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悪殺し -悪を引き寄せる話-  作者: 皆口 光成
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悪ー拾ー


元々俺たちはユニアドで働く普通の会社員、公務員だった。




毎日毎日まるで機械のように朝起きて時間が無いにも関わらず出してくる朝食をとって時間ギリギリの電車に乗って入りたくもないギュウギュウの中に入り時折来る人波に攫われヘトヘトな状態になりつつも会社に入りやりたくもない作業をして頭を下げたくない上司に頭を下げ昼には仲のいい同僚と昼メシの店を急いで駆けつけその後も気が遠くなるような作業を延々と続けようやく終わり夜遅くに同僚と飲みに行き酔っ払って上司の悪口を言いながら盛り上がりフラフラの千鳥足で帰宅し。

そしてそんな俺を待ってくれていた家族たちの寝姿を見ていた。




満足はしてなかった、不満も文句もある。それでも充実していた。

毎日嫌な仕事でも家族のためなら我慢できる、頑張れると思った。




そんなある日だ。

それは朝の新聞に載っていた。




“ユニアド学園都市化計画”。

『最近続々と世間を騒がせる人物の出身校とも言われる我等がユニアド学園の理事長がついにユニアドを学園都市とさせる発表があった。既に話は町長ともされ、国の後押しを得て──』




それを最初見た時、特に何も無かった。

ただ最近巷を騒がせている学校が街のの一部ではなく、街全体になろうとしてるのだろう、と。

これはそういうことなのだろう、と。




だから最初は気にしていなかった。いつもの限られた時間を、他愛ない家族とのやり取りをして、その一大ニュースを頭の片隅にやっていたのだ。




事の重要性を知ったのは会社に着いてからだった。




それは朝のミーティングだった。

いつもなら上司がみんなの前に立って今日一日もお前ら死ぬ気で頑張ろーぜ、えいえいおー的な事を言う時間帯だった。




だがその日は少し違っていた。

その日前に立っていたのは上司一人ともう一人。




その人物は一言で言うなら仕事が出来る奴、だった。

うちの会社に入って早々業績を伸ばし、幾つもの案件もスムーズにこなす正にうちの会社のエース的存在な奴だった。

そんな奴に誰も嫌悪感も嫉妬も感じてはいなかった、はずだ。そいつは誰に対しても礼儀正しくどんな相手にも嫌な顔一つせずに話をするいい奴でもあった。




だからそいつが前に立っている時は最初は「もしかしてあいつ昇進するの?今日から俺よりも年下が上司なの?参ったな〜、今の上司も俺より年下だけど」と、呑気なことを考えていた。




会社を辞めるのだそうだ。

異動、ではなく辞職。




意味が分からなかった。なぜ、あんなにも出来た奴を辞めさせられるのかを。

だがその理由はすぐに上司の口から告げられた。




ユニアド学園からの引き抜き。

ユニアド学園は街の学園都市化に向けてそれぞれ設けている研究施設に優秀な人材、役員を求めた。そのためユニアドがとった行動は近くの企業から高成績を残している人物を引き抜くという大胆な策に出たのだ。




