悪ー拾壹ー
みなさんおはようございます。私、サヤは今日はサツキ家の朝食のリポートをしています。
今回出されたのは『スクランブルエッグ』、初心者でも簡単な卵料理です。忙しい朝にお手軽に作れる点も高評価なものですね。
その他にも幾つかの野菜を均等に切って盛り付けたサラダにデザートのキウイ、そしてサツキくんこだわりのお茶で朝食をオシャレに着飾ってくれます。
しかしここで登場する主食は、な、なんとご飯!?
確かにお米と卵は相性は良いのですがここまでくれば次に登場するのはパンなのでは…?
失礼ながらもご意見させていただくと本人曰く「朝食は米を摂っておいたほうがエネルギーになりやすいんですよ」とのこと。
………!!!なるほど、ごもっともなご意見でした。確かにお米は我々の一日のエネルギーになってくれるいわば必須アイテムですからね。
ちなみになんですが私は朝食はお米派です。じゃあなんで苦言を申したのかって?そこは良いじゃないですか(笑)。
さて、そうこうしているうちに完成したようです。
料理の良い匂いがキッチンからリビングへと立ち込めてきます。
そして今並べられました。
こ、これは!?
眩しい!卵が眩しい!!
なんとスクランブルエッグが輝いているではありませんか!あの確かにお手軽な料理ですが初心者は大抵焼き過ぎて少し焦げ目をつけてしまう、というのが無いのです!!
さすが長年料理してきただけのことはあります…。
さて、実食に入ります。
まずは卵、スクランブルエッグを一口。
これはぁあ!!?
もしもこの世界が料理漫画なら私の口からは光線が飛び出るほどの美味しさ!!
焦げ目が無いことで卵本来の味と塩コショウのちょうど良い塩梅さが際立ってすぐに次を口の中に入れてしまいます。
それとご飯に合うこと合うこと。
このスクランブルエッグを白米の上にかけて人目も憚らずに頬張りたい気分です!人目があるからやりませんけど!
一頻り満足したら口の中の塩っ気さを打ち消してくれるみずみずしい野菜たちの出番です。
これも美味しい。
ただ野菜を切って並べただけのはずなのにとても美味しいのです。なぜなのでしょう?
ドレッシングにマヨネーズなどがありましたがこのままでも充分です。
そして落ち着いたらサツキくんこだわりのお茶、これも美味しい。
飲んだ瞬間口いっぱいに広がる自然の香りの後すっと引くような後味に私もクセになりつつあります。
最後にキウイの酸っぱくも甘い味を堪能して。
サツキ家の朝食は終了となります。
とても美味しかったです。
それでは『今日の朝ごはん』はこれにて。
ごちそうさまでした。
ーーーーーー
「いやなんで私サツキくんの家で朝食とってるんですか?」
私、サヤは当然なる疑問をすぐ隣にいるサツキくんに聞きます。
「え?だってサヤさんまだ朝食とかも食べてこなかったですよね?時間的に今から戻って慌ただしく朝食とるよりかはここで食べた方が良いと思ったんですけど…」
そう言ってカチャカチャと使い終わった食器を洗っています。
ちなみに私はその洗い終わった食器を拭く係です。
「いや確かにありがたかったですけども…」
そう言って溜め息を一つ。
現在時刻は午前七時ちょっと過ぎ。
いつもならこの時間帯は朝食をとって身だしなみを整える時間です。
ですが今は他人の家でということもありそういうことは出来ていません。
昨夜は色々とあり、髪も少し乱れており、それに制服も少し汚れてしまっているので一刻も早く手入れしたいところなのですが…。
そんなことを思いながら食器を拭いていたらいつの間にかサツキくんは食器を全部洗い終えていました。
「サヤさんありがとうございます。後は僕がやっておくので大丈夫ですよ」
そう言ってこちらに手のひらを見せるサツキくん。
「いえ、これくらいはさせてください。朝食もご馳走となったことですしこれくらいはしないと申し訳ないです」
