壊れた人形
「・・・ガイア?どうしたの?」
俺が自分の手をとらないことに苛立ったのか、メアリーの語調がやや強くなる。
「震えてるの、どうして?」
金色の瞳が後ろをとらえた。
瞳孔がきゅっと細長い。
「あいつらのせい?」
デジャヴを感じた。
昔、こんなことがあった。
あれは、メアリーの両親が死んでいた時で。
「ぁ……」
雪を踏みしめる音がする。
レニーのかすれた声も。
「なんで生きてるの?ねぇ、なんでなの?・・・そこの包帯してるやつ、ジナだよね?
2人共死んだんじゃなかったの?なんでガイアの近くにいるの?」
一歩ふみだす。
声が、でなかった。
「なんで邪魔するの?幸せになりたいだけなのに。なんで!」
なおも続ける。
「消えてよ。今すぐ!ねぇ、ねぇ、ねぇ!」
俺の知らないメアリーが言う。
寒気がするのは雪のせいだけじゃないはず。
「じゃあどうして理解しようとしないんですか」
レニーの声に、メアリーの眉がつりあがった。
「理解?何も知らない癖に!何を知ってるの?何を知っててそんなこと言うの?」
おこっていたと思ったら、急に笑い出した。
「あはは、あはははは!」
笑う。笑う。
「あははは!ネェ、正義ぶってるの?偽善者なの?
馬鹿なの?死ぬの?死んじゃえばいいよ!あはははははははははは!」
壊れたみたいに笑い出す。
狂ったように、笑って、笑う。
「あははははははははははは!あははは!!」
気付いてしまった。
メアリーの瞳は、少しも笑っていないことに。
その瞳に、生気が宿ってないことに。
笑い続けるメアリーをみて、レニーがぽつりとつぶやいた。
「狂人」
そういわれた瞬間、メアリーは急に表情をなくした。
それは、何も読み取れない無表情。
生気など微塵も感じられない無表情。
妹のように思っていた彼女とはかけ離れた無表情。
俺の知っているメアリーと、今目の前にいるメアリー。
どちらも同じメアリーなのに、別人すぎて。
怒って。
嘲笑し続けて、嗤って。
今度は、一切の感情がそげおちてしまったかのような無表情。
ああ、まるで、人形だ。
そう。
壊れた、人形。
壊れた人形は、降り積もった雪を踏みしめ、一歩一歩と歩き出す。
いつのまにか雪はくるぶし程度の深さまで積もっていた。
一歩、一歩。
ずっずっ・・・雪を踏みしめる音と、俺の心拍音が脳内に響く。
誰もが微動だにしなかった。
壊れた人形は無表情のまま、冷たい無表情のまま、赤毛の綺麗な彼女の前まで歩み寄った。
壊れた人形の横顔をみていた俺は総毛だった。
壊れた人形は、目の前の赤毛の綺麗な、
・・
人間にむけて。
静かに無駄のない動きで、その手にもった。
銀色の尖った刃物を振り下ろした。
尖った切先は、レニーの頬をかすめ、赤毛を数本切り裂いた。
頬から流れた血が雪の上にぽたぽたと落ちる。
「ここまでかしら」
誰かの声がした。
「やっぱり運命は変えられない」
赤い髪が空を舞った。
助けなきゃいけないのに体が動かない。
金縛りにあったみたいだ。
視界にアンマリーが映った。
金色の髪の誰かがジナの手を掴んでいる。
誰かは、アンマリーと言い争っていた。
足が誰かに捕らえられているみたいに、足に根が生えたように動いてくれない。
あの人形から、友人を護らなければいけないのに。
あれはもう人間なんかじゃない。頭のおかしな人形だ。ねじのゆるんだ、人形だ。
俺は呆然と、その光景を見つめていることしか出来なかった。
雪の上に飛び散った血が、やけに鮮やかだった。
まるで一枚の絵画のようにみえた。
白い雪の上に垂らされた紅い血の絵の具。
お願いだ。
動いてくれ。
お願いだから、これ以上、罪を重ねないでくれ。
お願いだから、これ以上、命を奪わないでくれ。
レニーの意識は殆どない。
左耳は削ぎ落とされていたし、右腕は何度も切り裂かれたせいで真っ赤だ。
頬には決して浅くない切り傷が刻まれていた。
レニーの自慢だった赤毛はちりぢりで。
でもまだ生きている。
壊れた人形は、簡単に死なせるつもりはないらしい。
レニーの意識が戻るのを、笑いながら待っている。
ジナはもういない。金髪の女が指を鳴らした途端、意識を失ってしまった。そのまま連れ去られた・・・・・あれはどうやったのか。
あの女がいっていた、魔法というのは実在していたのか。
わからない。
ただ、心の中は空っぽだった。
金縛りのようだった足は、自由に動かせる。
勇気を奮い立たせて、一歩を踏み出した。