時給は以前よりも倍近く、国からの保証も得られているので生活の安泰は間違いなく、なによりそいつの得意分野が関係する仕事であった。

断る理由が無かった。




誰も非難はしなかった。おめでとう、頑張れよ、忘れんなよ、負けんなよ、そんな言葉を並べて。

俺もそいつには心のそこからおめでとうと言った記憶がある。




異変が起きた。

それは一ヶ月が過ぎた辺りだった。




突然売上が落ちたのだ。

今までの比にはならないくらいのグラフの変動にすぐさま原因を探る。

原因はすぐに分かった。いや、分かっていた。




頼れるエースの不在、その意味は。

チームの機能が著しく下がるというものだった。




あの後もユニアドの政策は続いた。自分のいる部署で数人引き抜かれ、その他別にも何人か引き抜かれたと聞いた。

気が付けばうちの会社には凡人しかいなかった。

悪くもないし良くもない。そんな集まりができていた。




当初、このことの対応としてユニアド学園側に人員の引き戻しの要請をしたという。しかし戻ってくることは無かった。




その理由はユニアドからの譲渡金だった。

ユニアド学園は人員のの引き抜きの際、そのお礼として譲渡金を支払っていた。

引き抜く人物のこれからの売上などを予想し、それを基に支払っていた。




故に既に受け取ってしまった側のこちらではどうすることもできなかった。




状況はどんどん悪くなる。




優秀な人材はいなくなり、可もなく不可もない集まりはその後も能率の悪い仕事をしていた。




一人でする仕事の量は徐々に増えていき間に合わなくなることも増えそれによって幾つかの会社との契約を打ち切られたこともある。その他にもいつの間にか自然消滅的に切れていたところもあった。




売上は伸びず逆に地に向かう一方で契約は切られ、徐々に会社は回らなくなった。




そしてついには社長の金の持ち逃げ。

このままでは衰退の一途を辿ると分かったのか社長はユニアドから得た譲渡金と会社の金を合わせ持ち逃げした。




そして会社は倒産した。







倒産したその日何をしていたのか思い出せない。

ただ気が付けば家に帰っていた。




家に着くなり俺の顔を見てか家族が心配してくれた。

私も働くから、だから一緒に頑張っていこう、と言っていた。

だが自分の中にその言葉は通り過ぎるだけだった。




しばらくの生活は大丈夫だった。

一応当分の我慢をすればそれなりの暮らしが出来るくらいの費用はあった。




しかし当時自暴自棄で荒れていた俺は酒に飲んだくれていた。それはもう遠慮無しに。




毎日、飲んで、飲んで飲んで、飲んで飲んで飲んで。




飲んで嫌なことを忘れて一新しようと思っていた。




でも出来なかった。確かに飲んでる時は忘れられたが次の日には激しい頭痛と共に嫌なことを思い出す、そしてまた飲む。

負のスパイラルが続いた。




ある日、家族に言われた。

もう酒は当分の間控えないか、と。

このままでは体に障るしなにより家計に響く、と。




気づけば俺は家族を殴っていた。顔を殴り、髪を掴んで逃げられないようにして殴り、腹を殴り、倒れてうずくまったところに蹴りを入れ、顔を力の限り踏みつけた。




「誰のおかげで生活できたと思ってやがるんだぁ!!?」

気づけばそんな怒声を浴びせていた。




むせる声、すすり泣く声、震える声、様々な感情を込めた家族の声を聞いた。

その日は腹の虫の居所が収まらず、もう一度蹴りを入れてから自室に篭って寝た。




目が覚めたら一人になっていた。

リビングには紙が一枚。

『実家に帰らせていただきます』その一文だけ。

俺はこの時どうかしていたのだろう。なにせその一文を見て最初に思ったのが「恩知らず共が」だったのだから。




その後も俺は荒れに荒れた。一日中どこかで酒を飲んだ。

しばらくしたら家に帰ることもなくなっていた。することがなかったからというのもあるが酒に酔った翌日にはどこかの道端で眼が覚めることが多かったからだ。




そんな生活を続けているうちに。

金はあっという間に底をついた。




家は住めなくなった。まだローンが残っていたのでこっちが払えないと分かるとすぐさま差し押さえに来た。

こうして俺は家も家族もあっという間に失ったのだ。




その後は街を徘徊することになった。

特に目的なく彷徨っていた。




ある公園のベンチに座っていた時。ある家族を見かけた。

その家族はとても幸せそうでみんながみんなを必要として支え合っているように見えた。




途端、頰に濡れる感触。

しまった今日は雨だったのか、などと思ったが空は相変わらずの晴れで雨など降る様子もなかった。




頰を濡らした正体は涙だった。


気づけば泣いていた。


ただ声を出さずに泣いていた。


いつまでも泣いていた。


済まない、済まない、と心で謝りながら。

今更しても遅すぎる謝罪に後悔して。ただ一人。

年甲斐もなく泣いた。






…何故だ?

何故、こうなったのだ?