「いえいえ、サヤさんは今は僕の家のお客なのですからあれくらいは当然のもてなしですよ」
と、サツキくんが私に遠慮させないための言葉を言うも私は頑なにその手に食器とふきんを手渡しませんでした。
そんな私に困ってか、それともただの気遣いなのか。
ふとサツキくんは言います。
「あ、風呂入ります?」
その一言に。
私は固まりました。
まだ朝の時間に、一つ屋根の下で若い男女二人(ともう一人)、彼氏彼女もお互いおらず(サツキくんはいると言っています。信じませんが)、今はキッチンで二人きり。
そんな状況で、まさかの風呂の催促。
私は途端身の危険を感じました。
身の危険と言うより貞操の危機。
ここまで無我夢中でやってきましたけど、よくよく考えたら私はとんでもないことをしてしまっているのです。
何せ私は人生初の男性の家に上がり込んでしまっているのです。
見る人が見れば私達は朝から一緒に仲睦まじく朝食を食べている、カッ、カカカカカ…。
ボフンッ、と頭が思考速度の許容量を超えて爆発してしまいました、
「うわっ!?だ、大丈夫ですか?サヤさん!?」
「うわわわわわわわわ」
心配して私に近づくサツキくんにやや後退気味に離れます。
「で、でぇじょうぶ、です!」
「いやあなたそんな喋りのキャラじゃなかったでしょう?」
顔が熱い、そのせいかまともな思考が保てません。言語もおかしくなってしまいます。
「と、とにかく大丈夫です!それと、お、お風呂も結構ですのでっ!」
「え?」
サツキくんが目を丸くさせてこっちを見ます。
その視線に耐えられなくて思わず目を逸らしてしまいました。
「そ、その朝食もご馳走になっておきながらそのうえお風呂までお借りするなんてさすがにそれは、その、申し訳ないというか、なんと言うか…」
考えがまとまらずしどろもどろとしてしまいます。
「そこまで遠慮なさらずとも…別に構いませんよ?僕は」
「いえ、でもですね」
「それにサヤさん、昨夜の廃墟からここまで走ってきたんですよね?汗もかいてるでしょうし、それ以前に髪も少し乱れてて制服も少し汚れてしまっているじゃないですか」
と、サツキくんは私が気にしている部分をピンポイントで当ててきました。
さらに言います。
「もしそのままの姿で学校に行けばまず間違いなくサヤさんに何かあったことは明白になります。それで周囲に心配などさせたくはないでしょう?」
「う…ですが…」
「それに、サヤさんもまだ歳は十六とまだまだ若い年頃。サヤさんくらいの年齢は身だしなみも気にしていた方が良いに決まってるじゃないですか」
「…………」
「何より一度風呂に入って気持ちの整理をしておいた方が良いですよ」
ニコッと笑顔を向けられます。
もう、何も言えませんでした。
サツキくんはあくまで私の事を気遣ってくれているのです。そこに邪な考えや他意は無いのです。
それに対して私ときたら、なんとみっともないことでしょうか。
勝手に疑って、勝手にパニックになって、勝手にサツキくんを勘違いしていたのですから。
もしかしたら私の中でまだサツキくんを疑っていた節があったのかもしれません。
もしかしたらまた殺そうとしているんじゃないか、もしかしたらまだ何か隠しているんじゃないか、と。
そう思うと恥ずかしい限りです。
この一ヶ月に過ごした私とサツキくんの日々は何だったのかと自分に訴えかけたいものです。
確かにサツキくんは今ユニアドを騒がす“黒いシニガミ”の正体である“悪殺し”でした。
確かにサツキくんは“悪”を殺し、人々を廃人と化させる人でした。
確かにサツキくんは私の“アクヨセ”の部分を殺そうとしました。
それでも、私の友達なのです。
この僅か一ヶ月だけですが共に同じ教室で学んだ学友なのです。
そんな彼をどうして疑うのでしょうか?
