返したいんじゃねえのか? それか、トラウマを克服するために倒したいのかと思ったんだが」
「ち、違います! あれから私もいろいろ考えたんです。私、カードゲームのこと全然わかってなくて、対戦相手になってくれた轟さんに不愉快な思いをさせてしまったのかなって……。きっと轟さんにだって自分の考えや価値観があって、一生懸命に頂点を目指しているのに。なのに、私なんかが優勝を夢見ているのが許せなかったのかな、って……」
「……ッ!」
轟は目を見開き、ハッと息を呑んだ。
自分を責めるどころか、気遣ってくれたことへの驚き。
そしてさらに、衝撃を受けている轟へと、花織はなおも続ける。
「さっき、優さんの指導が終わるまで待っていてくれたのを思い返しても、轟さんがただの悪い人だなんて思えないんです。きっと、轟さんにも悩みや苦しみがあったんじゃないかと、そう思うんです。よかったら教えてください」
問いかける花織の表情は真剣。
しかし、その眼差しは厳しさではなく、包み込むような優しさに満ちている。
全て許してくれるような、そんな優しさに……。
しかし、それでも轟は言うのを躊躇い、俯きながらボソボソと呟く。
「聞く必要ねえよ。下らねえ理由さ……」
「下らない悩みなんてありません!」
間髪入れずに花織は断言した。
驚きのあまり釘付けになる轟。
まるで時が止まったかのように固まる彼へと、花織は悲しい眼差しを返す。
「どんな小さな悩みでも、本人にとってはどれだけ苦しいことか……。 もし、どうしても言いたくなければ無理にとは言いません。けど、もし話してくれるなら、絶対に笑ったりしません! 責めたりもしませんから……!」
その言葉は魔法のように轟の心を揺さぶる。
数秒後、彼の重たい口から言葉がゆっくりと溢れ出す。
「昔な、オレの両親は助けた人から恩を仇で返されたらしいんだ。それがきっかけで、我が家の掟として他人を助けないというルールができた。そして、オレはずっとこう言われて育ってきたんだ。他人は蹴落とせ、と。世間では誰しもが欲に目が眩んでいて、卑しい奴ばかり。手を差し伸べたりなんかしたら、噛みつかれる、ってな……。そう言われてきたから、オレはいつも全員を敵だと思って生きてきた。オレにとっては勝つことが全てで、親からもそう期待されてきた。これがオレの精一杯の言い訳だ。笑うなり怒るなり好きにしろ……」
そう言って轟は自嘲し、目を逸らした。
しかし、花織からは何も言葉が返ってこない。
数秒後、不思議に思い視線を向けると、目に映ったのは泣いている姿。
その理由がわからず、轟は驚く。
「お、おい。何でお前が泣くんだよ?」
「辛かったんだな、と思って……」
「そんな、言う程辛くはねえよ。それに、だからって何でお前が泣くんだよ?」
「だって……悲しいですよ、そんなの」
心の底から悲しみ、涙する花織。
それを見て轟は苦笑した。
「あーあ。完全に否定されちまったな、こりゃ。何が卑しい奴ばかり、だ。今、目の前にこうして他人のことで泣く奴がいるってのによ。しかも、本来なら憎むべき相手だろオレは」
「そんなこと……ないですよ」
嗚咽混じりの花織の声に、轟は再び苦笑を漏らす。
「……オレの完敗だな」
轟はそう呟くとデッキを片し、顔を背け密かに涙を流した。
その後ろ姿を見て花織は察し、優しく微笑む。
「よかったです、轟さんの心が少しでも晴れたのなら……。対戦ありがとうございました」
「礼を言うのはこっちだ。ありがとな」
顔は逸らしたままだが、その表情は清々しい笑みに溢れている。
そして、いつになく爽やかなその笑顔のまま視線を上げると、「あ」と声を出した。
「それともう一つ。優、お前との勝負は一旦お預けにする。言っておくが、あきらめたわけじゃねえ。オレはもっと強くなる! お前に挑むのはその後だ」
「好きにしろ」
背中を向けたままの轟に返されたのは、いつも通りのぶっきらぼうな一言。
だが、それでも轟は満足気な笑みを浮かべている。
「ああ、そうさせてもらう。しばらくの間、お前の戦いぶりを見させてもらうぜ。間近でな!」
そう言って轟は振り返った。
それを聞き、花織は目を見開く。
「それって……!」
「オレもカードゲーム仲間に加えてもらいたいんだが、嫌か?」
「嫌だなんて、そんなわけないです! 嬉しいです!」
花織は目を潤ませ、笑顔を咲かせた。
それを見た轟も目が潤みかけたが、堪え、頼もしい笑みを返す。
「決まりだな! わからないことがあったら遠慮なく聞け。この轟様が何でも教えてやるぜ!」
ようやく戻った轟の自信家気質。
しかし、以前の意地悪さは、もうそこにはない。
だが、その発言が癪に障った優は、轟をからかうべく不敵な笑みを向ける。
「ほう? オレより上手く教えられるとでも? 大した自信だな……」
「うるせぇ! お前が来れない時だってあるだろ? そん時は頼れって意味だ! 野暮な奴だなホントに……」
荒々しい口調で返す轟。
しかし、三人共その表情はとても和やかで、楽しそうな笑みに溢れている。
こうして、轟の横暴な態度を発端とした一連の出来事は、三人の心に影を落とさず無事に収束した。
――そして数日後。
その日もいつも通り、三人はカードショップ内で特訓をしていた。
まさに今、ショップに向かって足を運んでいる神の存在など知らずに……。
【デッキ紹介】
デッキ名:明日への一歩
タイプ:長期戦
使用者:花織
【デッキ内容】
幼きエスパー:4枚
ヒメカゼスズメ:4枚
エリミネイター:4枚
ナイトスニーカー:4枚
災害の予知:4枚
コンフュージョン:4枚
サボタージュ:4枚
カウンタースペル:4枚
ネゲイション:4枚
エラー:4枚
ジャミング:4枚
ウェーブ;4枚
アルファ博士:4枚
カースドウィスパーズ:4枚
黄泉の門:4枚
【解説】
新たな一歩を踏み出すために花織が作ったデッキ。
未熟ながらもデッキのコンセプトが生まれた瞬間。