奇妙な来客とあかい香り
メアリーは何食わぬ顔で戻ってきた。
血も泥もついていない、清潔な服を着て。
何も、変わったことなどなかったかのように。
「メアリー」
「なぁに?」
名前を呼べば、嬉しそうに笑顔を浮かべる。いつもと一緒だ。
「・・・なんでもない。呼んで見ただけ」
「え~?」
俺が両腕を広げると、迷わずに飛び込んでくる。
メアリーの頭を撫でると、金に輝く目を細めた。
「ガイアの顔が数日も見られなくて、私辛かったんだよ?」
「ごめんな、心配かけて」
「ガイアと一緒じゃなきゃやだもん・・・夜、一人ぼっちで寝るの、寂しかった」
そう呟いて、抱きしめる力を強めてくる。
さりげなさを装って、その髪に顔をうずめた。
気づかれないようにしながら、匂いをかいでみる。
メアリーの好んでつけている、甘い香水の香りがした。
舞踏会なんかで貴婦人や貴族の令嬢たちがつけているようなきつい香りのものではなく、控えめでほのかに香る程度のものだ。
その匂いに混ざって、ほんの僅かに。
微かに、異質な香りがした。
さっきかいだばかりの、あかい香りが。
居間で数日振りに2人ですごしていると、リザが俺に来客が来たと告げた。
「今日は来客の予定はないはずなんだけど・・・一体誰が?」
メアリーが訝しげな顔をする。
リザは戸惑った顔をして、
「それが・・・奇妙な方々でして。2人共女性の方だと思われるのですが・・・」
と言う。
「その・・・1人は大変美しい女性の方なのですが」
「美しい、女性?」
メアリーの片方の眉がややつりあがった。
その女性のことを思い出したのか、僅かに頬を桃色に染めるリザ。
そういえば、リザは同性愛者だったな。
「は、はい。問題なのは、もう1人の方なんです」
「どんな問題が?」
メアリーが尋ねる。
「顔を、包帯でグルグルに、何重にも巻いているんです。おまけに松葉杖をついていて・・・」
「・・・その方々は今は?」
「お客様を門の前でいつまでもお待たせるのは忍びないと思いまして、応接間の方へお通ししたのですが・・・」
メアリーがはっとして、言った。
「顔に包帯、松葉杖・・・。もしかしたらその人、疫病患者だったりするんじゃ・・・」
言いながら、顔がさっと青ざめた。
「なんてこと・・・もし疫病患者の方でしたら、早くお帰りになってもらわないと!そうでないと、疫病が蔓延してしまいますわ!!ああ、私達はなんてことをしてしまったのでしょう!」
疫病患者なら、門前払いが普通だ。
患者の疑いがある者を俺たちに許可なく屋敷内に入れるなんて、解雇どころが責任をとらされ殺されることもありうる。
「もし本当にそうなら、即刻お帰りになって頂かなきゃならないけど・・・」
メアリーが困惑した表情を浮かべた。
「メアリー様やガイア様が疫病などに罹ってしまわれれば御命が危のうございます・・・そうなってしまったら、国の一大事ですわ・・・」
おろおろとするリザに、俺はたずねる。
「アンマリーはどうしたんだ?侍従長だろう」
「ア、アンマリー侍従長は先程からお姿が見えなくて・・・買出しにお出かけになったのかもしれません。
ですので、私とエリカの独断でお通ししてしまいました・・・今はエリカが接待しています」
エリカはリザの姉で既婚者。夫はこの屋敷の庭師だ。
メアリーは独身かつ異性愛者で若い女性は、絶対に雇わない。なんでも、俺に惚れないか心配らしい。
アンマリーだけは例外なのだが、メアリーが幼い頃から育ってきた為信頼に値するということらしい。
だからこの屋敷には、公爵家の屋敷にも関わらず女の使用人は5人しかいない。
そのうち若い女性は、侍従長のアンマリーに同性愛者のリザ、既婚者で夫が同じ職場で働いているエリカの3人だけだ。
他の2人は40も過ぎたベテラン使用人で、どちらも既婚者で子持ちである。
・・・そんなことはさておきだ。
「どうするの、ガイア」
「どうもこうも・・・疫病患者の可能性を持つ者とあうことはできない。万が一の場合もあるからな」
俺が言うと、メアリーはほっとしたような顔をした。
「わかりました。お帰りになっていただくよう伝えてまいります・・・あの、ガイア様・・・私はどうあんるのでしょう・・・」
おずおずと聞いてくるリザ。
「・・・俺は私刑とかそういうのは好まないんだ。解雇しようにも、女の使用人はただでさえ人手が足りない。とりあえず、2人は医者の診断を受けることと、応接間を隅から隅まで消毒すること。
処罰の方は、減給で許してやるよ。これからは気をつけるんだ」
「・・・お、お気遣い痛み入ります・・・!」
リザは深々とお辞儀をしてから、ぱたぱたとかけていった。