嘘もあるでしょう、秘密もあるでしょう、ですがそれがなんだと言うのです。
サツキくんは私、サヤの友達。
それだけで充分ではありませんか。
「っと、時間も残り少しだけですし入るなら早めの方が良いですよ」
サツキくんがそう言うのでチラッとリビングに立て掛けてある時計を見ると時刻は午前七時十分。
あと二十分しかありません。
「そうですね。すみませんそれではお風呂頂きますね」
「え?あ、は、はい」
私の突然の心変わりに戸惑ったのかサツキくんは妙な返事を返します。
「風呂場はそこを出てすぐ左のところにあります。バスタオルは洗濯機の上の棚にあるのを自由に使って構いませんので」
「分かりました。ありがとうございます」
そう言って私は風呂場へと向かいました。
あの大人な感じ、存外サツキくんが二十二歳だと言うのも本当なのかもしれませんね。
私の中でのサツキくんの評価を更新している最中。
サツキくんは言います。
「それにしても時間ギリギリですね…。よかったら背中流しま」
「結構です!!!」
バタンッ、とリビングの扉を勢いつけて閉めました。
前言撤回、あの人はやっぱり敵。再度警戒を怠らぬように。
私の中のサツキくんの評価は最底辺スレスレまで落ちました。
ーーーーーー
さて、どうしたものかな。
僕はサヤさんにある程度の話をして考えていた。
現在サヤさんに対して話した重要な事は三つ。
・僕が“悪殺し”という“殺す者”であること。
・サヤさんが“悪”を引き寄せる“アクヨセ”、“寄せる者”であること。
・“悪”に取り込まれた“アクビト”のこと。
大体この三つを話しておけば大丈夫だろうと思っていた。でもサヤさん相手にはそういうわけにはいかない。
とにかく、サヤさんは異常なのだ。その“アクヨセ”の部分はもちろんその他諸々。
故にその辺りの部分も説明しなくてはならないのだろうとは思っていた。
まだそこの辺りには触れない方がいいのか、それとも早いうちに打ち明けた方がいいのか、と悩んでいる内に僕の体は、口は勝手に動いていた。
「まず、そもそもサヤさんは“アクヨセ”ではない、のかもしれません」
気付いた時には遅かった。僕の目に最初に映ったのはサヤさんの呆然とした顔だった。
胸が締め付けられるようだった。
何せ、彼女は自身に“悪”を引き寄せているのだ。しかもそんな彼女に近づけば“悪”に飲み込まれて“アクビト”となってしまう。
その厄介な能力を唯一殺せる、取り除けるであろう僕から発せられたのは、「どうすることもできない」と「そもそもあなたがなんなのか分からない」なのだ。
無責任にも程があるだろう。じゃあ今までの話は何だったのか?これからどうしていけばいいのか?そんなことを聞かれるのもしょうがなかった。
そこまで言ったところで、ふと僕は時計を見た。時刻は午前六時過ぎ。
しめた、と僕は思った。
「それでは話は朝食の後にでもしますか?」
僕はそう言ってサヤさんから逃げたのだ。
卑怯にも程がある。
自分で自分が嫌になった。
ーーーーーー
朝食はスクランブルエッグにした。
栄養のバランスを考えて野菜も加え、デザートにキウイも。
とても美味しそうに食べてくれた。
最初は僕の出す料理なんか食べてくれないんじゃないか、そもそも喉に通らないんじゃないかと思ったがそうでもなかったようで何より。
何より目の前で食べてくれたことが嬉しかった。
コノエさんは基本的に昼夜反転型の夜行性なので朝食は一緒、ということはあまり無いのだ。
故に僕が毎朝朝食を作ってもコノエさんがそれを口にするのはおそらく大体昼過ぎ辺りだと予想できる。
僕としては是非とも一緒に朝食を取りたいものだがなかなか難しいようだ。
だから嬉しかった。
久々に誰かと一緒に朝食を食べることが出来たのは。
素直に嬉しかったのだ。
それにいい表情で食べてくれる。
また作ってあげたいと思ってしまう。
食器を洗う途中、僕はサヤさんの姿をチラリと見た。
髪はボサボサで制服は少し汚れていて、とても年頃の女性がしていい格好では無かった。
故に僕は風呂に入ることを提案した。
拒否された。
どういう訳か顔は真っ赤でヒドく動揺していた。
もしやまだ僕のことを警戒しているのだろうか?
