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四話

レイラ暴走です。

私の腕の中で愛しい我が子が眠っている。

赤子特有の温かい体温。腕に感じる重みは苦にならずただただ愛しさだけを募らせる。


あぁ、幸せだ。



私はレイラ。転生者だ。

しかもただの転生ではない、前世でハマっていた漫画世界に転生したのだ。

私のハマっていた漫画は中世を舞台にしたヒストリカルラブストーリーだった。女嫌いの冷たいヒーローと温かく健気なヒロインのお話。私はこのヒロインの健気さとヒーローの格好良さが大好きで何度も何度も読み直したものだ。


ただのモブだったり、友人役だったら「大好きな漫画がリアルでみれる!」と喜ぶところだが生憎世界はそこまで都合が良くなかった。


私に割り当てられた役はヒーローの女嫌いの原因、悪役母だったのだ。


正直かなり絶望した。

うん。まぁでも、私は前述したとおり幸せである。

記憶を取り戻す前は悪役お嬢様街道を突っ走っていた私だが、幸い比較的幼い頃に記憶を取り戻しそこから名誉挽回を死ぬ気で頑張った。そのおかげで、私の評価は漫画とは違い、品行方正、才色兼備といい言葉ばかりである。

しかも、なんと漫画では結ばれなかった夫、アーロンと政略ではなく恋愛結婚も果たし、ヒーローの我が子、リオにも恵まれ、進む先に障害は無し。まさに順風満帆の人生を送っている。


***



「し、しまったぁぁあ!」


昼下がり、がたんと椅子を倒して私は叫んだ。


「おかあしゃま?」

愛しの我が子、レオナルド(私はリオと呼んでいる)が可愛らしく首をこてんと傾げた。

リオも三歳になり、お喋りも出来るようになった。漫画とは違い、愛のある家庭で育ったので年相応の両親大好きな子に育った。容姿こそアーロンに似てやや冷たさのあるものの、ぷにぷにのほっぺと無邪気な笑みの可愛い子である。

このまま将来はヒロインと―――、とぼんやりと考えていた私はとんでもない失態に気がついた。


「どうして忘れていたの!」


よくある話だ。ヒロインには実は重い過去があるなんて。

この漫画のヒロインもその例に漏れない。ヒロインであるシュエラちゃんには目の前で母を亡くすという辛い過去がある。


シュエラちゃんの母、セシルさんは平民育ち、父の伯爵とは使用人という関係だった。シュエラ同様優しくて温かいセシルさん、伯爵との間にはいつしか愛が生まれ……、しかし、平民と貴族。セシルさんは伯爵家の者に追い出されてしまう。

ようやく伯爵が捜し当てたときには既に時遅く、セシルさんはシュエラちゃんを庇って馬車に引かれて亡くなっていた。

母を目の前で亡くしたシュエラちゃんは以前の面影がないくらい暗く言葉を話せなかった。しかし、「レオナルド」と出会い、言葉を交わし徐々に立ち直っていくのだ。


「リオっ! あなた言葉を話さない天使のようなふわふわの金髪に緑眼の美少女と出会った!?」

「うーんと……あってない!」

可愛いリオは可愛い笑顔で可愛らしく答えてくれた。うん。うちのリオは今日も最高に可愛い、じゃなくて。


「よかったぁ……」

シュエラちゃんが「レオナルド」に会ったのはかなり初めの頃だし多分、まだ間に合うはず……。


シュエラちゃんは後に語る。

『あの時はトマトを拾っていたの。避けようと思えば避けられる距離だった。けれど思ったのでしょうね。所詮平民。荷物の方が大事だと……! 私、憎いわ。でもそれ以上に悲しいの……っ』


大好きなヒロイン、シュエラちゃんにあんな悲しい思いをさせるわけにはいかない。私がなんとしてでも二人を捜し当てて伯爵に会わせる!


「リオ……私はあなたのお嫁さんを必ず助けるわ! 待ってて、シュエラちゃん!」

「えっと、おかあしゃま? おとうしゃまにいわなくていいの?」

「そんな暇は無いのよ。お母様はディーンに向かうと伝えておいてね」

「あい!」

いいお返事だ。流石私とアーロンの子供。すっごく可愛い。


私は使用人にざっと伝言すると乗馬用の服に着替えディーン、シュエラちゃんの故郷へと向かった。


**



「はぁ……っ、つ、ついたぁ……」

勢いだけで飛ばして来たのでかなり疲れた。馬を二回変えたし。ゆっくり寝たい所だがそうは行かない。確か、あの漫画でみたシュエラちゃんとレオナルドの推定年齢は三歳くらいだった。しかもシュエラちゃんがあの事件以来食べられなくなってしまったトマトをあちこちで見かけた。時期なのだろう。

とすると、近日中にも事故が起こる可能性が高い。


護衛についてきてくれた騎士たちにも頼み、早速セシルさんとシュエラちゃんを手分けして探す。


少し、休憩してトマトで作ったという珍しいジェラードを食べていた時だ。


「きゃあっ!」

びゅんっと凄い勢いで馬車が横を通り抜けた。驚いてジェラードを落としてしまう。

「わ、最悪……。なにあれ。危ないわね」

「あー、この時期はどの馬車も飛ばしていて危ないんですよ。トマトは新鮮さが命ですからね」

護衛の騎士が眉をしかめながらも答えてくれた。

「でもあれじゃ、いつか事故、あっ!!」

もしかしてセシルさんを引いたのってあの馬車じゃない!?


―――急がないと。

近くにつないでいた馬に飛び乗り、全速力で飛ばす。荷馬車より私の馬の方が速いのは決まっている。すぐに追いついた。

馬を走らせながら叫ぶ。


「待ちなさいっ! 私はレイラ・フォーカス。アーロン・フォーカスの妻よ。少し用があるの。止まりなさい!」 


っ! 聞かないしっ!

仕方なく先回りをするべく馬を蹴った。


角を曲がった瞬間、赤いトマトと、小さな陰が映り、――――ギリギリで避けた。


「……っう!」

手に衝撃が襲い、バランスが崩れそうになるがなんとか保った。流石私のアーロンが選んだだけある。良い馬だ。

もう少しお願いね!

心の中だけで呼ぶと、答えるように鼻を鳴らしてくれた。


私はぱっと荷馬車とセシルさん一家の間に躍り出た。

トマトを気にせず本気で避けようと思えば避けられるはず――!


私は乗馬スタイルではあるがそれなりに貴族としての装飾品はつけている。セシルさんとは違って平民ではない。貴族はきっと殺せないだろう。

冷静にそう考える反面、凄いスピードで駆けてくる馬車に指先が震える。


七メートル、貴族の家紋が見えた。

六メートル、荷馬車の馬と目があった。

五メートル、御者の焦った顔が見えた。

四メートル、ようやく馬車が曲がり始めた。

三メートル、恐ろしい事実に気がついた。


この距離じゃ―――ぎりぎり間に合わない。


死を深く意識した。

あぁ、また私は死ぬのか。愛しい人を残して。


二メートル、私は目を閉じた。


次も転生出来るかなぁ……?

襲いかかる馬の蹄の音が恐ろしく鮮明に聞こえる。


一メートル。もう駄目。

馬車がどんどん迫ってくる。


「、や」

―――いや怖い。怖い怖い怖い怖い。アーロンアーロンアーロンっ! 

……助けて。


「レイラッッ!」


ぐっと引かれるような感覚。

愛おしい彼の顔が見えたような気がして、私へ意識を手放した。


……こんな死なら悪くない。


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