書斎にて
母に手を引かれ、私はウェネフィー公爵の書斎に足を踏み入れた。
本の匂いのかおるその広い部屋の中央には、机と豪奢な椅子があり、机の上にはたくさんの書類が積まれている。
そして、椅子に座っているのは公爵ではなかった。
「椅子に座っているのがそのお人形よ」
今の私より少し幼いくらいの少女の人形。
真白の肌に整った顔をした、美しいそれに私は魅入った。
「お母さんは今から掃除を始めるからね。だいじなものだから、書類には触れないように」
箒を手に持った母が書斎の奥へ消えると、私は人形へとかけよった。
目を閉じて、体を巡る少ない魔力をかき集める。
今世で初めて使う魔術だ。
「見破れ」
物にかけられた魔術を、見破る魔術。
目を開けると、人形の関節部分は球体だった。
そして、人形の体の部分が、生身の人と同じである、とわかる。
「やっぱり!これは師匠が作った人形に違いありません!」
生身の人間の体の部分には、防腐の魔術が。
球体部分には、質感を変える魔術と見た目の印象を操作する魔術がかけられていた。
禁術の研究を、師匠はまだ続けているのだ。
そして師匠は、この大陸にいるに違いないのだ。
私はそう確信した。
師匠はヒトならざる者だった。
魔族と呼ばれる類の者とヒトとの混血。ゆえに師匠は人間のそれに比べ長寿だ。きっとまだ存命していて、蘇生の禁術の研究をしているのだ。
師匠にあわなくては。
私が転生したのは、そのために違いない。もう一度師匠に協力しろということなのだ。
感極まった私は、涙を流した。
この人形はとても尊いものなのだ。
間抜けなことに、あまりにも感動していた私は、背後の扉が開いたことにも気付かなかった。
「綺麗だろう?アンマリー」
ねっとりした声に、ばっと振り向く。
扉の前に、公爵が下卑た笑顔を浮かべながら立っていた。
「泣くほど気に入ったのかい?なぁアンマリー。この子は生きていると思わないか?この子は時がとまった女の子なんだよ。人形なんかじゃあない」
この大陸でそんなことを言う者がいたら、記憶を取り戻す前の私は気狂いだと思っただろう。いや、記憶を取り戻している今の私も思ったのだけれど。
しかし記憶を持った私は、幸運でしかなかった。
「ええ、公爵様。この女の子は、いつか動き出すのではないでしょうか。だってこんなにも、人間らしいもの。
公爵様、私はこの女の子のお世話がしたいです。この子が目覚めたら、私、この子に仕えたいのです」
「ああ、もちろん良いとも。この子はレヴィーの妹になる子だよ。名前を後でつけてあげなくちゃね」
「そうですわね。とびっきりのいい名前を」
そうこうしているうちに、箒とちりとりを手にした母がこちらへとやってきた。
公爵を目にした母は、慌てて頭をさげる。
「旦那様!申し訳ございません、うちの娘を許可なく書斎にいれてしまいまして」
「かまわないよ。これからはアンマリーはこの子の世話係だからね」
「え?」
「ふふ、たのむよアンマリー」
晴れて公爵に書斎に入る許可をもらった私は、人形の服を脱がせ、あちこちを調べた。
口を手でこじ開けると、口の中に、ふたつにおりたたまれたメモがあるのを発見する。
「これは」
そのメモを見て、私は確信した。
この人形は師匠の作ったものであると。
メモに書かれていたのは一言だったが、それはまぎれもなく、師匠の字だった。
『自動式人形 人形姫メアリー』
自動式人形。
晩年、師匠が私に聞かせたものだ。
蘇生術を実現させるためのステップとして作成された自動式人形。その性能は生身の人間と変わらない。
心臓を模した魔力装置をもち、人形の外見年齢とほぼ同年齢の者の魂を吸収することによって動き出す。
その魂の本来の寿命の半分は動く上に、成長する。
またこの人形は意思を持ち、聴覚や痛覚などの感覚や喜怒哀楽の感情すらを持ち合わせる。
そういった人形を作り出すことができれば、そしてその人形が無事機能すれば、蘇生術は完成に大きく近づく。
師匠はそう言った。
「本当に、つくりだせたのですね。師匠」
ああ、まったく。
私の師は、最も尊敬すべき人だ。