ついこの間までは俺も幸せな家庭を築けていたじゃないか、なのに。

どうして俺は家族を失い、家を失い、街を彷徨い、一人こうして泣く羽目になっているのだ?




何が原因だ?誰が原因だ?誰のせいだ?誰が悪いんだ?




決まってる。

悪いのはユニアド学園だ。




俺から職を奪ったのも、家族を自らで傷つけることになったのも、家を失ったのも、全て。




全てユニアド学園が悪い。

ならば。

いつの日か必ず。

復讐してやる。






そう誓った日が数年前。

随分と長く感じた。




あの後も街を徘徊していると同じ境遇の仲間に会うことが多々あった。




どうやらユニアドは遠方から人材を集め、近場には次々と研究施設を立ち上げたのだそうだ。

そのせいかいつしか廃墟が多くなり、『廃墟リング』なんて不名誉な名前が付けられた。

そしてそんな廃墟が多い区画を『ユニアド外周部』などと呼ぶ奴も出てきた。




ユニアド外周部はならず者やホームレス、闇関係の者が潜む場所として認知された。唯一南側のユニアドポートを除いて。




俺たちはホームレスとしてユニアド外周部にいた。

『ユニアド中心部』と呼ばれた区画には最早居場所という居場所が無かったのだ。

仕方なく寝泊まりの確保がしやすい廃墟でホームレス生活を続けていた。心に復讐の種火を宿しながら。




そんなある日だ。




廃墟で仲間達と寝ていた時。

ふと、誰かの話し声が聞こえた。

最初は街のゴロツキやならず者が来ているのだと思った。だが明らかに会話の内容がおかしい。

気になってその現場を見ると驚くべきものが見えた。




銃だ。




幾つかのキャビンケースに銃が大量に入っていたのだ。

それを見てようやくこれは闇関係の取引現場なのだと分かった。

事態の深刻さに気づいた俺はすぐさま仲間達を静かに起こして逃げようと思った、が。




ある一つの妙案を思いついた。




あの銃があれば、出来るではないか?


なにかって?


復讐だよ。


じゃあどうする?


そんなこと…決まりきってるじゃないか。




俺はすぐに行動した。まず仲間を起こし慎重に事情を説明、手伝ってもらうようにお願いした。

不思議と誰も反対はしなかった。嫌な顔や恐怖する顔はチラホラと見えたが誰も「やらない」とは言わなかった。

闇による恐怖よりも、ユニアドへの復讐心が勝ったのだ。




そして決行。




突然の奇襲に驚く闇関係の者達、威嚇しながら目的の銃に向かう俺たち、途中何人かの仲間が撃たれたがそんなことは目にも入らなかった。




気が付いたらどこかの廃墟にいた。




そこにいたのは数人の仲間たち。どうやら何人かはやられてしまったらしい。

だがそんなことはホームレスである俺たちには覚悟の上であった。




それよりも。

俺は数人の仲間たちの犠牲によって手に入れた物があった。




銃だ。

銃が手に入ったのだ。




喜んではいた。が、それを表に出すことはしなかった。

それがまだ近くに闇関係の者がいるかもしれないからか、それとも犠牲となった仲間たちへの配慮なのかは分からなかったが。




それからもそんなことを繰り返した。




度々闇関係の取り引きを見かけたら仲間総出で襲撃し、片っ端から武器を奪った。それで何人かは仲間を失ったがその活動に協力する仲間が増え、さらに勢力は増えていった。




そしてそんな日々を繰り返すこと数年。

ついに戦力は一つの軍並みになった。

ようやく、この時が来た。




誰もが待ち望んでいたこの時。

皆が志半ばに望んで中には散ってしまった同志もいたが。

復讐の時は来た。




後はこの勢力でユニアド学園に乗り込み、襲撃するのみ。

今度はこちらが奪う側になるのだ。

俺たちのように、職も、家族も、家も、居場所も、何もかも。

俺たちが受けた痛みと同じ想いをユニアドに思い知らせてやるのだ。




そして復讐を終えた、その時は。

失ったものを取り返そう。

職も、家も、そしてもう一度…。


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