火の手があがる
ウェネフィー邸を遠ざかって、グレイディ家が近づいてきた頃。
焼けたようなニオイが、私の鼻をくすぐった。
思わず、体が震える。
あれ以来、私は火や煙のニオイがトラウマになった。体中を炎で焼かれれば、当然のことだろうけど・・・。
震える体をかき抱く。近くで火事があったのかな、レニーさんたちは大丈夫かな・・・そう思ったところで、私の顔から血の毛がひいていった。
馬車の正面に座る金髪の彼女も、ぴくりと眉を動かす。
ウェネフィー邸を訪れた時、メアリーさんはいなかった。箱入り娘だときいている、滅多なことでは外出しないメアリーさん。外にでるのは、多分ブラックを散歩させる時とか、それぐらいのはず。
ぞわり。
嫌な予感がする。とてつもなく嫌な予感が。
「ジナ」
最悪の事態を想像し、まっさおになった私に、落ち着いた声がかけられた。
「あなたが想像していることがあたっている可能性は限りなく高いわ。でも、必ずしもあたっているとは限らないわよ。それにもし、あたっているとしてあなたに何ができるのかしら?」
慈悲のない言葉だった。少なくとも、私にはそう感じられた。
「仮にそうだとして、あなたは何もできやしない。もし火事の起きている現場が、あなたの親しい人の家であるとして、メアリー=ウェネフィーがその家を襲っているとして、あなたにはどうしようもないわ。勿論私にだってどうしようもない。私はこの国にとって、一介のサーカス団員にすぎないのだから」
どうして彼女は、私が考えていることがわかるんだろう?
やっぱり顔にでてしまっているからなのかな。
「親しい人の無事を祈りなさい。明日、あの頭のかたい次期公爵さんが小屋へきたら、あなたは全てを話すの。紙にでも書いてね。それからどうするかは私の知ったこっちゃないわ。2人で相談して決めなさい」
そうだ。
私は、メアリーさんの凶行をとめなくちゃいけない。それは、私だけでは無理な話。だから、ガイアさんに知らせなくちゃいけない。
幸い、私に失って困るものなんてもう殆ど残されていない。
お父様もジルも死んだ。お父様が死んだ時点で身分なんてないのと同じだ。声もでない。こんな大火傷を負った私を好きになってくれる奇特な男性も中々いないだろう。
でも、将来を悲観する前に、メアリーさんをとめなくちゃ。
このままだと、ガイアさんに関わるすべての人を殺そうとするんじゃないかな?
ガイアさんのお父様、お母様、アルカード男爵。
友人だった私も殺そうとする人だ。自分の邪魔をするなら、ガイアさんの身内だって手にかけるにちがいない。
ガイアさんがメアリーさんをうったえれば、国王様だって耳をかす。
それでメアリーさんはくいとめられる。
膝の上のこぶしを、ぎゅっと握り締めた。