先程説明のためとはいえいきなり針を刺し込んだのはやはりやり過ぎたのだろうか?
風呂場で無防備な状態のところを襲撃されるとでも思われているのだろうか?
心配無い。そんなことしたら社会的にも肉体的にも殺される。僕が。
しかしここまで警戒されているとは…。これは一度警戒を解いてもらう必要があるな。今後のこともあるし。
そう思って僕はなるべくサヤさんに優しく、紳士的に話しかけてみた。
するとあっさり折れてくれた。
あれ…?逆に素直過ぎて拍子抜けなところもあるんだけど…。
何はともあれ警戒心が薄れていくのを感じた。思えばそう言えば若い男女が(僕は二十二歳だけど)一つ屋根の下でいきなり無防備な状態になるというのもそれはそれで無神経なところもあったのかもしれない。
もしかしたら何やら誤解をされていた可能性もあったかもしれない。
サヤさんもだんだん調子がいつものようになっていくのを感じる。もしかしたら緊張していたのかもしれない。
ここはいつもの冗談でも言ってからかってみようか、と思い調子に乗って僕は言ってしまった。
「それにしても時間ギリギリですね…。よかったら背中流しま」
と、最後まで言い切る前に。
「結構です!!!」
割と本気で拒否された。
ゴミを見るような目をされた。
意外と傷付いた。
ーーーーーー
「うる…さい」
ふと後ろから声が聞こえた。
「あれ?コノエさん?」
振り向くとそこにはをどう考えてもその丈に合ってない長い袖にまだ眠い目を擦り付けているコノエさんがいた。
「寝てたんじゃなかったんですか?」
「うるさくて…寝れない」
「ハハッ…」
コノエさんの表情は無表情であるけれど、確かな殺意がこちらに向けられていた。
「と、ところでコノエさん。せっかくですし朝食なんていかがですか?」
僕はその怒りの矛を回避するために意識を別なところに向けさせる。
一瞬それを見て沈黙を起こすコノエさん。
「………寝る」
どうやら食欲よりも睡眠欲が勝ってしまったようだ。
彼女との朝の朝食はまだまだ先のようだ。
「それより…どうするの?」
「ん?何がですか?」
「……あの女」
「………サヤさんのことですか?」
サヤさんの名前を出すと一瞬コノエさんの表情がムッとしたような気がした。気のせいだったけど。
「そうですね…とりあえずはまたしばらく様子見をして再び“アクヨセ”の能力が発動するかの有無を確認して…」
「そうじゃ…ない」
「え?」
そうじゃない?だとしたらあとは何のことなのかと思う。思いつくとしたらこの後僕が何らかの理由でサヤさんの麗しき姿を見てしまうという伝説のラッキースケベというハプニングのことだろうか?
その点なら大丈夫。先によくある展開の「バスタオルここに置いときますからね」という伏線は消しておいたから。
「あの女の…能力。サツキには…どうしようもない…のでしょう?」
「…えぇ」
「“寄せる者”を放置したら…どうなるか…」
「…分かっています」
一つ一つ、コノエさんは確認するように聞いてくる。
「なら覚悟は…出来てるのね?」
「………はい」
「…………………そう」
コノエさんはそう言って自室へと戻っていった。
「……………やっぱりコノエさんには敵わないなぁ…」
コノエさんが何を聞きたかったのか、僕は分かっていた。
サヤさんは特異な“悪”の“寄せる者”だ。
その力は強力で現在進行形で増していっている。
そして僕はそんな彼女に何もしてあげられない。
ただ、見守るしか出来ないのだ。
それが何を意味するのか。
まだ、サヤさんは知らないでいるのだ。