残酷な真実
黄昏色に染まった太陽が、ゆっくりと沈みだした頃。
焼け焦げた小屋の前に俺がたどりつくと、そこにはすでにジナの姿があった。手には、筆談用のものだろうか、スケッチブックとペンらしきものをもっている。
「ジナ。誕生日、おめでとう。メアリーたちにあやしまれるといけないから、プレゼントは用意できなかった。ごめんな」
そういってルビーの髪飾りを手渡すと、ジナは肩からかけていた麻でできたポシェットにそれを丁寧にしまった。
ジナの綺麗だった髪は、殆ど燃えてしまっているから髪飾りなんてものはつけることができないんだ。ぎこちなく笑うジナをみて、どうしようもなく胸が痛んだ。
「なんのために、俺をここによんだんだ」
ジナにとって、トラウマになっていてもおかしくないこの場所に。
俺が尋ねると、ジナは手に持っていたスケッチブックにペンで何かを書き始めた。そして、おもむろに俺にそれをみせる。
『ここで、私は殺されかけました』
今までジナが俺におくってきていた手紙にかかれた文字はすべて、小さく整った字だった。大雑把なジルも、意外にもお嬢様らしく丁寧な字をかくので、見た目以外の唯一の共通点だなとさえ思っていた。
それが、扱い慣れていない義手のせいだろうか。ひどく乱雑で、書きなぐったような、ややななめで読みにくい文字が並んでいた。
俺がなにもいえず黙っていると、ジナは続けてかきはじめた。
『残酷なことをいいますが』
「・・・」
『私はメアリーさんは、断罪されるべきだと思っています』
「・・・そうか」
さらさら。
『でもそれは、私にはできないことなんです。ジルもお父様も殺されました。私自身も殺されかけました』
さらさら。
『私は、世間的にはもう死んだようなものです』
「・・・そんなことない。ジナは行方不明扱いになってる」
俺の言葉もきかず、ジナは書き続ける。
さらさらと、ペンをすべらせる。
『彼女はすべてを奪っていきました。今の私には、何も残っていません。今の私やブリジットさんがいくら訴えでようと、まともにとりあってもらえないばかりか、不敬罪として牢獄いきでしょう。それどころか、その場で斬り捨てられる場合もあります』
ページをめくって、さらに書き募る。
俺はだまって、次の言葉をまった。
『ガイアさんなら、メアリーさんをとめることができます。私たちが訴えでたってどうにもならないけど、ガイアさんなら話は違ってくるでしょう』
「俺が、メアリーを訴える・・・」
メアリーを、裏切れっていうのか?
幼い頃から、大切な妹のようにおもってきたメアリーを。
『ガイアさんがメアメアリーさんをうったえでて、メアリーさんが犯人だったことがわかったとして、比較的かるい罰ですむはずです。せいぜいが、身分剥奪』
身分剥奪。国外追放や死刑に比べれば、はるかにかるい罰だろう。
けれど、ものごころついた時から誰かに世話をされて生きてきた生粋の令嬢であるメアリーに、平民としての生活ができるだろうか?身分も財力もすべて失って、耐えられるだろうか?
メアリーには、じゅうぶんすぎるしうちじゃないか・・・そう思ってしまう甘い自分がいる。
まだ、受け入れがたいんだ。
妹のように思ってきた、素直でかわいいメアリーが、そんなことをするはずがないと。
でも、ジナのいっていることはきっと正しい。
ジナは性質の悪い冗談や嘘は言わない。いたいたしい包帯と、包帯のまかれていない唯一の部分である目元と口元にうっすらとみえる火傷のあと、がなによりの証拠だ。それに、ジナが嘘をつく必要がどこにある。
『これはガイアさんにしかできないことです。メアリーさんは、報いをうけるべきなんです。そして、目をさましてほしい。少しでも、自分のやったことを後悔してほしい』
「・・・ジナにはメアリーを裁く権利があると思うよ」
ジナの人生は、メアリーによってめちゃくちゃになってしまったのだから。
メアリーは、罪を償わなければならない。そうじゃなければ、死んだ彼らは報われない。
『お願いします』
「・・・そうだな。そうすることが、正しいことなんだよな」
そうすることは、メアリーにとっても正しい選択のはずだ。
これ以上罪を重ねては、それはもう快楽殺人鬼だ。
ジナがまたなにかを書き始めた時。
「やっと、みつけた」
心臓が、はねあがった。
「!?」
「どこにもいなくて、探しまわってた」
積もりだした雪を踏む、ブーツの音がちかづいてくる。
抑揚のない声で、彼女がいう。
「ここにいたんですね、ガイアさん」
「レ、レニー・・・」
俺が声をかけると、レニーは朗らかに笑った。反対に、ジナはぽかん、と口をあけている。
そして、おもむろにスケッチブックへと書き込む。
『無事だったんですね』
その文字をよんだレニーが首をかしげた。
・・・目元と口元以外が包帯でおおわれているのだ、わからないのも無理はない。実際、俺だってわからなかったしな。
怪訝そうな顔をしているレニーにジナだよ、と告げると、ただでさえ大きい目がさらにまんまるにみひらかれた。
しだいにその目が潤んでいく。
「ほ、ほんとうに、ジナちゃんなの?」
おそるおそるといったようにきかれた問いに、ジナがうなずいた瞬間、その涙腺は決壊した。
ジナに近寄って、触れてもいいのか一瞬躊躇するようなそぶりをみせた後、ジナの体を優しくだきしめる。ジナも、スケッチブックとペンをもった手をそのままに、腕を背にそえた。
「よかった・・・!」
涙を流して喜ぶレニー。ジナも、ぎこちなく微笑み返す。
・・・?
そういや、なんでジナはレニーに無事かときいたんだろう。
よくみてみれば、レニーの顔は明らかに疲れきっていたし、やつれていた。優しい笑顔は変わらないけど、声の調子からもいつもと違う様子がみてとれた。
なんで。
俺の抱いた疑問は、レニーの次の行動でわかった。
ジナから離れたレニーは、羽織っていた大きめのコートを脱いで手にもった。
血まみれの服が露わになる。
服だけじゃない、太股や膝も血で紅く染まっていた。
「!」
きっと、レニーも。
「教えてほしいんです、ジナちゃん。つらいことを思い出させてしまうけれど、あの日、ここでなにがあったのか、教えてくれませんか」
ジナはこくりと頷いて、スケッチブックの新しいページをひらき、ペンをはしらせた。
雪はすっかりふりつもっていた。




